王聖美のエッセイ「気の向くままに展覧会逍遥」第6回

「森村泰昌:エゴオブスクラ東京2020ーさまよえるニッポンの私」展を訪れて

2020年1月25日から4月12日まで原美術館で「森村泰昌:エゴオブスクラ東京2020ーさまよえるニッポンの私」展が開催されている。

1、旧原邦造邸の歩んだ82年
 旧原邦造邸は、第4回に訪問した旧朝香宮邸(東京都庭園美術館)ができた少し後、1938年に建てられました。もともと敷地内に住んでいた原夫妻がコンパクトで明るい家を建てたいと考え、当時51歳の建築家・渡辺仁が設計。原家は居住し間もなくして太平洋戦争により疎開します。現存するのは中庭を囲う扇型の円弧と半径のレの字型のボリュームで鉄筋コンクリート造の一部ですが、当時は炊事場などがある平家の木造と複数の和室のある2階建の木造、そして鉄筋コンクリート造の倉庫と宝庫が全て連なって建てられていました。旧原邦造邸は戦後はGHQに接収され、返還後は外務省公館と大使館として使用されたそうです。約10年間空き家になっていたところ、原美術館前館長の原俊夫氏がデンマークのルイジアナ美術館を参照して邸宅を美術館にすることに踏み切り、1979年に原美術館として再生されました。初期モダニズム建築として2003年にドコモモジャパンにも選定されています。余談ですが、今年9月にはドコモモ国際会議が日本で予定されています。また、京都工芸繊維大学でもリカレント教育プログラムとして社会人向けに「ヘリテージ・アーキテクト養成講座」を開講するなど、近現代建築の保存/再生のノウハウが今まで以上に注目されています。
 このコンパクトな邸宅美術館、1階トイレだった空間に森村泰昌《輪舞》、テラスの室外機を隠すために製作された杉本博司《箒垣》、2階のトイレだった曲面の壁に宮島達男《時の連鎖》、浴室だった空間に奈良美智《My Drawing Room》、屋上塔屋にジャン=ピエールレイノー《ゼロの空間》など、館内、中庭の随所に彫刻・インスタレーションが常設されています。また、光山清子さんが日本の現代美術が海外で紹介された展覧会史を扱った『海を渡る日本現代美術』を著した動機として原美術館での学芸員の経験を挙げたように、原美術館は初期から国内外現代美術家の個展、若手作家のグループ展を通じて国際交流活動に重きを置いてきました。緑の美しい庭園を望むカフェとともにファンを魅了し続けて止まない現代美術の館を訪れる度、近年の美術館建築が巨大化し、展覧会の展示面積と展示点数が膨大する傾向を顧み、このくらいのスケールが心地よいのではないか、とあらためて感じさせられます。

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図面1_1F_kai1937年1階平面図(大井隆弘「日本の名作住宅の間取り」エクスナレッジより)

図面2_2F_1937年2階平面図(大井隆弘「日本の名作住宅の間取り」エクスナレッジより)



2、エゴオブスクラ
 本展は映像作品《エゴオブスクラ》が中心の展覧会です。エゴは自己、オブスクラは一方の針穴から差し込んだ光と風景が他方の壁に映りその像を写しとる内部が暗い箱で、元祖写真機であるピンホールカメラの構造をした装置のことなので、「自己を写しとる真っ暗な空箱」というような意味合いでしょうか。(正式には「闇に包まれた曖昧な自我」と解説されているようです。)本作品は、サロンチェアの側に運ばれたスーツケースの映るシーンから始まり、藤井光さんが監修した滑らかな映像と森村泰昌さんの話す上方の落語家のような美しい船場言葉が流れます。森村さんは明治天皇、マッカーサー、昭和天皇、蝶々夫人、マリリンモンローと三島由紀夫に次々と扮してゆき、作品について個人史と歴史と交えながら語ります。ワープした時代や地点に深く引き込まれるのですが、最後は『にっぽん、チャチャチャ』の踊り歌で「なーんちゃってね」、と引き離されるような映像作品で、東京の中心は空虚(皇居)、万歳バンザイマンザイなどといった一節には口元が緩んでしまいます。語りの一部は紙にペンで書かれ、《セルフポートレイト》として各室に展示されています。
 真理や価値や思想というものは、衣服のように自由に着替えることができると捉えた方がよく理解できる、と森村さんは話します。本展は、入れ替えられない顔や身体という器、その中にインストールされた複数の文化の捻れや歪みの間を彷徨っている「私」をエゴオブスクラによって客観視し、再解釈する試みだったのではないでしょうか。

3、絵画の中を自由に往来する
 1階ギャラリーⅠは、2層吹き抜けの客室でした。展示された《鏡を持つ自画像》、サロンチェア、鏡、サイドテーブル、スーツケースは《エゴオブスクラ》のプロローグを表し、そこに座る人の「私とは何か?」という問いと、美術作品の中を旅する自由が表現されているように思います。木製の重い家具の設えに対し革製のトランクケースではなく、キャスター付きスーツケースであることは、設定されている時代が現代であり、変身しながら美術作品を巡り続ける作家の姿が想像できます。森村さんは過去のインタビューで、絵画という虚構の世界が自身の存在する場所であると仰っていました。

 ギャラリーⅡは、書斎、居間、食堂だった部屋の壁を抜いた部屋で、展示室としては曲面の壁と自然光が入り、昔は海を望めたというテラスに面したサンルームが特徴的です。マネの《オランピア》を主題にした2018年の《モデルヌ・オランピア》は、1988年の《肖像(双子)》から30年を経て、娼婦オランピアさん役と花束を持ってきた侍女役が、蝶々夫人役と黒い手袋をした男性役に入れ替わりました。この男性は《フォリー・ベルジェールのバー》の鏡に映るシルクハットの人で、絵画の中の住人が作品間を往き来しているようです。そしてそれらの舞台セットとなった《“オリンピアの部屋”1988-2018》は、2018年京都国立近代美術館「森村泰昌、ゴッホの部屋を訪れる」で展示された《ゴッホの部屋》でもそうだったように、マネたちが崩した遠近法をカメラで撮るための寝辛そうなベッドが印象的でした。

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 シルクハットの男性がもともといたマネの《フォリー・ベルジェールのバー》を主題にした新作《劇場2020》が展示されているのは、かつて配膳室だった場所です。《劇場2020》は1989年の《美術史の娘(劇場)》から約30年を経て、背景が舞台セットであることが強調され、作品の中の空中ブランコ乗りの脚は立体の人形であることが明かされました。

王聖美_写真3IMG-4555空中ブランコ乗りの《人形》

 ギャラリー前の円弧を描く廊下に展示された《薔薇刑の彼方へ》8点は、細江英公さんの《薔薇刑》の三島由紀夫に扮した銀塩写真のシリーズです。

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 2階のギャラリーⅢとⅣは、原家令嬢たちの寝室と勉強室だった部屋で、それぞれマッカーサーと昭和天皇、マリリン・モンローと三島由紀夫の展示室になっています。《思わぬ来客 2010-2018》は、ちょうど旧原邦造邸がGHQに接収された頃に撮られたマッカーサーと昭和天皇が並ぶ写真を主題に、お茶の商店を営まれてたご実家で制作された作品で、戦後をアメリカと日本の「結婚」に喩えます。その間に子として生まれた日本人は、民主主義へ変わる中で戦後教育を受け、父としてのアメリカから西洋の価値観や美意識を、母としての日本から言語や風土を吸収させられた複雑さを持ち、それが日本の中心は空虚で探しても真理がない「さまよえる私」の所以だとします。余談ですが、戦争で低迷した日本茶の生産と輸出が回復したきっかけは、アメリカが援助物資の見返り品として緑茶を選んだことという説があり、なんだか背景も皮肉です。

 《駒場のマリリン》(1995)は、三島由紀夫が1969年5月に東大全共闘に演説・討論した東京大学900番講堂に、マリリン・モンローを装った三島由紀夫として降臨したという設定のパフォーマンスを捉えた作品です。高揚した森村さんのパフォーマンスに対し、学生たちの呆気らかんとした表情は、当時の思想の対立する三島と学生が包まれたであろう熱気とは対照的に写ります。《なにものかへのレクイエム》(2006)は、1970年11月に三島由紀夫が陸軍自衛隊市ヶ谷駐屯地東部方面総監室のバルコニーから行った最後の演説を主題にした作品で、《マニフェスト》(2018)では、表現者に向かい「公明正大なテーマを掲げてはいても 当事者意識は欠如したままで 語るべきことには口を閉ざすものたちや 流行ばかりを追いかけて 経済効果が価値とばかり エンターテイメントとポピュリズムに魂を売り渡すものたちや 権力の頂点に立つことが成功の証だと錯覚するものたちによって牛耳られ 精神的に空っぽに陥っている」と説いています。学芸員によると会期中のレクチャーパフォーマンスは、映像作品の語りや《マニフェスト》の演説を森村泰昌さんご自身が再演するとのことです。

王聖美_写真5IMG-4523森村泰昌《輪舞》(常設作品)

おう せいび

■王 聖美 Seibi OH
1981年神戸市生まれ。京都工芸繊維大学工芸学部造形工学科卒業。国内、中国、シンガポールで図書館など教育文化施設の設計職を経て、2018年より建築倉庫ミュージアムに勤務。主な企画に「Wandering Wonder -ここが学ぶ場-」展、「あまねくひらかれる時代の非パブリック」展、「Nomadic Rhapsody-”超移動社会”がもたらす新たな変容-」展、「UNBUILT:Lost or Suspended」展。

●本日のお勧め作品は森村泰昌です。
morimura_selfportrait_B森村泰昌 Yasumasa MORIMURA
「若いセルフポートレイト 1629(B)」
1994年
カラー写真(キャンバス加工)
イメージサイズ:41.0x33.0cm
額装サイズ:57.5x49.5cm
Ed.5
サイン・限定番号あり
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◎昨日読まれたブログ(archive)/2017年12月16日|超レア・ウォーホルカタログと生前の希少ポスター
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