宮森敬子個展「ある小説家の肖像~生きているものと死んでいるものの間に~」

大藤敏行
        

 軽井沢高原文庫は、2019年9月13日から10月13日まで、敷地内に移築されている有島武郎別荘“浄月庵”において、現在ニューヨークを拠点に「世界各地の樹皮模様を和紙に写す」活動をしながら作品を制作している宮森敬子さんの個展「ある小説家の肖像~生きているものと死んでいるものの間に~」を開催しています。“浄月庵”は明治・大正期を代表する小説家の一人、有島武郎が1923年6月9日、「婦人公論」記者の波多野秋子と情死した建物です。
 4年ほど前から、東京や軽井沢で時折、宮森さんの作品を見ていた私は、美術と文学という親和性の高い二つの芸術を結ぶことを念頭に、今春、宮森さんに、有島別荘を使って個展をしてみませんか、と相談したことがきっかけでした。
 予期しなかったことですが、宮森さんはこれまで有島武郎がたどった土地と同じ場所を移動していたのでした。「私は子供時代を有島武郎と同じ横浜で、中高時代はあまり離れていない高校に、大学卒業後は同じくフィラデルフィア(同ハバフォード大学付属校で、美術担当)と、有島がたどった土地と同じ移動をしていたのです。」

『ある小説家」(ハバフォード大、ハーバード大)『ある小説家の肖像‐アメリカ留学」(ハバフォード大、ハーバード大)

 宮森さんは、動物好きで、獣医を目指していた時期もあり(北海道大学の農獣医学部に不合格)、筑波大学の日本画学部時代は動物や森、自然を多く描き、卒業制作は「森の泉」。アメリカ留学を機に、フィラデルフィアに12年、ニューヨークに9年滞在し、現在に至っています。

『森の泉』和紙に岩絵具、パネル『森の泉』
和紙に岩絵具、パネル
360×250
1992年制作

 今回の展示は、人と人とのあいだに無作為に生まれる関係、そして彼女自身の過去と他者の過去とを結ぶ、宮森さんのアートの試みのひとつ、portraitシリーズに位置づけられるようです。
 それはとにかく、今回、宮森さんは二つの壮大な試みを行っています。
 一つは、宮森さん自身と人生行路が重なる有島のたどった「土地の軌跡」に注目し、その地を実際に旅し、「有島に関わる地の樹木の拓本」をとること。誕生地・旧東京市小石川区水道町5番地、少・青年時代を過ごした横浜英和学院や学習院、大学時代を送った札幌農学校、アメリカ留学時代を過ごしたハバフォード大学やハーバード大学など。リサーチにより集められた和紙は、カーテン状に重ね、作品に定着、宮森さんの手によって展示されました。

『ある小説家』(横浜英和学院、学習院、札幌農学校)『ある小説家の肖像 少年~青年時代』(横浜英和学院、学習院、札幌農学校)

 二つ目は、「有島武郎の著書、彼が影響を受けた本」を集め、現在の浄月庵の周囲の樹からとった拓本をカバーとして包むこと。本は有島武郎『一房の葡萄』、有島訳『ホイットマン詩集』、新渡戸稲造『武士道』、新約聖書、旧約聖書など約40冊。それらは新渡戸稲造別荘にあったダイニングテーブルの上に置かれ、誰でも手にとり、中身を読むことができます。
 樹皮というものについて、宮森さんはこの個展によせて、こう記しています。「樹皮は常に剥がれ落ちます。それは半分死んで、半分が生き、剥がれ落ちても、元の生命は引き継がれてゆきます。この樹皮の存在を、私は常日頃から、移り変わってゆく、私たちの生命の象徴のようにも思ってきました。死んでゆくものの悲劇は、生命の大きな循環に取り込まれてゆきます。」
 ところで、軽井沢高原文庫は、有島別荘のほか、堀辰雄1412番山荘、野上弥生子書斎、辻邦生山荘の保存も行っています。こうした文学者の仕事場を大切に思い、日頃から親しむことで、建物が本来もっている創造的空間やサロン的要素、その建物に宿る作家の息づかい、そこを訪れた人々の様々な記憶といったものも、やがては体感できるように感じます。
 建物が建つ場所というものに視点を移すならば、いま、次のような話が思い出されます。古いラテン語でいうゲニウス・ロキという言葉が意味する、ある土地にはそれぞれその土地独自の精霊、霊がいて、その土地の霊によってその土地の風土の特徴が作られる。その土地に住む人はその感化を受け、独自の気質、性格、人格が形成されるという話です。

第1室 導入部第1室 導入部
 
 今回、宮森さんは、有島が生きた土地に旅をしながら、日本の和紙(福井・今立、埼玉・小川)と木炭によって多くの樹拓作品をつくり、有島終焉の建物に飾りました。アートの世界からのアプローチによって、一つの有島武郎の世界を作り上げています。
 あらゆる人々に共通する人生という限られた時間の中で人が希求するものは何であるのかという根源的な問いをも、宮森さんは作品に託して、私たちに投げかけています。       
(軽井沢高原文庫 副館長 おおとう としゆき

大藤敏行(おおとう としゆき)
1963年埼玉県生まれ。筑波大卒。軽井沢高原文庫副館長。「堀辰雄展」「犀星と軽井沢」「川端康成展」「谷川俊太郎展」「遠藤周作展」「辻邦生展」はじめ、約百余りの文学展に携わり、軽井沢ゆかりの文学の世界を伝え続ける。著書『軽井沢と文学』『ふるさと文学さんぽ長野』、論文「立原道造と軽井沢」「堀辰雄の純粋造本」など。25年程前から一般対象の文学散歩も行っている。深沢紅子野の花美術館館長。

宮森敬子美術展「ある小説家の肖像」
会期:2019年9月13日~10月13日
会場:軽井沢高原文庫 有島武郎旧別荘”浄月庵”
20191002宮森敬子美術展「ある小説家の肖像」20191002両面

●本日のお勧め作品はジェラール・ティトゥス=カルメルです。
carmel_01_natu-dessin-ivジェラール・ティトゥス=カルメル Gerard Titus-CARMEL
夏の素描 IV
1990年
木炭・鉛筆・墨・淡彩・紙
109.0×80.3cm Signed
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