中村惠一のエッセイ「美術・北の国から」 第1回
はこだてトリエンナーレにゆく
秋山直子さんデザインのガイドブックをみて函館トリエンナーレに行くと決める
「はこだてトリエンナーレ」のことは今まで全く知らなかった。フェイスブックでアーティストの秋山直子さんからそのガイドブックをデザインしたので、購入できますよとの告知をいただいた。「はこだてトリエンナーレ」のことはその存在すらも知らなかったので興味を持ち、さっそくガイドブックを入手した。そしてガイドブックを読んでいるうち、一度現場を見てみたくなって急遽、函館行きを決めたのだった。妻の実家は函館から40kmほど離れた森町。義母の顔を見に行くことを含めての函館行きを計画したのだった。
「はこだてトリエンナーレ」の過去・現在
「はこだてトリエンナーレ」は函館やみなみ北海道地域にゆかりのある人たちが作る約3年に一度のアートの祭典であり、「みなみ北海道を旅する芸術祭」として、この地域で暮らすということ、旅することを見つめるが今回のコンセプトである。
そもそも「はこだてトリエンナーレ」は2009年に「アートフェス・ハコトリ」として函館開港150周年を記念して開催された。2012年には「第2回ハコダテトリエンナーレ」と名前を変え、「函館ならではの美術展を」と考え、古い趣のある建物を会場として使用して開催された。このコンセプトは現在まで継承されている。
2016年3月には「はこだて十人十色トレインナーレ」と題され、北海道新幹線と道南いさりび鉄道の開業日にあわせて開催された。ここではトリエンナーレをもじってトレインナーレとした点がユニークであった。2017年3月、北海道新幹線と道南いさりび鉄道の開業一周年を記念した「はこだて十人十色トレインナーレ+1」が開催された。
こうした前史を統合し、つまりこれまでのトリエンナーレとトレインナーレの双方を受け継いで、2019年の「はこだてトリエンナーレ」として結実、開催されたのだった。函館市内の古い趣のある建物を使っての展示のほか、道南いさりび鉄道沿線の3つの市内・町内と駅や車両を会場にされた。今回の私のように、美術展示をきっかけにした旅をすること、旅した先で出会うまちの魅力と美術作品の魅力という二つの要素を同時に味わうことを企図した展覧会が「はこだてトリエンナーレ」である。「旅する芸術祭実行委員会」主催で6月28日から7月21日まで開催され、その最終2日間に訪問したのだった。
函館での展示の魅力は街歩きと建物散策だった
7月20日朝、梅雨があけない東京駅から新幹線に乗車、終点である新函館・北斗駅に向かった。そこで在来線に乗りかえ函館駅に到着する。昼過ぎに入ったのでさっそく朝市で烏賊の昼食。タクシーで元町のホテルに向かう。その場所は函館戦争の際に土方歳三が新撰組の屯所をおいた場所であり、目の前の弥生小学校は作家・佐藤泰志の出身学校であった。ホテルからは歩く。目の前には海、函館ドックがまじかに見える高台の上だ。海にむかいいくつもの坂が下っている。大正湯という趣のある銭湯をみつけ、そのそばにある会場に入った。ギャラリー三日月である。明治から大正にかけての建物で質屋として営業していたそうで、蔵がギャラリーに改造されている。


まず最初に見たのは工藤利恵の陶器作品。白磁のきのこである。蔵の白壁と調和していて面白い。最初に出会う作品の印象がその展示の印象を左右することも多いが、工藤の作品から見ることになってよかった。インスタレーションのように蔵の1Fを埋めたきのこたちの印象は旅の印象を決定づけたのかもしれない。ちなみにカフェでコーヒーをいただくこともできた。坂をくだると市電の函館ドック駅。そこで市電に乗って末広町にゆき次の会場であるHakoBa函館に着いた。

この会場のビルは昭和初期に建築された銀行。現在はシェアホテルになっているが、ここの壁面を会場に作品が展示されており、作品とともにビルも見ることになる。安田祐子、大下茜の二人の作家のタブローが展示されていた。会場がもつ歴史とタブローが調和しているように感じた。それはホテルとして使っている現役の空気があってのことのように感じた。

駅方向に少し歩くと十字街に着く。そこには函館市地域交流まちづくりセンターという会場がある。もともとは丸井今井百貨店の函館店である。大正12(1923)年に3階建で建築され、昭和5(1930)年に5階建に増築されたもの。手動式のエレベーターが今も残されている。すずきさやかの「おふくろう」が静かに待っていた。


十字街には電停の前に梅津商店があった。以前に函館に来たときには閉店しており、どうなってしまうのかと心配したのだが、昭和10(1935)年建築の建物はそのままに「はこだて工芸社」として営業をしていた。

玉山知子・一戸元といったフェルト造形と木工作家が空間を構成しており、会場の雰囲気とあわせて楽しい展示であった。

翌21日は最終日である。午後には妻の実家のある森町に向かうので、道南いさりび鉄道を上磯駅まで行ってみることにした。偶然にも「濃緑車両・キハ40 1810」に乗車することになった。これは車両自体が展示会場なのである。石川潤の作品が車内を飾っていた。車両は函館山を海の向こう側に見る上磯駅についた。上磯では駅の待合室と駅事務室が展示場だ。待合室には丸岡明子が北海道の植物を封じ込めたインスタレーションを展示。事務室には遠山美月が和紙を素材にした空間構成を行っていた。二人ともに風を感じさせる展示であり、光を感じさせる展示を行っていたのが不思議な符合であった。


はこだてトリエンナーレはそのコンセプトの通り、旅をして街を歩き、歴史を感じ、美術作品を通じて風を感じ、空気を感じ、陽光を感じる総合的な美術展になっていた。また、私もそういう楽しみ方をした。あわせて、迎えてくれる函館の方々の暖かい応対、やさしい言葉に癒されたのも事実であった。そうした総体としての「旅」の形があってもいいなと思った。

(なかむら けいいち)
■中村惠一(なかむら けいいち)
北海道大学生時代に札幌NDA画廊で一原有徳に出会い美術に興味をもつ。一原のモノタイプ版画作品を購入しコレクションが始まった。元具体の嶋本昭三の著書によりメールアートというムーブメントを知り、ネットワークに参加。コラージュ作品、視覚詩作品、海外のアーティストとのコラボレーション作品を主に制作する。一方、新宿・落合地域の主に戦前の文化史に興味をもち研究を続け、それをエッセイにして発表している。また最近では新興写真や主観主義写真の研究を行っている。
・略歴
1960年 愛知県岡崎市生まれ
1978年 菱川善夫と出会い短歌雑誌『陰画誌』に創刊同人として参加
1982年 札幌ギャラリー・ユリイカで個展を開催
1994年 メールアートを開始
1997年 “Visual Poesy of Japan”展参加(ドイツ・ハンブルグほか)
1999年 「日独ビジュアルポエトリー展」参加(北上市・現代詩歌文学館)
2000年 フランスのPierre Garnierとの日仏共作詩”Hai-Kai,un cahier D’ecolier”刊行
2002年 “JAPANESE VISUAL POETRY”展に参加(オーストリア大使館)
2008年 “Mapping Correspondence”展参加(ニューヨークThe Center for Book Arts)
2009年 “5th International Artist’s Book Triennial Vilnius2009”展に参加(リトアニア)
2012年 “The Future” Mail Art展企画開催(藤沢市 アトリエ・キリギリス)
「はこだてトリエンナーレ みなみ北海道を旅する芸術祭」
2019年 開催概要
開催期間: 2019年6月28日(金)から7月21日(日)まで
(道南いさりび鉄道&北海道新幹線開業の、3年と3ヶ月と3日目から、3週間と3日間)
会場: 函館市内、北斗市内、木古内町内 十数箇所
出展作家: 道内外から約30名
入場料: 入場無料(一部イベントを除く)
小テーマ: 夏の色 (道南の四季の色のうち、夏色)
主催: 旅する芸術祭実行委員会、hakodate+
後援: 函館市、函館市教育委員会、北斗市、木古内町、木古内町教育委員会
協力: 道南いさりび鉄道株式会社、横浜高速鉄道みなとみらい線、北海道立函館美術館、NPO法人ちいき未来、おどろ木ネットワーク
助成: 公益財団法人朝日新聞文化財団、伊藤組100年記念基金
認定: 公益社団法人 企業メセナ協議会
●本日のお勧め作品は山田正亮です。
山田正亮 Masaaki YAMADA
《work》
1979年
オイルパステル
イメージサイズ:61.0x78.0cm
シートサイズ:72.0x90.0cm
サインあり
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※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
●ときの忘れものは青山から〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。
阿部勤設計の新しい空間はWEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>に特集されています。JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
E-mail:info@tokinowasuremono.com
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。*日・月・祝日は休廊。
はこだてトリエンナーレにゆく
秋山直子さんデザインのガイドブックをみて函館トリエンナーレに行くと決める
「はこだてトリエンナーレ」のことは今まで全く知らなかった。フェイスブックでアーティストの秋山直子さんからそのガイドブックをデザインしたので、購入できますよとの告知をいただいた。「はこだてトリエンナーレ」のことはその存在すらも知らなかったので興味を持ち、さっそくガイドブックを入手した。そしてガイドブックを読んでいるうち、一度現場を見てみたくなって急遽、函館行きを決めたのだった。妻の実家は函館から40kmほど離れた森町。義母の顔を見に行くことを含めての函館行きを計画したのだった。
「はこだてトリエンナーレ」の過去・現在
「はこだてトリエンナーレ」は函館やみなみ北海道地域にゆかりのある人たちが作る約3年に一度のアートの祭典であり、「みなみ北海道を旅する芸術祭」として、この地域で暮らすということ、旅することを見つめるが今回のコンセプトである。
そもそも「はこだてトリエンナーレ」は2009年に「アートフェス・ハコトリ」として函館開港150周年を記念して開催された。2012年には「第2回ハコダテトリエンナーレ」と名前を変え、「函館ならではの美術展を」と考え、古い趣のある建物を会場として使用して開催された。このコンセプトは現在まで継承されている。
2016年3月には「はこだて十人十色トレインナーレ」と題され、北海道新幹線と道南いさりび鉄道の開業日にあわせて開催された。ここではトリエンナーレをもじってトレインナーレとした点がユニークであった。2017年3月、北海道新幹線と道南いさりび鉄道の開業一周年を記念した「はこだて十人十色トレインナーレ+1」が開催された。
こうした前史を統合し、つまりこれまでのトリエンナーレとトレインナーレの双方を受け継いで、2019年の「はこだてトリエンナーレ」として結実、開催されたのだった。函館市内の古い趣のある建物を使っての展示のほか、道南いさりび鉄道沿線の3つの市内・町内と駅や車両を会場にされた。今回の私のように、美術展示をきっかけにした旅をすること、旅した先で出会うまちの魅力と美術作品の魅力という二つの要素を同時に味わうことを企図した展覧会が「はこだてトリエンナーレ」である。「旅する芸術祭実行委員会」主催で6月28日から7月21日まで開催され、その最終2日間に訪問したのだった。
函館での展示の魅力は街歩きと建物散策だった
7月20日朝、梅雨があけない東京駅から新幹線に乗車、終点である新函館・北斗駅に向かった。そこで在来線に乗りかえ函館駅に到着する。昼過ぎに入ったのでさっそく朝市で烏賊の昼食。タクシーで元町のホテルに向かう。その場所は函館戦争の際に土方歳三が新撰組の屯所をおいた場所であり、目の前の弥生小学校は作家・佐藤泰志の出身学校であった。ホテルからは歩く。目の前には海、函館ドックがまじかに見える高台の上だ。海にむかいいくつもの坂が下っている。大正湯という趣のある銭湯をみつけ、そのそばにある会場に入った。ギャラリー三日月である。明治から大正にかけての建物で質屋として営業していたそうで、蔵がギャラリーに改造されている。


まず最初に見たのは工藤利恵の陶器作品。白磁のきのこである。蔵の白壁と調和していて面白い。最初に出会う作品の印象がその展示の印象を左右することも多いが、工藤の作品から見ることになってよかった。インスタレーションのように蔵の1Fを埋めたきのこたちの印象は旅の印象を決定づけたのかもしれない。ちなみにカフェでコーヒーをいただくこともできた。坂をくだると市電の函館ドック駅。そこで市電に乗って末広町にゆき次の会場であるHakoBa函館に着いた。

この会場のビルは昭和初期に建築された銀行。現在はシェアホテルになっているが、ここの壁面を会場に作品が展示されており、作品とともにビルも見ることになる。安田祐子、大下茜の二人の作家のタブローが展示されていた。会場がもつ歴史とタブローが調和しているように感じた。それはホテルとして使っている現役の空気があってのことのように感じた。

駅方向に少し歩くと十字街に着く。そこには函館市地域交流まちづくりセンターという会場がある。もともとは丸井今井百貨店の函館店である。大正12(1923)年に3階建で建築され、昭和5(1930)年に5階建に増築されたもの。手動式のエレベーターが今も残されている。すずきさやかの「おふくろう」が静かに待っていた。


十字街には電停の前に梅津商店があった。以前に函館に来たときには閉店しており、どうなってしまうのかと心配したのだが、昭和10(1935)年建築の建物はそのままに「はこだて工芸社」として営業をしていた。

玉山知子・一戸元といったフェルト造形と木工作家が空間を構成しており、会場の雰囲気とあわせて楽しい展示であった。

翌21日は最終日である。午後には妻の実家のある森町に向かうので、道南いさりび鉄道を上磯駅まで行ってみることにした。偶然にも「濃緑車両・キハ40 1810」に乗車することになった。これは車両自体が展示会場なのである。石川潤の作品が車内を飾っていた。車両は函館山を海の向こう側に見る上磯駅についた。上磯では駅の待合室と駅事務室が展示場だ。待合室には丸岡明子が北海道の植物を封じ込めたインスタレーションを展示。事務室には遠山美月が和紙を素材にした空間構成を行っていた。二人ともに風を感じさせる展示であり、光を感じさせる展示を行っていたのが不思議な符合であった。


はこだてトリエンナーレはそのコンセプトの通り、旅をして街を歩き、歴史を感じ、美術作品を通じて風を感じ、空気を感じ、陽光を感じる総合的な美術展になっていた。また、私もそういう楽しみ方をした。あわせて、迎えてくれる函館の方々の暖かい応対、やさしい言葉に癒されたのも事実であった。そうした総体としての「旅」の形があってもいいなと思った。

(なかむら けいいち)
■中村惠一(なかむら けいいち)
北海道大学生時代に札幌NDA画廊で一原有徳に出会い美術に興味をもつ。一原のモノタイプ版画作品を購入しコレクションが始まった。元具体の嶋本昭三の著書によりメールアートというムーブメントを知り、ネットワークに参加。コラージュ作品、視覚詩作品、海外のアーティストとのコラボレーション作品を主に制作する。一方、新宿・落合地域の主に戦前の文化史に興味をもち研究を続け、それをエッセイにして発表している。また最近では新興写真や主観主義写真の研究を行っている。
・略歴
1960年 愛知県岡崎市生まれ
1978年 菱川善夫と出会い短歌雑誌『陰画誌』に創刊同人として参加
1982年 札幌ギャラリー・ユリイカで個展を開催
1994年 メールアートを開始
1997年 “Visual Poesy of Japan”展参加(ドイツ・ハンブルグほか)
1999年 「日独ビジュアルポエトリー展」参加(北上市・現代詩歌文学館)
2000年 フランスのPierre Garnierとの日仏共作詩”Hai-Kai,un cahier D’ecolier”刊行
2002年 “JAPANESE VISUAL POETRY”展に参加(オーストリア大使館)
2008年 “Mapping Correspondence”展参加(ニューヨークThe Center for Book Arts)
2009年 “5th International Artist’s Book Triennial Vilnius2009”展に参加(リトアニア)
2012年 “The Future” Mail Art展企画開催(藤沢市 アトリエ・キリギリス)
「はこだてトリエンナーレ みなみ北海道を旅する芸術祭」
2019年 開催概要
開催期間: 2019年6月28日(金)から7月21日(日)まで
(道南いさりび鉄道&北海道新幹線開業の、3年と3ヶ月と3日目から、3週間と3日間)
会場: 函館市内、北斗市内、木古内町内 十数箇所
出展作家: 道内外から約30名
入場料: 入場無料(一部イベントを除く)
小テーマ: 夏の色 (道南の四季の色のうち、夏色)
主催: 旅する芸術祭実行委員会、hakodate+
後援: 函館市、函館市教育委員会、北斗市、木古内町、木古内町教育委員会
協力: 道南いさりび鉄道株式会社、横浜高速鉄道みなとみらい線、北海道立函館美術館、NPO法人ちいき未来、おどろ木ネットワーク
助成: 公益財団法人朝日新聞文化財団、伊藤組100年記念基金
認定: 公益社団法人 企業メセナ協議会
●本日のお勧め作品は山田正亮です。
山田正亮 Masaaki YAMADA《work》
1979年
オイルパステル
イメージサイズ:61.0x78.0cm
シートサイズ:72.0x90.0cm
サインあり
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※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
●ときの忘れものは青山から〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。
阿部勤設計の新しい空間はWEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>に特集されています。JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
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