<迷走写真館>一枚の写真に目を凝らす 第91回

202008大竹昭子(画像をクリックすると拡大します)
八つの瞳が見つめている、
そう書きたくなるほど、四人の視線が強い。
カメラを向けられたから見ている、というのとはちがう。
自分たちの前でシャッターを押している人を見つめよう、
という四人の意志が揃っているのである。

ポスターやCDジャケットや映画のスチールには、このように視線にまとまりのある写真がめずらしくない。
撮影のためにみなが集まり、ひとつの目的にむかってカメラを見つめ、写真に撮られる。
用途がはっきりしていて、あらかじめそれがわかっていることが、視線を整わせる。
もちろん、そこにはカメラマンのディレクションがあり、思い通りの結果がでるまで繰り返しシャッターが切られるわけだ。

ところが、この写真はどう考えてもそのようなシチュエーションではないのである。
四人が腰を下ろしているのは廊下かホールのような場所だ。
壁は薄汚れ、塗装が剥げている。
床にはシュラフのようなものが敷かれ、四人の腰はその上に据えられている。
後の壁にもたれかかっている人が三人。
前のひとりは右端の男の前に座っている。
シュラフの丈が四人が並んで座るには短かくて足りないのだ。

ごく薄手のものでクッションの代わりを果たすとは思えない。
床に直接座るのとあまり変わりなさそうなような代物だ。
それでも、四人でそれをシェアしていることに意味があるのだろう。
シュラフがちいさな共同体になっている、そんな雰囲気がある。

いちばん左の男と、右前に座っている男は、顔つきや骨格が似ている。
兄弟なのかもしれない。少なくとも血縁同士と見てまちがいない。
あとのふたりはどうだろうか。
先のふたりほどは似ていないが、まったくの他人とも思われない。
キャップの男はかなり若いかもしれない。

それぞれの表情に微妙なちがいが見て取れる。
左端のフードを被った男性の顔には、わずかな憂いが漂っている。
なにかを問いかけるような、相手と気持ちを分かちあおうとする感じがある。
首をかしげるのは彼の癖なのだろう。
人と話すとき、相手の気持ちを気にして首を傾けてしまうのだ。

彼の兄かもしれない右手前の男は、表情が厳しい。
懐疑的な人物かもしれない。
簡単にはだまされず、弁が立ち、相手の心を見通す。
同時に、せっかちなところもあって行動は早いような気がする。

彼の後ろにいるキャップの男は、それとは反対に無口であまりものを言わない。
彼の首が斜めに傾いているのはそのためだろう。
対人関係に自信がなく、問われても即答できず、考えながらぽつりぽつりことばを紡ぐ。
シャイで、もっさりしているが、気は優しく、信用がおける。

残る四人目の男性は、写真の中央に位置し、体を正面に向けて首をまっすぐに立てている。
口元に浮かべる笑みに落ち着きが滲んでいる。
眉間には力がこもっているが、緊張してはいなくて、顔ぜんたいに開いている印象がある。
慌てず、騒がず、パニックにならずに行動できる、人との関係において錘のような役目をする人だろう。

薄っぺらいシュラフに身を預ける運命共同体に、彼という錘がある。
ほかの三人が傾いても、彼がひとつの方角を見つめている限り揺らがない。
方位磁石のような人。
四人の視線がそろっているのはこの磁石のお陰なのだ。
大竹昭子(おおたけあきこ)

●作品情報
写真集『Station』より

●作家紹介
鷲尾和彦 Kazuhiko Washio
兵庫県生まれ。1997年より独学で写真を始める。写真集に、海外からのバックパッカーを捉えた『極東ホテル』(赤々舎、2009)、『遠い水平線 On The Horizon』(私家版、2012)、日本各地の海岸線の風景を写した『To The Sea』(赤々舎、2014)、共著に作家・池澤夏樹氏と東日本大震災発生直後から行った被災地のフィールドワークをまとめた書籍『春を恨んだりはしない』(中央公論新社)などがある。
ウェブサイト:http://washiokazuhiko.com/

●写真集について
station_01C_s 『Station』(夕書房)
 写真:鷲尾和彦
 寄稿:梨木香歩(作家)
 デザイン:須山悠里
 A4変形・上製・栞付き
 ダブルトーン+カラー/88頁/
 英日バイリンガル
 定価3,600円(税抜) 
 以下のサイトにて販売しております。
 https://www.sekishobo.com/station/
「2015年9月9日、オーストリア・ウィーン西駅。欧州から日本への帰途にあった私は、空港へ向かうバスに乗り換えるために降りた駅のホームで、あふれんばかりに押し寄せる人の波に突如としてのみ込まれた」
多様な人々が行き交う駅のホームでの3時間が写し出す風景に、いま私たちは何を見るのか。自らの新しい地図を描き出すためのレッスン。(夕書房ホームページより)

●展覧会のお知らせ
『刊行記念・鷲尾和彦写真展』
会期:2020年7月28日(火)~2020年8月30日(日) 12:00 - 19:00 (最終日 16:00 まで)
会場:Roonee 274 Fine Arts
(〒103-0001 東京都中央区日本橋小伝馬町17-9 さとうビルB館4F)

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◆7月21日ブログで大竹昭子さんの新刊をご案内しています。
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『室内室外 しつないしつがい』のなかの一編「エイリアンになる」が著者自身の朗読でYouTubeにて聴けます。


*画廊亭主敬白
本日、あさ9時25分~10時30分放送の日本テレビの番組『ぶらり途中下車の旅』にて久保貞次郎先生のことが紹介されるようです。特集は真岡鐵道の旅です。
その中で久保家が寄贈した久保講堂(遠藤新設計)についても紹介されます。ぜひご覧ください。
日テレサイト「8月1日の「ぶらり途中下車の旅」は真岡鐵道」
■最新話無料配信中!放送を見逃した方はTVerで次回放映時までご覧いただけます。
■過去放送分をまとめて見たい方はHuluでもご覧いただけます。
上記サイトは日テレのサイトより引用しました。

●ときの忘れものは青山から〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。
阿部勤設計の新しい空間はWEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>に特集されています。JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 
E-mail:info@tokinowasuremono.com 
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。*日・月・祝日は休廊。