中村惠一のエッセイ「美術・北の国から」第8回

ギャラリー・レティナと岡部昌生、安田侃

 北海道立近代美術館が札幌市中央区北1条西17丁目に開館したのは昭和52(1977)年7月20日のこと。その翌年の4月から私は札幌に住んだので、美術館はできたばかりで美しかった。また美術館の南側にあるソファに座ると目の前に大きなガラス窓があって陽射しが気持ちが良かった。美術作品をギャラリーで見るようになると美術館に通うことも多くなった。美術館の敷地を挟んですぐ西側に木造の商業施設があり、その2階にギャラリー・レティナはあった。おそらく美術館の帰りに隣にあった喫茶店により、ついでに覗いたのが初めての訪問であったように記憶している。最初の訪問の際に誰の展覧会が開催されていたのかすっかり忘れている。レティナつまり「網膜」と名付けられた画廊は大きな窓をもった展示室をもっており、自然光で作品を見ることができた。冬になると札幌は暗くなるのが早い。暖かい光がビルの2階に見えて魅力的であった。ビルの真ん中に設置された階段を昇ると左右にドアがある。左は喫茶店で右がレティナであった。レティナに入るとマダムの笑顔に出会う。鴇田桂子という女性の画廊主であった。レティナで展示する多くの作家は北海道在住の美術家であった。

中村恵一1

 伺うようなった早い時期に、山形県鶴岡市在住の銅版画家である小松章三の個展があって、作家と長い時間話すことになった。鶴岡では檸檬館という喫茶店を経営されていること、昭和39(1964)年のシェル美術賞で三等を受賞されたことなどもうかがった。展示されていた版画を気にいって小松作品を購入した。レティナで初めて買ったものが小松の作品であった。小松は昭和13(1938)年東京・滝野川生まれ、鶴岡南高校を経て武蔵野美術学校を昭和38(1963)年に卒業、中学の教師をしながら画家として活動した。喫茶店である檸檬館であるが昭和45(1970)年から昭和61(1986)年まで経営していたそうだ。実家にはまだ小松の版画を使った檸檬館のマッチがあるはずである。

 レティナでは彫刻家の作品展示もされた。美唄出身でイタリア在住の安田侃もその一人であった。安田ともレティナでしっかり話し込んだ。版画展であったのか、小さな彫刻作品を展示していたのか、その双方であったかは記憶にない。しかし話は覚えており、特にイタリアの石切り場での話は興味深いものであった。安田は昭和20(1945)年生まれ、昭和42(1967)年に北海道教育大学岩見沢分校を卒業、東京芸大大学院彫刻科に進学、昭和44(1969)年に修了し、昭和45(1970)年にはイタリア政府の招聘によりイタリアに留学。白い大理石で有名なフィレンチェ郊外のピエトラサンタにアトリエを構えて作品制作に集中した。その後、安田は公共空間に設置されるような規模の大きな石彫作品を数多く制作し、ミラノやフィレンチェはもちろん、札幌駅や市内各所、東京都庭園美術館や都内のビルにも設置され、目にする機会の多い作家となった。白く肌理の細かい石を使った彫刻は印象的だ。そして子供が遊びたくなるようなフォルムをもっているのだろう、子供たちが戯れる様子を見る機会が多い。

中村恵一_2020-04-17 02「風」

 レティナで見た展覧会でもっとも印象に残っているのは岡部昌生の個展である。岡部は昭和17(1942)年根室市生まれ、北海道教育大学の前身である北海道学芸大学を卒業し、大谷大学短期大学部で教鞭をとられていた。私がみた展覧会は昭和52(1977)年から始めたフロッタージュを自らの技法とし、昭和54(1979)年にパリに滞在して制作した169点の作品をもとに構成した「都市の皮膚」とタイトルされた個展であった。黒い大きな紙に鉛筆でフロッタージュされ痕跡として記録されたパリの街路が90度回転されて壁面に展示されていた。鉛のような画面の質感、記録されたストロークは岡部の呼吸や心拍を見ているような錯覚を覚えた。レティナで見た岡部のフロッタージュは東京ではギャラリーワタリで、次いで佐賀町エギジビットスペースで見ることになった。

中村恵一_2020-04-17 03

その後、広島でのプロジェクトなどを経て平成19(2007)年、第52回ヴェネチィア・ビエンナーレでの日本館代表展示作家となった。「あいちトリエンナーレ2016」ではわが家の菩提寺のある豊橋で展示があり、母も見ることになった。

中村恵一_2020-04-17 04
『わたしたちの過去に、未来はあるのか』(東京大学出版会)書影

 ギャラリー・レティナでは北海道在住の作家たちの作品を見ることにつながった。NDA画廊クラーク画廊は「北海道」という視点をもっていなかったので、レティナの存在は私にとって貴重であった。地下鉄東西線にのって西18丁目駅でおりる。北に向かって歩いてゆくとレティナはあった。懐かしいその空間をふいに思い出すことがある。
なかむら けいいち

中村惠一(なかむら けいいち)
北海道大学生時代に札幌NDA画廊で一原有徳に出会い美術に興味をもつ。一原のモノタイプ版画作品を購入しコレクションが始まった。元具体の嶋本昭三の著書によりメールアートというムーブメントを知り、ネットワークに参加。コラージュ作品、視覚詩作品、海外のアーティストとのコラボレーション作品を主に制作する。一方、新宿・落合地域の主に戦前の文化史に興味をもち研究を続け、それをエッセイにして発表している。また最近では新興写真や主観主義写真の研究を行っている。
・略歴
1960年 愛知県岡崎市生まれ
1978年 菱川善夫と出会い短歌雑誌『陰画誌』に創刊同人として参加
1982年 札幌ギャラリー・ユリイカで個展を開催
1994年 メールアートを開始
1997年 “Visual Poesy of Japan”展参加(ドイツ・ハンブルグほか)
1999年 「日独ビジュアルポエトリー展」参加(北上市・現代詩歌文学館)
2000年 フランスのPierre Garnierとの日仏共作詩”Hai-Kai,un cahier D’ecolier”刊行
2002年 “JAPANESE VISUAL POETRY”展に参加(オーストリア大使館)
2008年 “Mapping Correspondence”展参加(ニューヨークThe Center for Book Arts)
2009年 “5th International Artist’s Book Triennial Vilnius2009”展に参加(リトアニア)
2012年 “The Future” Mail Art展企画開催(藤沢市 アトリエ・キリギリス)

●本日のお勧め作品は大竹昭子です。
otake-46大竹昭子 Akiko OTAKE 「無題
Type-Cプリント   35.5×43.0cm
Ed.1   サインあり
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください


*画廊亭主敬白
臨時休廊26日目。
誰にも会えない日々、ブログ執筆者の皆さんにメールで近況をお伺いしたところ、早速中村惠一さんから以下のようなお便りをいただきました。

近況報告
パンデミックの危険が非常に高いとは思っていましたが、まさかここまでの状況になろうとは思っていませんでした。昨年秋からトルコ、ドイツ、スペイン、セルビア、台湾と20人のメールアーティストによる展覧会が企画、開催されていたのですが、コロナの影響で4月の再度トルコでの展覧会以降が延期または中止になっています。今後どうなるのかわからないです。
今年は初めてパフォーマンスアートに挑戦することにしまして、霜田誠二さんが主催されている日本国際パフォーマンスアートフェスティバル(NIPAF)2020に参加を表明していました。予定は3月1日と2日。開催は大丈夫なのか、と心配しましたが、何とか開催、出演することができました。
1
ブログでは毎月22日に「美術・北の国から」を連載しています。前回は神田日勝でした東京ステーションギャラリーでの神田日勝展は4月18日開幕予定でしたが、現在開催未定になっている。もし中止になったらと思うと気が気ではない。
また、回文短歌というものを書いておりまして、短歌雑誌『金星』3号に掲載されています。『金星』3号は4月8日に発行されたばかりです。
2
3
なかなか外出もままならず、展覧会も見られないのでフラストレーションもたまりますが、まずは命大切に過ごしたいとおもいます。
中村惠一)>

4月19日のブログで『土浦邸フレンズの活動記録 2013-2020』プレゼントのご案内をしました。たくさんの方が応募してくださっており抽選になります。受付締め切りは25日です。

-------------------------------------------------
◎昨日読まれたブログ(archive)/2008年04月02日|池田信『1960年代の東京 路面電車が走る水の都の記憶』
-------------------------------------------------

◆ときの忘れものは新型コロナウイルスの感染拡大防止のため、当面の間、臨時休廊とし、スッタフは在宅勤務しています。メールでのお問合せ、ご注文には通常通り対応しています。

◆ときの忘れものは版画・写真のエディション作品などをアマゾンに出品しています。

●ときの忘れものは青山から〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。
阿部勤設計の新しい空間はWEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>に特集されています。JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 
E-mail:info@tokinowasuremono.com 
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。*日・月・祝日は休廊。