宮森敬子のエッセイ 「ゆらぎの中で」 第2回

中国での仕事 (前編)


新型ウイルスの話題が連日ニュースになっていますが、今年1月3日から2週間、私も中国に行っており、時期がずれていたら巻き込まれていた可能性がありました。新年早々に本当に気の毒なことです。大変な思いをされている方々の日常が一刻も早く取り戻されますよう、お祈りしています。

杭州は上海から高速列車で2時間、訪れた千島湖畔は富裕層向けのリゾート地として大規模な開発が進んでいます。千島湖は中国政府が1959年に新安江水力発電所という大型水力発電所を建設した時にできた人口湖ですが、ダム建設時には、古代中国の遺跡を含む多くの郷鎮(日本でいう県や市レベルの自治区)が沈み、「中国のアトランティス」と呼ばれています。

宮森敬子_画像1中国杭州省 千島湖畔に建つHotel Karen (2020年 1月 撮影)


事の始まりは、2018年に東京とシンガポールを拠点とする建築設計事務所KUUからの依頼で、彼らの設計したホテルのロビーに 「和氏之璧(かしのへき)」 (注)という作品を設置したことでした。

宮森敬子_画像2「和氏之璧(かしのへき)」 (左壁部分) 和紙、木炭、古道具、農具、石、木片 2018 年 於 Hotel Karen (杭州省、中国)


設置作品は、この建物の個性、土地の歴史に寄り添うようにしたいと考え、島や近くの村で見つけた古道具や家具、瓦などの一部を和紙で包んで構成しました。和紙の表面には、ホテル周辺の木(樹皮)の“樹拓” が付いています。(樹木の表面を和紙にフロッタージュしたものを “樹拓”と呼んでいます。)

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「和氏之璧(かしのへき)」 (右壁部分) 和紙、木炭、古瓦、石、木片 2018年 於 Hotel Karen (杭州省、中国)


(注)
楚の和(か)が、玉(ぎょく)の原石を楚の王に献上した。しかし鑑定師が雑石だと述べた結果、王は怒って和の右足の筋を切断した。王没後、和は同じ石を次の王に献上した。しかし結果は同じだった。その次の王である文王が試しに原石を磨かせたところ、大変な名玉を得た。王は和を称えるためその名玉に 「和氏之璧」 と名付けた。
少しの傷もない、完全無欠なことを“完璧”と称するのは、後に危うく奪われそうになるこの名玉(璧)を、ある家臣が完全な策で敵国から持ち帰った、つまり 「璧(へき)を完(まっと)うする」 という逸話から来ており、中国で 「和氏之璧」 とは、「磨かれていない宝」 「一見ではわからない価値あるもの」 の意味がある。


ホテル周辺の7つの島は橋で繋がれており、自由に散策することができます。今回の依頼は、多目的スペースの一棟と、点在する島に設置する美術作品を考えて欲しいという2点でした。

各島に多くの植林がされていますが、湖の水位が大きく変わるため、根付かないものも多くあり、植林が続けられています。どの島に何を持ってきたら良いのかな、と考えて歩いていたら、竹林のある島で小鳥の鳴き声がしました。植林された樹々にもやってくる鳥たちがいるのです。それなら「訪れる鳥たちのためのプチリゾートを作ったら面白いのではないか」 と考えて生まれたのが 「鸟和它的家(A place to perch, if for a moment)」 です。

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「鸟和它的家 (A place to perch, if for a moment)」 和紙、木炭、樹脂、竹、クリスタル、白磁 (2020年1月撮影)

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「鸟和它的家 (A place to perch, if for a moment)」 の “鳥小屋” (2020年2月撮影)


アメリカから、過去のインスタレーション 「人間の小屋 (Human Birdhouse)」 で使用した 「鳥小屋」 を一点持参していましたので、これを竹林に囲まれた木に設置し、周りに “ドアの開いた鳥籠” を吊るすことにしました。(ちなみに“鳥”は私のドローイングにも時々現れ、2011年に発表した作品に 「屋根のない鳥籠」 というものがあります。)

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(左) 「屋根のない鳥籠 #4」 和紙、木炭、メタル、樹脂、穀物、 枝 2011年 於 イセ文化基金 (ニューヨーク)
(右) 「人間の小屋(Human Birdhouse)」 和紙、木炭、納屋、鳥小屋、樹脂 2007年 於 スクリューキル環境教育センター (フィラデルフィア)




野生の鳥から見て、和紙で包んだ鳥小屋は、特別なホテルの一室として、ドアの開け放たれた白い鳥籠は、「遊んで行きたい」 と思えるような存在にしなくてはなりません。「どうしたら鳥の関心を引くことができるか」 を考えて、5つの鳥籠の中に、美しく輝くクリスタルを吊るしてみました。それは太陽の光を受けて、人工的に虹を作る “レインボーキャッチャー” の役割を果たします。

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「鸟和它的家(A place to perch, if for a moment)」 の “ドア開いた鳥籠” (2020年1月撮影)


更に、この場所が鳥たちにとって 「人気がある」 ように見せなくてはなりませんでした。そこで、島のあちこちに (“さくら” となる) 白陶磁器製の小鳥たちを20羽配しました。遠目に見ると、鳥たちが、リゾート島で遊んでいるようです。この “仕掛け” を鳥たちが気に入ってくれるといいな、と思っています。そして訪れた人には、鳥たちが人工の “プチリゾート” を楽しんでいる姿を想像し、「人工物も自然に対して何かを楽しませることができる」 という可能性を考えてもらいたいのです。

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「鸟和它的家(A place to perch, if for a moment)」 の “白磁器の小鳥たち” (2020年1月撮影)


一方、本館付近のインスタレーション制作のためには、周辺の村々を訪ねなくてはならず、私にとって、この地で制作する意味のある時間となりました。次回の 『中国での仕事(後編)』 で書きたいと思います。

宮森敬子_画像9汪家村で集められた小物の一部 (2020年1月撮影)

(みやもり けいこ)

宮森敬子 Keiko MIYAMORI
1964年横浜市生まれ 。筑波大学芸術研究科絵画専攻日本画コース修了。和紙や木炭を使い、異なる時間や場所に存在する自然や人工物の組み合わせを、個と全体のつながりに注目した作品を作っている。

宮森敬子のエッセイ「ゆらぎの中で」は毎月17日に更新します。どうぞご愛読ください。

●本日のお勧め作品は宮森敬子です。
miyamori-01宮森敬子 Keiko MIYAMORI 
“ultra”
2001年
オブジェ(タイプライター)
32.0×30.5×12.0cm
サインあり
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◎昨日読まれたブログ(archive)/1983年07月23日|宇都宮大谷・巨大地下空間でのウォーホル展オープニング
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