小国貴司のエッセイ「かけだし本屋・駒込日記」第32回

先日開催された「本屋博」というイベントに参加してきました。このイベント、わずか2日間の開催だったにもかかわらず、終わった後も出版界で話題となっています。というのも、来場者数が3万3千人と、ものすごい数だったのと、とにかく本が売れたため。2日目の閉場間際となると、「売る本がない!」となっている本屋さんがチラホラ現れ、それでも来場者の方々は、少ない棚の本から真剣に本を選ぶ。「出版不況」ってなんだっけ?というようなイベントでした。
出店数は40店舗。ほとんどが「独立系書店」でしたが、青山ブックセンターやHMVなどの大きな本屋さんも、それぞれが一台の机の上にそれぞれのおすすめ商品を並べていました。ふだんから選書をしていない本屋さんはいません。その選書された本が並ぶ店内から、またさらに選ばれた、まさに選りすぐりの本が並ぶ机一台は、どのお店も確かに魅力的でした。
そんな中、当店も古書に混ぜて数点新刊書を持って行きました。その中の一冊が(見事完売しました!)本日の紹介したい本です。
イ・ギホ 斎藤真理子 訳『誰にでも親切な教会のお兄さんカン・ミノ』

小国貴司、写真1

もはやブームではなく、日本の小説好きにも定番として認知され始めている韓国現代文学を代表する作家の、7篇プラスあとがき(これも作品です)から成る短編集です。
収録作はどれも独立しているお話ですが、「私を嫌悪することになるパク・チャンスへ」と「ずっと前に、キム・スッキは」は一つの殺人事件の顛末を、犯人である妻の側と、その愛人の側から描いた連作があるように、それぞれがいくつかのテーマで繋がっているような作品集です。
当然のことながら、この作品集を通読して読み取るテーマは、人によってそれぞれでしょう。しかし、今回わたしはこんなPOPをつけて、この本を販売しました。

小国貴司、写真2

この小説に出てくるのは、事件の当事者にせよ、それを観察するものにせよ、「良くありたい」という気持ちがない人たちではありません。どうにかして現状を良くしようと思いながらも、それがそもそも的外れであったり、自分の中にある不誠実さに気づいていなかったり、もしくは集団の論理に負けて時として相手を追いやったりする。そして、その目に見えない(自覚しづらい)悪意のようなものを追いやるようにして、また日常に帰っていく。事件や事故を通じて、わずかに「倫理的」であろうとすることに気づきかけるのに、またいつもの日常に埋没して、そこで感じた違和感を忘れる。しかも、難しいのは、我々が「倫理的」になりえるのは、まさにそのリアルな日常性にしかない、ということなのかもしれません。その狭間の中の個人の姿が印象に残る作品集でした。
必ず「ここ」から去らなければならない私たちが、立ち去るその時に何を思うのか。そんなことを考えさせる、語り口は軽やかなユーモアに満ちていながらも、非常に重い一冊です。

小国貴司、写真3

※発売前に来日された際に当店で行ったイベントで、作者のイ・ギホさんからもらったコメントです。
おくに たかし

■小国貴司 Takashi OKUNI
「BOOKS青いカバ」店主。学生時代より古書に親しみ、大手書店チェーンに入社後、店長や本店での仕入れ・イベント企画に携わる。書店退職後、新刊・古書を扱う書店「BOOKS青いカバ」を、文京区本駒込にて開業。


*画廊亭主敬白
2020年3月19日~22日に東京国際フォーラムを会場に予定されていたアートフェア東京2020」がウイルス感染拡大防止を理由に中止になりました。
つい先日2月28日に<御来場者による会場内混雑の緩和、及び不特定多数の接触防止策のため、一般向け「当日券」販売は中止>して、つまり招待客だけが原則入場できる変則的な開催の知らせが事務局から届いたばかりでした。それが5日後に急転換、昨日3月4日に中止の連絡が入り、大慌て。後始末にてんてこ舞いしています。
この一年、同時期開催のアートバーゼル香港(オノサト・トシノブ展)とアートフェア東京(松本竣介と倉俣史朗展)の出展準備にエネルギーを注いできましたが、思わぬ新型ウィルスの影響で二つとも「中止」に追い込まれました。
来場を楽しみにしていた皆さんには誠に申し訳ないことになってしまいました。お詫びします。
何とか体制を立て直し、日常の画廊活動に戻りたいと思います。顧客の皆さんのご理解とご支援を心よりお願いいたします。

●本日のお勧め作品は、奈良原一高です。
narahara_14_wtw3奈良原一高 Ikko NARAHARA
写真集〈王国〉より《壁の中》(3)
1958年 (Printed 1997)
ゼラチンシルバープリント
イメージサイズ:30.7×47.8cm
シートサイズ:40.6×50.8cm
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◎昨日読まれたブログ(archive)/2014年10月14日|水沢勉「版の音律―内間安瑆の世界」
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●ときの忘れものは青山から〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。
阿部勤設計の新しい空間はWEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>に特集されています。JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 
E-mail:info@tokinowasuremono.com 
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。*日・月・祝日は休廊。