柳正彦のエッセイ「アートと本、アートの本、アートな本、の話し」第12回
展覧会としての本、ジゲローブの「ゼロックス・ブック」
連載の数回前に、海外でも高く評価されている日本発の美術書として、「第10回、東京ビエンナーレ展」のカタログを紹介しました。ミニマル・アート、コンセプチュアル・アートに関する最も重要な出版物の一つとみなされるこのカタログは、たとえ運よく出会ったとしても、かなりの出費を覚悟しなければならない稀覯本となっています。
今回は、このカタログ以上に現代美術の歴史上で重要な意味をもち、またコレクターの憧れとなっている、やはりミニマル・アート、コンセプチュアル・アートに関連した出版物を紹介させてもらいます。
真っ白な表紙には、何も印刷されていません。めくると、タイトル・ページが現れますが、そこには、 Carl Andre(カール・アンドレ)、Robert Barry(ロバート・バリー)、Douglas Huebler(ダグラス・ヒューブラー)、Joseph Kosuth(ジョセフ・コスース)、Sol LeWitt(ソル・ル・ウィット)、Robert Morris(ロバート・モリス)、Lawrence Weiner(ローレンス・ウェイナー )と7名のアーティストの名前が、並んでいます。言わずと知れた、ミニマル、コンセプチュアル系アートの第一人者たちです。この名前の列挙が、本の正式なタイトルですが、業界では「ゼロックス・ブック」と呼ばれることが普通です。


オリジナル版は、厳重保管してありますので、復刻版を撮影しました。
その内容ですが、7作家による、ゼロックスでコピーされることを前提とした「紙の上で展開」される作品を集めたものです。各作家には、25頁が与えられています。「紙の上で展開」、と書きましたが、もっと厳密にみると、ゼロックスでコピーしても、作品として存立し続ける作品ということになるでしょう。
各25ページは、それぞれのアーティストが意のままに使えたわけですから、25頁単位でみていくと、それぞれの作家による、アーティスト・ブックと見なすこともできます。ですが、この出版物の重要性は、全体としてはそれを超え、展覧会としての書籍、書籍の形をした展覧会となっていることでしょう。
この本は、従って、一人の傑出したギャラリスト、キュレイター、編集者の創作物なのです。その人物は、ニューヨーク出身のセス・ジーゲローブです。1941年生まれの彼は、64年から66年までニューヨーク市内で現代美術のギャラリーを運営していましが、68年頃からは、ミニマル・アート、コンセプチュアル・アートを応援する展覧会やシンポジウムを様々な場所のために企画し、平行して出版も手がけるようになりました。
出版活動としては、68年に、ダグラス・ヒューブラー、カール・アンドレ、ロバート・バリー、ローレンス・ウィナーに関連した書籍を4冊刊行し、それに続いて出されたのがこのゼロックス・ブックでした。
セスは、親しくしている7人のアーティストに、レター・サイズ(約A4サイズ)の紙の上で展開できる作品を、各25枚製作するように依頼しました。それらを、当時普及しはじめたゼロックスマシンを使って複製し、本に仕上げようと目論んだわけです
モノクロームで、まったく平坦に仕上がるゼロックスでコピーしても、作品としての価値・意味が変わらない作品が可能か、セスにとってもアーティストにとっても挑戦だったのでしょう。
さらに、企画の意をくんだ作家たちの多くは、25頁を制作する段階でも、ゼロックスを使っていたように推測できます。ヒューブラーやコススの作品は、画面の上に点や線とキャプション、そして短文を配し、共に頁をめくるごとに展開していく形式のもので、制作の段階では、作家によるゼロックス独自の機能に利用はなかったように思われます。また、ソル・ル・ウィットの、縦、横、斜めの線で埋められた矩形の組み合わせを展開していく作品も、制作の過程でゼロックスを使用したかは判断できません。しかし、本の制作の段階でゼロックスが使用された際に生じたと思われる線の掠れは、この作家の他のアーティスト・ブックにはない味になっています。もっとも、作家自身が意識していたかは判りませんが。
ダグラス・ヒューブラー
ジョセフ・コスス
ソル・ル・ウィット
残り4作家の作品は、制作の段階でのゼロックスの積極的な使用を感じさせます。アンドレの作品は、1インチ四方の矩形が、1頁目には1個、2ページ目には2個・・・25頁目には25個配置されたものです。コピー機の上に矩形の板か何かを置いて、それをコピーして製作したのではないかと思われます。
バリーの作品は、ボタンを一押しすれば、複数のコピーが短時間でできるという、コピー機の特性を利用したものです。1頁目から無数の点が矩形に配置された頁が延々と続く作品で、25頁目の余白にだけは「100万のドット」と記されていることから、そこに辿り着いた時点で、それまでの各ページに 4万個の点があったことが判る仕組みになっています。
また、グラフ用紙の上に文章が書きこまれた、ウィナーの作品も、全く同一の頁が25枚繰り返される構成になっています。当時としては画期的だった、瞬時での複製という機能から啓発されたのかも知れません。
さらに、徐々に薄くなっていく、惑星のイメージが続くロバート・モリスの作品は、イメージをコピーし、その出力を更にコピーする、を繰り返して製作されたものに思えます。現在に比べるとコピーのクオリティが低かったからこそできた作品でしょう。
カール・アンドレ
カール・アンドレ
ロバート・バリー
ロバート・バリー
ロバート・モリス
ロバート・モリス
ローレンス・ウィナー
ゼロックス・ブックは、1968年末にニューヨークで刊行されましたが、実際の本は、ゼロックスを製本したものではなく、一度ゼロックスでコピーしたものをオフセットで印刷し、製本したものでした。多分、その方がコスト的に有利だったのでしょう。
限定1000部、ニューヨークの美術書専門店などで販売されました。その後、在庫の多くが破損あるいは破棄されてしまったようで、現存部数はかなり少ないとされています。美術書業界の「都市伝説」かもしれませんが、近年は、なかなか見つからず、見つかっても数千ドルの値段がついているのが当たり前になってしまっています。
そんな中、数年まえにオランダから朗報が届きました。ゼロックス・ブックが復刻されることになったのです。日本でも、幾つかの洋書専門店が輸入販売しましたが、本国でもすぐに完売し、この復刻版ですらコレクターズ・アイテムになってしまっています。
(やなぎ まさひこ)
■柳正彦 Masahiko YANAGI
東京都出身。大学卒業後、1981年よりニューヨーク在住。ニュー・スクール・フォー・ソシアル・リサーチ大学院修士課程終了。在学中より、美術・デザイン関係誌への執筆、展覧会企画、コーディネートを行う。1980年代中頃から、クリストとジャンヌ=クロードのスタッフとして「アンブレラ」「包まれたライヒスターク」「ゲート」「オーバー・ザ・リバー」「マスタバ」の準備、実現に深くかかわっている。また二人の日本での展覧会、講演会のコーディネート、メディア対応の窓口も勤めている。
2016年秋、水戸芸術館で開催された「クリストとジャンヌ=クロード アンブレラ 日本=アメリカ合衆国 1984-91」も柳さんがスタッフとして尽力されました。
●柳正彦のエッセイ「アートと本、アートの本、アートな本、の話し」は毎月20日の更新です。
●本日のお勧め作品はヘンリー・ミラーです。
ヘンリー・ミラー Henry MILLER
《子どもっぽい夢 Childish Dream》
1973年 石版
33.2x24.0cm
Ed. 200 Signed
*Raisonne. No.45
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
●ときの忘れものは青山から〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。
阿部勤設計の新しい空間はWEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>に特集されています。JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
E-mail:info@tokinowasuremono.com
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。*日・月・祝日は休廊。
展覧会としての本、ジゲローブの「ゼロックス・ブック」
連載の数回前に、海外でも高く評価されている日本発の美術書として、「第10回、東京ビエンナーレ展」のカタログを紹介しました。ミニマル・アート、コンセプチュアル・アートに関する最も重要な出版物の一つとみなされるこのカタログは、たとえ運よく出会ったとしても、かなりの出費を覚悟しなければならない稀覯本となっています。
今回は、このカタログ以上に現代美術の歴史上で重要な意味をもち、またコレクターの憧れとなっている、やはりミニマル・アート、コンセプチュアル・アートに関連した出版物を紹介させてもらいます。
真っ白な表紙には、何も印刷されていません。めくると、タイトル・ページが現れますが、そこには、 Carl Andre(カール・アンドレ)、Robert Barry(ロバート・バリー)、Douglas Huebler(ダグラス・ヒューブラー)、Joseph Kosuth(ジョセフ・コスース)、Sol LeWitt(ソル・ル・ウィット)、Robert Morris(ロバート・モリス)、Lawrence Weiner(ローレンス・ウェイナー )と7名のアーティストの名前が、並んでいます。言わずと知れた、ミニマル、コンセプチュアル系アートの第一人者たちです。この名前の列挙が、本の正式なタイトルですが、業界では「ゼロックス・ブック」と呼ばれることが普通です。


オリジナル版は、厳重保管してありますので、復刻版を撮影しました。その内容ですが、7作家による、ゼロックスでコピーされることを前提とした「紙の上で展開」される作品を集めたものです。各作家には、25頁が与えられています。「紙の上で展開」、と書きましたが、もっと厳密にみると、ゼロックスでコピーしても、作品として存立し続ける作品ということになるでしょう。
各25ページは、それぞれのアーティストが意のままに使えたわけですから、25頁単位でみていくと、それぞれの作家による、アーティスト・ブックと見なすこともできます。ですが、この出版物の重要性は、全体としてはそれを超え、展覧会としての書籍、書籍の形をした展覧会となっていることでしょう。
この本は、従って、一人の傑出したギャラリスト、キュレイター、編集者の創作物なのです。その人物は、ニューヨーク出身のセス・ジーゲローブです。1941年生まれの彼は、64年から66年までニューヨーク市内で現代美術のギャラリーを運営していましが、68年頃からは、ミニマル・アート、コンセプチュアル・アートを応援する展覧会やシンポジウムを様々な場所のために企画し、平行して出版も手がけるようになりました。
出版活動としては、68年に、ダグラス・ヒューブラー、カール・アンドレ、ロバート・バリー、ローレンス・ウィナーに関連した書籍を4冊刊行し、それに続いて出されたのがこのゼロックス・ブックでした。
セスは、親しくしている7人のアーティストに、レター・サイズ(約A4サイズ)の紙の上で展開できる作品を、各25枚製作するように依頼しました。それらを、当時普及しはじめたゼロックスマシンを使って複製し、本に仕上げようと目論んだわけです
モノクロームで、まったく平坦に仕上がるゼロックスでコピーしても、作品としての価値・意味が変わらない作品が可能か、セスにとってもアーティストにとっても挑戦だったのでしょう。
さらに、企画の意をくんだ作家たちの多くは、25頁を制作する段階でも、ゼロックスを使っていたように推測できます。ヒューブラーやコススの作品は、画面の上に点や線とキャプション、そして短文を配し、共に頁をめくるごとに展開していく形式のもので、制作の段階では、作家によるゼロックス独自の機能に利用はなかったように思われます。また、ソル・ル・ウィットの、縦、横、斜めの線で埋められた矩形の組み合わせを展開していく作品も、制作の過程でゼロックスを使用したかは判断できません。しかし、本の制作の段階でゼロックスが使用された際に生じたと思われる線の掠れは、この作家の他のアーティスト・ブックにはない味になっています。もっとも、作家自身が意識していたかは判りませんが。
ダグラス・ヒューブラー
ジョセフ・コスス
ソル・ル・ウィット残り4作家の作品は、制作の段階でのゼロックスの積極的な使用を感じさせます。アンドレの作品は、1インチ四方の矩形が、1頁目には1個、2ページ目には2個・・・25頁目には25個配置されたものです。コピー機の上に矩形の板か何かを置いて、それをコピーして製作したのではないかと思われます。
バリーの作品は、ボタンを一押しすれば、複数のコピーが短時間でできるという、コピー機の特性を利用したものです。1頁目から無数の点が矩形に配置された頁が延々と続く作品で、25頁目の余白にだけは「100万のドット」と記されていることから、そこに辿り着いた時点で、それまでの各ページに 4万個の点があったことが判る仕組みになっています。
また、グラフ用紙の上に文章が書きこまれた、ウィナーの作品も、全く同一の頁が25枚繰り返される構成になっています。当時としては画期的だった、瞬時での複製という機能から啓発されたのかも知れません。
さらに、徐々に薄くなっていく、惑星のイメージが続くロバート・モリスの作品は、イメージをコピーし、その出力を更にコピーする、を繰り返して製作されたものに思えます。現在に比べるとコピーのクオリティが低かったからこそできた作品でしょう。
カール・アンドレ
カール・アンドレ
ロバート・バリー
ロバート・バリー
ロバート・モリス
ロバート・モリス
ローレンス・ウィナーゼロックス・ブックは、1968年末にニューヨークで刊行されましたが、実際の本は、ゼロックスを製本したものではなく、一度ゼロックスでコピーしたものをオフセットで印刷し、製本したものでした。多分、その方がコスト的に有利だったのでしょう。
限定1000部、ニューヨークの美術書専門店などで販売されました。その後、在庫の多くが破損あるいは破棄されてしまったようで、現存部数はかなり少ないとされています。美術書業界の「都市伝説」かもしれませんが、近年は、なかなか見つからず、見つかっても数千ドルの値段がついているのが当たり前になってしまっています。
そんな中、数年まえにオランダから朗報が届きました。ゼロックス・ブックが復刻されることになったのです。日本でも、幾つかの洋書専門店が輸入販売しましたが、本国でもすぐに完売し、この復刻版ですらコレクターズ・アイテムになってしまっています。
(やなぎ まさひこ)
■柳正彦 Masahiko YANAGI
東京都出身。大学卒業後、1981年よりニューヨーク在住。ニュー・スクール・フォー・ソシアル・リサーチ大学院修士課程終了。在学中より、美術・デザイン関係誌への執筆、展覧会企画、コーディネートを行う。1980年代中頃から、クリストとジャンヌ=クロードのスタッフとして「アンブレラ」「包まれたライヒスターク」「ゲート」「オーバー・ザ・リバー」「マスタバ」の準備、実現に深くかかわっている。また二人の日本での展覧会、講演会のコーディネート、メディア対応の窓口も勤めている。
2016年秋、水戸芸術館で開催された「クリストとジャンヌ=クロード アンブレラ 日本=アメリカ合衆国 1984-91」も柳さんがスタッフとして尽力されました。
●柳正彦のエッセイ「アートと本、アートの本、アートな本、の話し」は毎月20日の更新です。
●本日のお勧め作品はヘンリー・ミラーです。
ヘンリー・ミラー Henry MILLER《子どもっぽい夢 Childish Dream》
1973年 石版
33.2x24.0cm
Ed. 200 Signed
*Raisonne. No.45
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
●ときの忘れものは青山から〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。
阿部勤設計の新しい空間はWEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>に特集されています。JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
E-mail:info@tokinowasuremono.com
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。*日・月・祝日は休廊。
コメント