中村惠一のエッセイ「美術・北の国から」第9回

三神恵爾

 三神恵爾と初めて出会ったとの認識はNDA画廊で開催された三神のドローイング展を見にいったときなのだ、と思い込んでいた。だが三神からの写真を見たら、一原有徳と知り合うために出かけた島州一展のオープニングのときだと気がついた。ただ、その時は登山家・一原有徳と話すために画廊に伺ったので、一原以外にかろうじて記憶しているのは主役である島州一くらいである。島の個展だったので北海道在住の現代美術家たちが集まっていたのだと思うし、その場でパーティ参加者を含めたパフォーマンスも発表された。そのパフォーマンスの記録写真に三神は写っていた。
 また、私は美術に関する文章も新宿・落合地域文化史に関する文章も雑誌『がいこつ亭』に書いているが、昨年秋に『がいこつ亭』は100号を刊行した、この雑誌の編集・発行人が三神恵爾である。三神もまた多彩である。絵も描くし、評論もエッセイも短歌(歌集『フルクサスな空』を刊行している)も書く。その文章は、ものの見方が独特で語り口が魅力的である。『アリスと少女力のまなざし―流されない明日のための教育論』(2005年 響文社)という教育方法論の著作をもっている。
 三神恵爾は1952(昭和27)年に北海道芦別市に生まれた。初個展は1972年。1970年代半ばより画家として本格的に活動、札幌・東京・スペイン・キューバ等で個展やグループ展を開催した。銅版画は札幌版画塾の森ヒロコ銅版画教室の第一期生として森に学んだ。1979(昭和54)年より「絵画教室にじいろのふね」を主宰している。この経験が『アリスと少女力のまなざし』に活きている。1986(昭和61)年からは「水晶の丘 シュタイナー教育研究会」を主宰、ヨーロッパでの実践教育機関への視察も行っている。

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三神の銅版画は、少しだけウィーン幻想派のような雰囲気をまとった作品たちである。シュル・レアルな画面構成が面白い。当家には「バラ猫」という題名のエッチング作品がある。私が三神の作品を個展という形で、ギャラリーに展示されたのを見たのは前述したNDA画廊での個展と東京・銀座での個展の2回である。最初に見たNDA画廊での個展は鉛筆でのドローイングを中心とした展示で、幻想的な画面が印象的であった。画廊主の長谷川洋行は「こういう北海道出身の若手を発掘して、展示してみせるのがこの画廊の一つの使命だ。その意味でもこうした展覧会はしっかりやらなければならない」と私に話してくれた。ちょうど札幌に来ていた種村季弘もこの展覧会を見たそうだ。1982年に札幌を離れて東京に住むようになった私と妻は、たぶんその翌年に銀座で開催された個展は見ることができたが、その後に三神が札幌で発表した展覧会を見てはいない。三神は短歌評論家・菱川善夫の教室に通って短歌について学び、その教室参加者を中心に創刊された短歌雑誌『弓弦』の同人になって短歌の制作を行った。そして90年代には個人誌『蜜蜂の季節』を発行し、自らの考えを文章で発表するようになる。ついで映画についてのフリーマガジン『シネマ・レストラン』を創刊、発行する。私はこの雑誌を送ってもらい、何か書きたいと思ったのであった。そこで何か書きたいと連絡をし、映画の原作についてのエッセイを連載することで再び三神との関係ができてきたのであった。この雑誌が名前を変えて『がいこつ亭』となり、昨秋には100号を数えたのであった。
 雑誌『黄金の馬車』に「おいしいシネマ」という映画と料理についてのエッセイを連載していた妻も、『がいこつ亭』に映画についてのエッセイを書くようになり、以後は夫婦で世話になっている。三神は『がいこつ亭』の発行人であり、表紙のコラージュやドローイング作品を制作し、味わい深い評論や魅力的なエッセイを執筆、掲載した。一口に100号というが、2か月に1度刊行される雑誌に原稿を1本書くだけでも私たちには大変であったのに、三神は文章を書き、編集し、表紙を制作し、文中のカットを描き、製本を行うまでの作業を(手伝いがあったにせよ)行ってきたのである。頭の下がる思いがする。日常的には絵画教室を運営し、いわゆるカルチャー教室でも教え、画家としての作品制作を同時に行うわけだからその活動量はすさまじいのではないかと想像する。
 
2020-05004中村恵一『がいこつ亭』100号の表紙

2020-05005中村恵一コラージュ「途上 尾崎翠に寄す」(1996年)

 若いころに幻想的であった作風は、幻想性は失わないでいたものの、その形は変化した。次第にコラージュからボックスやオブジェのようなアッサンブラージュ作品になってゆき、近作を写真で見ると、空間すべてを用いインスタレーション作品にまとめてゆくような作風に至っている。描くという行為を捨てることはないが、具体的な物質であり、物体の対比によってテーマを表現してゆくように変化し、表現の中に明確なコンセプトが見えている。また、私には苦手な展覧会や作品にタイトルをつけるという作業が、三神においては自然であり、作品と相乗しての効果をあげているように思う。
 2006年10月9日~14日   「秘めやかな叛逆」(ギャラリーたぴお)
 2010年2月9日~28日    「廃墟から」(ソクラテスのカフェギャラリー)
 2010年8月28日~9月12日 「記憶巡り」(札幌市中央図書館)
 2012年8月14日~19日   「死者たち、記憶の扉」(コンチネンタルギャラリー)
 2013年8月2日~11日    「ディオニュソスの部屋」(コワーキングカフェ)
最近刊行された三神のコラージュ作品集は『鳥の降り立つ庭で』である。『がいこつ亭』の表紙のために制作されたコラージュ作品をまとめてみることができる。ここでもタイトルのもつ言語力が中身との相乗効果を発揮している。

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なかむら けいいち

中村惠一(なかむら けいいち)
北海道大学生時代に札幌NDA画廊で一原有徳に出会い美術に興味をもつ。一原のモノタイプ版画作品を購入しコレクションが始まった。元具体の嶋本昭三の著書によりメールアートというムーブメントを知り、ネットワークに参加。コラージュ作品、視覚詩作品、海外のアーティストとのコラボレーション作品を主に制作する。一方、新宿・落合地域の主に戦前の文化史に興味をもち研究を続け、それをエッセイにして発表している。また最近では新興写真や主観主義写真の研究を行っている。
・略歴
1960年 愛知県岡崎市生まれ
1978年 菱川善夫と出会い短歌雑誌『陰画誌』に創刊同人として参加
1982年 札幌ギャラリー・ユリイカで個展を開催
1994年 メールアートを開始
1997年 “Visual Poesy of Japan”展参加(ドイツ・ハンブルグほか)
1999年 「日独ビジュアルポエトリー展」参加(北上市・現代詩歌文学館)
2000年 フランスのPierre Garnierとの日仏共作詩”Hai-Kai,un cahier D’ecolier”刊行
2002年 “JAPANESE VISUAL POETRY”展に参加(オーストリア大使館)
2008年 “Mapping Correspondence”展参加(ニューヨークThe Center for Book Arts)
2009年 “5th International Artist’s Book Triennial Vilnius2009”展に参加(リトアニア)
2012年 “The Future” Mail Art展企画開催(藤沢市 アトリエ・キリギリス)

●本日のお勧め作品は、安藤忠雄です。
andou_07_sebiria安藤忠雄 Tadao ANDO
「セビリア万博日本館」
1998年
シルクスクリーン(刷り:石田了一)
イメージサイズ:49.0×50.0cm
シートサイズ:90.0×60.0cm
A版(和紙):Ed.10
B版(洋紙):Ed.35
サインあり
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◎昨日読まれたブログ(archive)/2011年09月17日|瑛九のフォトデッサン型紙
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没後60年 第29回瑛九展(Web展/アポイントメント制)では初めて動画を制作し、第一部第二部をYouTubeで公開しています。
特別寄稿・大谷省吾さんの「ウェブ上で見る瑛九晩年の点描作品」もあわせてお読みください。
今まで研究者やコレクターの皆さんが執筆して下さったエッセイや、亭主が発信した瑛九情報は2020年5月18日のブログ81日間<瑛九情報!>総目次(増補再録)にまとめて紹介しています。

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●ときの忘れものは青山から〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。
阿部勤設計の新しい空間はWEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>に特集されています。JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 
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