植田実のエッセイ「手紙 倉俣さんへ」第3回

手紙 倉俣さんへ 3

 前回倉俣史朗の設計による「山荘T」については、西沢大良の建築家の立場からのじつに鋭い倉俣論があることを紹介した。今回はその内容にもうすこし立ち入ることにする。引用はすべて、西沢大良「倉俣史朗の建築について」より。平面図を見ると、「湖に面する位置に大きな階段があり、そこに幅広の大きな階段が連続している」。例の「ワイド寸法が変化している」階段である。その両側の壁の背後にある1、2階の小さな4室は「大部屋と大階段から隔離されている(扉と壁による隔離)」。そして「細部において特異な決定がなされている」。
 その1。大階段の「全10段の踏み面寸法と蹴上げ寸法が一定ではなく」大部屋から玄関へと「上がるにつれてだんだん寸法が縮んでいく」。その2。大部屋は「その用途設定を避けている印象を受ける」。「一切の用途が剝奪された」とも「空白のスペース」とも形容されている。その3。それを裏づけるように大部屋―大階段には照明器具が付いていない。その4。外観は「そっけなく」、「外観デザインを避けているような印象」。
 すなわち自分たち建築家のそれとは「微妙に異なっている」倉俣さんの「建築作法の特徴」が見られるというのだ。
 その1。「階段という存在に対する独自の把握」で「どことなく艶かしい表情を持っており、ほとんどエロティックといいたいような表情をまとっている」。それは「機能的動線として」あるいは「単なる視覚的な見せ場として」のデザインとは決定的にちがう。「室内における『隆起する物体』として階段をとらえる」からだ。いいかえれば倉俣さんは「階段をなかば視覚から逃れた存在へ転換しようとしているように思われる」。その結果として、「明快な視覚的特徴を持ちながら、それとは異なる身体的・生理的な次元を指向している」。
 西沢さんの言葉をひたすらたどっているが、これは彼の倉俣論の要約ではなく、あくまで案内である。だからぜひ「倉俣史朗とエットレ・ソットサス」展カタログのA4版14ページに及ぶ原文を読んでいただきたいのだ。しかもここまで案内したその先に、結論的な意味も含めて考察されているところが断然おもしろい。西沢さんは思うに、倉俣さんが嫌だった相手というのは、他ならぬ自分たち建築家が「機能という言葉を知った時点から、重要な何かを失った」結果としてのデザインではなかったか、と。
 倉俣さんの建築作法の特徴。その2。それは「ワンルームに対するこだわり」で、「住居全体を一室空間にするという建築家的なワンルームではなく」「建物のなかの複数の居場所を一体の空間(ワンルーム)とし、そこを壁や家具や什器によって過度に仕切らないようにする簡易なもので」つまり「機能によって覆い尽くさない空白の空間を住居のなかに設ける」。これが倉俣的ワンルームであり、「一種の空間の尊重であり、強制の排除であり、自由の尊重である」。対して建築家的ワンルームは「空間の支配に帰結」し、「強制や管理の問題と親和性」があり、「人工的な意匠として空間をとらえ」、すなわち「活動や機能を空間に詰め込むことになる」。一方、倉俣的ワンルームは「穏やかな状態を空間に求め」、「最終的には個人の自由や尊重という問題を手放さなかった」。
 西沢さんの、建築家的空間思考を追いつめる筆鋒はさらに鋭く、ついには倉俣史朗による「暗黙の建築批判」に至るのだが、その展開をたどりつつ強く感じるのは、西沢さんが明快に見せた論理構造だ。建築家が一デザイナーの仕事を通して建築家批判、すなわち自己批判を行なっている。これ以上に強力な論理はない。しかも建築家以外はそれを行使できない構造になっている。たとえば研究者や批評家や編集者がこのような倉俣論を書いたらそれは第三者的視座となり、日和見的な姿勢を負うことを避けられない。また、いわば穏やかな作風の建築家もこの論理を行使できない。自分たちの建築作品が、倉俣建築に決定づけられている構造に届いていないからだ。西沢さんの文体は、戦略性をいささかも感じさせない直截と速度だけで出来ている。なのに「建築家」がじつに微妙に錯綜的に定義されている。そこではほかならぬ西沢大良設計の建築群を見るのがいちばんだが、それはきりがない。もう一度「山荘T」の表面的体験的記憶に戻ることにする。
 あの一夜、スライドや映画を見たりしながら勝手に話し合いながら、でも何かみなそれぞれバラバラで、つまり気持ち的にまとまったものがまだ見えないままに、ぜいたくな場所でたのしい時間を過ごしたのだった。そこは、西沢さんの図面解読によれば「常識的にはリビングと呼ばれる場所のはずなのだが(作品発表時の室名はスタジオ)、実施図面を見れば見るほど、その用途設定を避けている印象」だと言う。逆に用途名にしたがって部屋々々を見ていくと、スタジオにはその南寄りに暖炉、反対の北の端の床には小さな木の蓋があり、開けると垂直の梯子で下階に降りていくハッチになっている。そこは暗室である。スタジオなら撮影の舞台になるかもしれない(となると大階段も同様な役目をはたすことがありうるだろう)。あるいはスタッフとの作業の場になることもありそうだ。その点でも西沢さんの、住宅としては「用途が剝奪された」空間という直観はじつにリアル。また西沢さんは「日没とともに暮れていく空間であってもかまわない」と表現しているが、それは「山荘T」が自然のなかに計画された建築という特性ととうぜん無関係ではないというか、いや別荘なる建築には住宅の基本条件を徹底収奪する特性の潜在を言い当てている。収奪とはすなわち家族を消去することに連結する。だが写真家の、山荘。という設計条件が倉俣建築の構造性に干渉することはいささかもない。専用室と、共用室の関係がはじめから逆転しているからだ。すなわち小さな4部屋が共用、大階段ー大部屋が専用である。使われ方はどうでもいい。
 現に、例の集まりではいわば専用空間を主に使わせてもらった。「みなそれぞれバラバラで」という独特の感触は、専用と共用を裏返しした部屋構成によるものだったのかもしれない。それはまた、みなが集まった目的である「参加」が、話し合ったり建築の現場を訪ねてすぐ、「離別」の充実が裏返しに見えてきたことでもあった。
 小川隆之さんはこの大階段のところで倉俣さんをモデルのように撮影している。よく知られているのは、階段と両側の壁の全景をシンメトリカルにとらえた、その階段の下から4段目、向かって左寄りにTシャツ姿の倉俣さんが腰を下ろしている写真である。黒一色の階段と彼の黒っぽいズボン、ハイサイドライトで、白の階調だけからなる壁、天井と白いTシャツのほか、画面には何もない。
 もう1枚は、階段を降りてカメラの前まで来た倉俣さんが眼をわずかに下に向けている。画面の右半分に階段が、肌合いを感じさせるまでに近い。3枚目ではほぼ同じ位置にいるように見えるが後ろ向きでシャツを脱ぎ、頸まわりに金属の細い光を残すだけの上半身裸の姿を分厚く縁どるような背景の階段の重なりがある。この2枚の写真はスナップ風だがとても微妙に計算されていると思う。見飽きないからだ。倉俣さんが素直に撮されている。そして「ひとり」の多様性を保障する方向を見ている。

1975_T Villa_plan「山荘T」の平面図
提供:クラマタデザイン事務所

 追伸1
 「手紙 倉俣さんへ 3」を書いたちょうどその日、尾立麗子からファックスが入りました。「山荘T」に集まることから始まった、例の会についての資料をお持ちであることを、倉俣美恵子さんが知らせて下さったのです。
 会の名がちゃんとある。「建築を映像に記録する会」。送って下さった趣意書を見ると発起人は16人。倉俣さん、小川さん、曽根さんのほかに長谷川堯、内田繁、仙田満、などの名が見えます。私もその末席にいるけれど、この趣意書についてはまるで忘れていたし、発起人のリストから記憶が新たに呼びさまされることも今のところまだありません。
 「手紙 2」に続く「手紙 3」が締め切りを過ぎてもいるので、資料を見る前に書いたままを読んでいただき、次回ではもう少しくわしく御報告するつもりです。
 倉俣美恵子さん、いろいろなことが分かってきました。ありがとうございました。
(2020.5.28 うえだ まこと

●植田実のエッセイ「手紙 倉俣さんへ」は毎月29日の更新です。

橋本啓子のエッセイ「倉俣史朗の宇宙」も併せてお読みください。

●「倉俣史朗 Shiro Kuramata Cahier
68 ミスブランチ 1988_中
倉俣史朗 Shiro Kuramata Cahier 1』より 《68 ミス ブランチ(1988)》 MISS BLANCHE(1988) シルクスクリーン 15版13色


74 花瓶 ガラスで葉の形の花瓶をつくり花のみを飾る 1990_中
倉俣史朗 Shiro Kuramata Cahier 2』より 《74 花瓶(1990)、花瓶》 Flower Vase(1990), Flower Vase シルクスクリーン 12版9色

倉俣史朗 Shiro Kuramata Cahier
各集(1~6集) シルクスクリーン10点組
作者 倉俣史朗
監修 倉俣美恵子
   植田実(住まいの図書館出版局編集長)
制作 1・2集 2020年
   3~6集 2021年~2024年予定
技法 シルクスクリーン
用紙 ベランアルシュ紙
サイズ 37.5×48.0cm
シルクスクリーン刷り 石田了一工房・石田了一
限定 35部(1/35~35/35)、
    《68 MISS BLANCHE》のみ75部
    (1集に35部、 3~6集に各10部ずつ挿入予定)
発行 ときの忘れもの
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◎昨日読まれたブログ(archive)/2017年02月17日|倉方俊輔のエッセイ「『悪』のコルビュジエ 第1回/建築家の欲望――国立西洋美術館」
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没後60年 第29回瑛九展(Web展/アポイントメント制)では初めて動画を制作し、第一部第二部をYouTubeで公開しています。
特別寄稿・大谷省吾さんの「ウェブ上で見る瑛九晩年の点描作品」もあわせてお読みください。
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◆ときの忘れものは版画・写真のエディション作品などをアマゾンに出品しています。

●ときの忘れものは青山から〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。
阿部勤設計の新しい空間はWEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>に特集されています。JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 
E-mail:info@tokinowasuremono.com 
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