宮森敬子のエッセイ「ゆらぎの中で」第7回

過去の日本画と失われた絵画について


前回は私のドローイングについて書かせていただきました。今回はそれ以前に描いた、もう私の手元にはない絵画作品3点をご紹介したいと思います。どれも2メートル以上ある大きな作品で、20年以上前に創作されたものです。今となってはどれも懐かしい絵画です。

まずはこの絵をじっと見てみてください。二人の人物が見えますか?

001森の泉森の泉 1992年 岩絵具、パネルに和紙 250 x 360 cm

大学卒業制作の日本画です。今の作風と全く違うことにびっくりされる方も多いのですが、この絵を見て作家の高田洋一さんはこうおしゃってくださいました。

“表面的な印象では、随分作品が変わったようには見えますね。ただ、自然界への眼差しや、小さな命への敬意、時間の記憶といったところは、共通しているのでしょうか。”

六八判サイズの雲肌麻紙を2枚パネルに張り込んで、岩絵具で描かれています。群青や緑青は(宝石を砕いたようなものですから)天然ものはとても高価です。学生だった私に買えるような代物ではなかったのですが、当時中国人留学生たちのお世話をしていたので、中国の天然岩絵具をかなり安く譲ってもらっていて、青と緑のトーンは贅沢にもそれらを使っています。

ところで、二人の人物は発見できたでしょうか? 


002ねこ
ヒントは (1) ねこ(トラ?)の目線 (2) 蝶 です。

003一人の女性目線を追うと一人の女性が、そして獣の後ろ(蝶のあたり)にも一人います!

この作品は当時筑波大の教授だった作家の篠田守男さんが気に入って所蔵してくださることになりました。数年前に茨城のスタジオに伺った時に、まだ倉庫に保管されているのを見て安心しました。ちょっと大きすぎる作品ではありますが、いつか荷が解かれ飾っていただける日が来ることを願っています。


私は美しい岩絵具に見せられ日本画を学び、自然を観察するのが楽しく「美しい」色が好きでした。ただ、ある瞬間から「綺麗な」絵が描けなくなってしまいました。自分の作品を塗りつぶしたり、破ったり、を繰り返している時期の作品は、当時の私の状態を表しています。それでも、ある「空間」の中に「時間」の中に、想像を馳せることで、現実と折り合いをつけてゆくことを学んだ貴重な時期だとも言えると思います。以下にその時期の作品を2点ご紹介します。


ここでご紹介する作品を含め、私の大きな過去作品には、裏打ちが最低2回はされています。「裏打ち」というのは、薄くて丈夫な和紙を裏から貼り、本紙を強靭にする技法です。これによって、岩絵具を重ねてゆく工程で、膠(にかわ)の張力や様々なストレスに耐えられるようになります。私は古い和綴本をバラして2度目の裏打ちをしていたので、裏から見ると、すぐに私の作品だとわかりました。“裏”が抽象作品のようだと指摘されたこともあります。実はこの裏打ちの経験が、その後のコラージュ作品へと変化してゆくことになりました。


さて、ここからは少し悲しいお話となります。

私は20年以上アメリカに滞在していて、日本で制作された作品は知人宅や実家にバラバラに保管されていました。日本を離れる前は、大きな絵画を多く描いていたので、それらの保管場所は大きな問題だったのです。

多くはパネルから外し、長い間サポートしてくださっている、アトリエ ドゥ ダルクローズ(当時の鴇田桂子代表、櫻田由里先生)が、彼女たちの学校の倉庫に保管してくださっていました。10年ほど前に母の勧めでそれらを一旦東京のマンションに移動しましたが、その際、気に入っていた作品を何点か選んで別の場所に「非難」させておくことにしました。私がアメリカにいる間に、マンションが売られ、作品が勝手に整理されてしまうことを恐れたためです。

それらの作品の一部です。

004人物 III
人物 III  1996年 ミクストメディア、胡粉、木炭、チョーク、インク、和紙、麻布ポリエステル布
270 x 240 cm (1996年 いばらきバイアニュアル ディアロゴス1996 水戸芸術館 にて発表)


005空間層ー椅子のある
空間層ー椅子のある 1997年 ミクストメディア、和紙コラージュ、胡粉、木炭、コンテ、チョーク、油彩、インク、ポリエステル布 257 x 208 cm (拡兆する美術’97 展 つくば美術館 にて発表)


結論からいいますと、これらの残しておきたい、と思っていた作品群は、完全に失われてしまう、という皮肉な運命になったのでした。

当時、立派なお宅に住んでいた友人が、選ばれた作品を預かってくれることになり、彼女の優しい気持ち、保管場所の素晴らしさに甘えて、お願いしました。ところが、その後アメリカで過去の作品のことをすっかり忘れて生活していた私は、長いあいだ彼女に連絡をしていませんでした。今年になって、作品を預かってもらっていたことを思い出して連絡してみると、驚くことに当人は離婚をし、現在その家には他人が住んでいる、との返事が返ってきたのです。

調査してもらったところ、作品は処分業者が来て処理されてしまった、とのことでした。アメリカにいる私にはどうすることもできません。思い入れのある作品群が、失われてしまったことは、非常に悲しいことですが、知らないうちに現在の住人に処分されてしまった、とのことですので友人を責めるわけにはいきません。私の不注意と怠慢が最悪の形で大切な作品を失う、という結果を招いてしまいました。

ただ、私は何ごとにも「縁」があって、不思議とことはつながってゆく、と思っています。失いたくないものを失って、私には、何かこの喪失の埋め合わせが必要になってきました。もしかすると、私はもう一度、平面作品を制作するかも知れません。すでにコラージュ状の作品を多く作っていますし、元々平面がコラージュに、コラージュが立体に、立体からインスタレーションへ、と変化をした私ですから、この出来事に関連した何かが創作されてゆくのかも知れない、と思っています。

006
来月は、私が作った立体作品の中で、最大サイズとなるレジンを使った立体作品について紹介してみたいと思っています。
(みやもり けいこ)

宮森敬子 Keiko MIYAMORI
1964年横浜市生まれ 。筑波大学芸術研究科絵画専攻日本画コース修了。和紙や木炭を使い、異なる時間や場所に存在する自然や人工物の組み合わせを、個と全体のつながりに注目した作品を作っている。

宮森敬子のエッセイ「ゆらぎの中で」は毎月17日に更新します。
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●本日のお勧め作品は根岸文子です。
paisaje con agua根岸文子 ”paisaje con agua”
2000年
41.0×33.0㎝
キャンバスに油彩
サインあり
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