建築への思いを伝える、安藤忠雄の建築図面
(安藤忠雄 初期建築図面集―個の自立と対話、於国立近現代建築資料館)


今村 創平


 安藤忠雄の展覧会の頻度は特筆に値する。ここ10数年の間の都内の美術館での展覧会だけでも、今回を含め4回を数えることができる(*)。確かに昨今建築の展覧会が増えているとはいえ、例えば20世紀後半の日本建築を代表する建築家丹下健三の展覧会は生前一度も実現されていない。このことは、建築家としての成功もさることながら、展覧会に対する、いいかえれば自作を伝えることに対する、安藤のひとかたならぬ熱意ゆえと言える。実際、安藤のメディアへの登場の機会は突出しており、関連書籍の数も非常に多い。それは安藤が世界的メジャーであるためだけではない。安藤と安藤の建築は、情報を発信することとの親和性がとても高いのである。

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 今回の展覧会にて展示されている安藤忠雄の実施図面は、これまでにも時折公開されている。おととしの国立新美術館での展覧会でも展示され、書籍にも頻繁に掲載されてきた。とはいえ、会場に原図が数多く並ぶさまは圧巻であるし、印刷物と実物とではその迫力がまるで異なる。手書きの図面には、その図面を描いた人間の息遣いが感じられ、精緻な図面を仕上げるために捧げられた肉体的、精神的エネルギーには、自然と頭が下がる。また、設計用の原画だけの建築家の展覧会はあまりない。というのも一般的に実施用の図面は資料性を抜きにすればそれほど見て面白くはないからである。しかし、安藤の原画は十分に鑑賞に堪えられるだけの質を有している。

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 通常、実施設計用の図面というのは、施工を間違いなく行うためにつくられるものであり、誤読されることのないように、そこにはある共通のルールがある。そのため、建築家による独自性といったものは生じにくく、模型やスケッチに比べると、建築家の個性が反映されにくい。
 一方、安藤忠雄の原図は、一見して安藤のものだとわかる。それは安藤の端正な建築がそこに描かれているためだけではなく、図面の表記法が独特だからである。レイアウトに神経を配り、きわめて慎重に線が引かれ、文字がきれいに並べられる。寸法の表記は、建物から離して用紙の周辺に置かれる。あたかも、安藤の建築では、敷地の中に正確に幾何学が配されているのと同じ流儀で、規格の用紙の広がりの中に図面が適切に配置されている。安藤の建築には要素が少ないので、必然的に図面に書かれる事項も少なく、そのために紙面が煩雑になることから免れている。その一方で、コンクリート打ち放しの表面に現れるピーコンの位置が、几帳面に描き込まれている。
 安藤の建築には、厳しさがあり、慎重さがあり、見事なプロポーションがある。同じような質が、図面にも求められている。丁寧に書かれた図面を渡されると、職人はこの現場はそういう現場なのだと、緊張感をもって仕事にあたるという話はよく聞く。安藤の図面も、図面は情報であるだけではなく、建築に対する姿勢を伝えている。

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 安藤忠雄は、その建築の明快な特徴によって知られ、そのスタイルを長年続けている稀有な建築家である。とはいえ、その建築スタイルも最初からあるわけではなく、初期の頃に徐々に獲得されたものである。今回の通時的に並べられた初期原画を見ていて興味深いのは、建築スタイルが完成に近づくにつれ、図面の表記スタイルも確立されてきたということである。実際、最初期の住宅の図面には、安藤らしさは見られず、公平に言ってもいくぶん稚拙なものである。それが、途中から図面の体裁が整い、そしてその頃の建物は、安藤建築としての明快な構成をそなえるに至っている。
 そしてその後安藤の原図は、建築と同じクオリティをもつだけではなく、より見事なドローイングへと昇華していく。今回の展示の中では後期にあたる「風の教会」や「水の教会」では、一つの頂点ともいえる完成度の高い見事な図面となっている。このことは、単に丁寧に書かれた工事のための図面という役割を超えて、展覧会やメディアでの発表といったことが意識されているのではないだろうか。実際、上記の二つの教会では、鉛筆の線を塗り重ね、大変な手間がかけられた大きなドローイングが製作されており、図面もまたそうしたプレゼンテーションの一環として製作された可能性がある。

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 実際、建築作品のプレゼンテーションが、設計や工事の後に製作されることはよくあるが、設計図面は工事が終わればその役割を終え、当然新たに製作される必要はない。ところが、安藤忠雄の場合は、そうとは言えない。例えば今回出品された「住吉の長屋」(1976年)の両側の木造家屋とともに描かれた断面詳細図は、背景が青く塗られたものである。だが、1987年に出版された作品集『GA ARCHITECT 6 TADAO ANDO』と、1989年に出版された『安藤忠雄のディテール』に掲載された断面詳細図は、それぞれ異なる図面である。おそらく『安藤忠雄のディテール』のものが当初の原図であり、他の2点は、作品集や発表のためにほとんど同じものを新たに書き直したのであろう。この場合、後者のものは、設計図風のプレゼンテーション・ドローイングといって差し支えない。
 他の例としては、同じく「住吉の長屋」の平面詳細図と断面詳細図では、『安藤忠雄のディテール』に掲載された図面に対して、今回出展されている原画では、断面部分や地面などが黒く塗られ、さらに署名欄には新たにもうひとつ担当者の名前が書き足されている。すなわち、これらの原画は、一度役割を終えた後、プレゼンテーション用として手が加えられているのである。もう一つ気付いたことを記すと、今回展示されている安藤の原画はどれも、通常こうした図面には必須とされている日付が書かれていない。そのため、その図面がいつ描かれたのかを特定することができない。なぜ製作の日付を残さないのだろうか。

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 私は何も、安藤忠雄の原画に対する姿勢の不誠実さを訴えたいわけではない。こうしたことから、安藤建築と図面との特別な関係を指摘したいのである。あらゆる建築家が図面を描き、残してきた。とはいえ、アンドレア・パラーディオの建築書のように、建築図面への深い敬意が示すものはそう多くない。数少ないそれらの図面は、実現のための情報伝達という役割を超えた、建築の何か重要な価値を有している。
 安藤忠雄は、そうした建築図面に対する特別な思いを持つ建築家の一人である。建築の図面の歴史を考察するうえで、重要な一人であることは間違いない。
いまむら そうへい

*:「安藤忠雄 2006年の現場」(2007年3月30日~4月18日、21_21 DESIGN SIGHT)。「安藤忠雄展:挑戦―原点から―」(2008年10月3日~12月20日、ギャラリー間)。「安藤忠雄展―挑戦」(2017年9月27日~12月18日、国立新美術館)、「安藤忠雄 初期建築図面集―個の自立と対話」(2019年6月8日~9月23日、国立近現代建築資料館)
※文中の画像は今村創平さんが撮影し国立近現代建築資料館に許可をとって掲載しています。

■今村創平
建築家。千葉工業大学建築学科 教授。
早稲田大学卒。AAスクール、長谷川逸子・建築計画工房を経て独立。アトリエ・イマム主宰。
建築作品として《神宮前の住宅》、《大井町の集合住宅》など。
著書として、『現代都市理論講義』、『20世紀建築の発明』(訳書、アンソニー・ヴィドラー著)など。
公益社団法人 日本建築家協会 理事。

●展覧会のお知らせ
「安藤忠雄初期建築原図展 個の自立と対話」
会期:2019.6.8[土]-2019.9.23[祝・月] 会期中無休
開館時間: 10:00~16:30
会場:国立近現代建築資料館

国立近現代建築資料館・安藤忠雄展図録表紙国立近現代建築資料館・安藤忠雄展図録表紙2
主催:文化庁
協力:公益財団法人東京都公園協会
実行委員会:伊藤毅(青山学院大学教授、東京大学名誉教授)
古山正雄(常翔学園顧問、京都工芸繊維大学名誉教授)
川向正人(当館主任建築資料調査官、東京理科大学名誉教授)
執筆協力: 笠原一人(京都工芸繊維大学助教)
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●本日のお勧め作品は、安藤忠雄です。
安藤忠雄ベネトンアートスクールI安藤忠雄「ベネトン・アートスクール I
1998年  シルクスクリーン(刷り:石田了一)
イメージサイズ:39.0×111.5cm
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A版(和紙):Ed.10、B版(かきた紙):Ed.35、Signed
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●ときの忘れものは青山から〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。
阿部勤設計の新しい空間はWEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>に特集されています。JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
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