<迷走写真館>一枚の写真に目を凝らす 第79回

大西みつぐ「矢切の渡し」(画像をクリックすると拡大します)

季節は冬のようだ。木々は葉を落とし、地面は乾き、建物はなく、枯れ野だけがつづいている。空は低く、日は翳り、草原が途切れたところは水辺だが、水面の様子は見えず、空気は冷たそうだ。

そうした冬枯れの寒々した風景のなかに4人の人影がたたずんでいる。ぜんいんが女性で、ほぼ等間隔に立っており、しかも、4人がおなじ方向を見ているのが芝居じみている。まるで見えないだれかが、あなたはここ、そちらの方はそこ、と4人の立ち位置を演出したかのようだ。

4人は川のむこうからやってくるものを待っているらしいが、それが何なのか説明なしに、待つ姿だけがとらえられているところも、芝居の効果満点である。

4人のなかでいちばん真剣な眼差しをしているのは先頭の女性である。年齢的にも彼女がいちばん若く、到着するものを目で追ううちに、首が前に出て、姿勢も前のめりになり、来たるべきものを待っている切実さが全身に染み渡ってきた。

2番目の女性は口を開けて微笑んでいるが、そういう表情をしているのは彼女ひとりだ。視線の先でなにかおもしろいことでも起きているのだろうか。それにしては、ほかの人は賛同している様子がないので、この笑顔は気になる。

彼女のうしろの3人目の人物は顔がほとんど木の陰に隠れて見えない。左足が丸太にかけられているのが目を引く。思うに、その姿勢をとって膝をくの字に曲げ、バッグを載せて、中身をさぐっているのだ。バッグの持ち手がちょっとだけ覗いている。

4番目の人はメガネをかけているが、そのほかの表情はスカーフで隠れてわからない。4人のなかでいちばん年長のように感じるのは、重心の位置がやや後気味なのと、両足を土の上ではなく横木の上に並べて載せているからだろう。土だと靴底から冷えが上がってくるのだ。

彼女は右手をオーバーコートのポケットにつっこみ、右手だけ出しているが、その指先は内側に曲げられ、何かをつかんでいるようだ。ただかばんを提げているだけという可能性もあるけれど。

もしも、幕が上がり、舞台の上に4人の女性がこんなふうに立っていたなら、それだけで何かがはじまるという期待と予感を抱かずにいられない。待つ状態にあるとき、人は心の半分をいろいろな方向に泳がせながら、残る半分で来るものを待ちわびる。


ところが現代はそうではなく、人々が待つときにすることは決まっている。首をうなだれて、手にした小さな画面を見入るのだ。不可視のボックスに引きこもり、それぞれの関心事に集中し、周囲に他者がいても無関心だ。あたかもいないも同然の態度で画面のなかの世界に没入するのである。

顔を上げて前方を見つめながら待つという光景が過去のものになったのを感じずにいられない。一方、この4人はばらばらに立っているのに、互いを気にし、交信しあっているような気配を漂わせている。芝居の一シーンを連想させたのはきっとそのためだ。こういう光景そのものががすでに虚構になったのだ。
大竹昭子(おおたけあきこ)

●掲載写真のクレジット、タイトル
大西みつぐ「矢切の渡し」葛飾区、1992年  ©Mitsugu Ohnishi

●作家紹介
大西みつぐ(おおにし・みつぐ)
1952年東京深川生まれ。東京綜合写真専門学校卒業。1970年代より東京下町や湾岸の人と風景、日本の懐かしい町を撮り続けている。1985年、「河口の町」で第22回太陽賞。1993年、「遠い夏」ほかにより第18回木村伊兵衛写真賞。江戸川区文化奨励賞。2017年、日本写真協会賞作家賞。写真集・著書に「下町純情カメラ」、「wonderland」、「川の流れる町で」など。

●展覧会のご紹介
江戸川区南小岩 1995大西みつぐ
江戸川区南小岩, 1996年<Wonderland>より
©Mitsugu Ohnishi
『FUJIFILM SQUARE 企画写真展 11人の写真家の物語。新たな時代、令和へ 「平成・東京・スナップ LOVE」 Heisei - Tokyo - Snap Shot Love』
※東京FUJIFILM SQUAREでの展覧会は終了しました。以下、富士フイルムフォトサロン大阪での巡回展の情報です。
会期:2019年7月26日(金)~8月7日(水)
OPEN:10:00~19:00(入館は終了10分前)会期中無休
会場:富士フイルムフォトサロン大阪
   〒541-0053 大阪市中央区本町2-5-7 メットライフ本町スクエア1F
連絡先:TEL 06-6205-8000 (受付時間:平日10:00~18:00)
入場料:無料
主催:富士フイルム株式会社
企画:コンタクト

31年間続いた平成が終わり、2019年5月、令和が幕を開けます。21世紀へと世紀の転換期を経験した平成は、写真にとっても未曽有の激流に身をさらされた時代でした。21世紀の声を聞くとともに本格的に突入したデジタル時代、さらにインターネット、スマートフォンの普及...写真を取り巻く状況は激変します。アナログ時代には想像もできなかった大量の画像が生み出されるようになり、写真そのものに対しての認識を根底から覆すような、大きな変化が生まれた時代でもありました。
本展は、“平成”、“東京”、そして“スナップ”をキーワードに、さまざまな世代の写真家たちが平成の東京を舞台に生み出した写真作品、約100点を展示します。その時代のもっとも先鋭的な姿を提示しながら、すさまじい勢いで変貌を続ける都市・東京。人と街が織りなす瞬間のドラマが限りなく生まれる東京は、写真家にとって尽きないストーリーに満ちた劇場のような場所です。“スナップ写真”は、飛び立つ鳥などを銃で早撃ちする狩猟用語が語源ともいわれます。写真家の一瞬の心の動きとカメラが連動したときに生まれる“スナップ”を愛してやまない11人、それぞれの物語をご紹介します。
【出展写真家】 有元伸也、ERIC、大西正、大西みつぐ、オカダキサラ、尾仲浩二、中野正貴、中藤毅彦、 ハービー・山口、原美樹子、元田敬三(敬称略)
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KKAG大西みつぐ写真展画像 ©Mitsugu Ohnishi
『KKAG(Kiyoyuki Kuwabara Accounting Gallery) 大西みつぐ写真展「少年伝説」(1980-1982) 』
会期:2019年7月17日(水)~8月10日(土)
OPEN:15:00-21:00(水、木、金、土) ※日、月、火は休廊
会場:KKAG(Kiyoyuki Kuwabara Accounting Gallery)
   〒101-0031 東京都千代田区東神田 1-2-11 アガタ竹澤ビル405
お問い合わせ:info@kkag.jp

東京・馬喰町のアートギャラリーKKAG(Kiyoyuki Kuwabara Accounting Gallery)では、2019 年7月17日(水)から8月10日(土)まで、大西みつぐ写真展「少年伝説」(1980-1982)を開催いたします。
「少年伝説」(1980-1982)は、大西みつぐ初のカラー作品。たとえばアングラ演劇や見世物小屋の怪しさ、つややかな女性たちに触発されたイメージ……。当時30 歳そこそこだった大西は、まさに少年の目で微熱をまとったスナップを切り取った。後に木村伊兵衛写真賞を獲得する「遠い夏」や「周縁の町から」の以前、未完成なみずみずしさが新鮮だ。今回は未発表の作品を加え、あらたに構成する。当時の関連ビデオの上映などイベントも開催。
* 8月3日(土)17時より ギャラリートーク・写真集『ON THE CORNER ―街と 人々のスナップ―』を語る(参加費1,000円)


●本日のお勧め作品はE.J.ベロックです。
bellocq_01_storyville-portraitE.J.ベロック Ernest James BELLOCQ
「ストーリービル・ポートレート」
1911年頃
ゼラチン・シルバー・プリント
(リー・フリードランダーによるプリント、金調色P.O.P.プリント)
20.2×25.2cm
リー・フリードランダーのサインあり
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※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください

●ときの忘れものは青山から〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。
阿部勤設計の新しい空間はWEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>に特集されています。JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 
E-mail:info@tokinowasuremono.com 
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。*日・月・祝日は休廊。