中村惠一のエッセイ「美術・北の国から」第12回

ギャラリー・ユリイカ、柴橋伴夫、駅裏8号倉庫

 北海道大学を卒業して日立製作所・宣伝部に入社したのは1982年4月。この卒業までの1年は実にめまぐるしかった。1981年7月、鈴木葉子が南3条西1丁目の和田ビル2階にギャラリー・ユリイカをオープンする。オープニングはアントニ・タピエス展だった記憶があるのだが、実際はどうだったろうか。1981年秋、鈴木に声をかけていただき私はユリイカで初の個展を開催した。この展覧会は企画展として開催いただいたのだが、卒業してからは開廊している時間内に一度も訪問できていない。その後の記録などをみると、難波田龍起や小谷博貞、藤木正則などの展覧会が開催されている。また、美術評論家・柴橋伴夫による企画展「セブン・ダダズ・ベービィ展」(1982年)などの現代美術のユニークな展覧会がもたれ、一原有徳や一ノ戸ヨシノリといった作家も展示した空間だ。当時、ギャラリーのほとんどは札幌駅から大通りまでの範囲にあったが、ギャラリー・ユリイカは繁華街すすきのに近い南3条に開廊した。ぎしぎし音をたてる木造の階段をのぼった2階の空間で北向きの窓をもっていた。今回調べていたら、東京での個展の際にお会いした會田千夏がギャラリー・ユリイカでデビューしていることに気が付いた。ギャラリー・ユリイカは多くの作家に愛され、その出発点になったのだと思うとうれしかった。

202008中村惠一001和田ビル

ギャラリー・ユリイカは鈴木が俳人であったこともあって開廊25周年記念展として「THE HAIKU~俳句を描く25人の作家展」(2006年)を開催する。そして2008年7月にその活動の幕を閉じた。丸27年間の活動であった。

 ギャラリー・ユリイカでの「セブン・ダダズ・ベービィ展」や1986年の「立体の地平展」(時計台ギャラリー、大同ギャラリー、器のギャラリー中森との同時展示)、1996年の「帰ってきたダダッ子展」などを企画したのは、美術評論家の柴橋伴夫であった。柴橋は1947年岩内生まれ、北海道教育大学札幌校を卒業している。1974年より雑誌『熱月』(テルミドール)の編集委員となり、個人誌である『nu』を不定期に発行していた。柴橋とは『熱月』を通じておそらく知り合ったのだろうが、NDA画廊やギャラリー・レティナでの展覧会でしっかりと会っているのだと思う。1980年に柴橋がギャラリー・レティナで開催した写真展「壁との対話」にも訪問した。小樽運河周辺にある石造の倉庫の壁を接写した写真が美しかった。NDA画廊で開催された現代音楽家・ミヒャエル・フェターの展覧会ではパフォーマンスを柴橋は鋭く観察する側になっていたが、私は演じる側に参加していた。

202008中村惠一002『nu』の誌面『nu』の誌面

『nu』には一度だけオホーツク・ワークショップに関して書かせていただいた。長谷川洋行が北見紋別で行った1ヶ月に及ぶ泊まり込みでのワークショップで、前半はドイツから帰国した舞踏家・石井満隆が後半は島州一が担当した。私は後半の島が講師を勤めた期間に一原有徳とともに現地に伺っている。この時に、前半の石井のワークショップでおこったことの説明のなかで「舞踏療法」のことを長谷川から聞いた。青森・八戸の青南病院で行われたこの話を長く記憶していた私は、最近になって羽永光利が刊行した『砂丘への足跡』(1985年)と出会う。そこには石井の舞踏療法の様子が写真で記録されていた。

202008中村惠一003羽永光利『砂丘への足跡』書影羽永光利『砂丘への足跡』書影

 札幌での1981年のもう一つのできごと、それは9月の駅裏8号倉庫のスタートであろう。実際には、翌年札幌を離れてしまった私にはそれほどの思い入れはない。しかし、このスペースは札幌でのサブカルチャーシーンをリードする空間であったようであり、今や伝説のように語られる存在のようだ。駅の北側にあった軟石づくりの倉庫を活用、劇団が共同で運営する劇場としたのがスタートであるが、芝居を公演しないときには映画上映、音楽ライブ、文学・政治・美術に関する議論の場として活用されることになった。大学4年で就職を控えていた時期であったので、私はほとんどのイベントに参加できていない。アイヌと琉球との対話では朝まで議論が続いたときいた。その運営初期のころだと思うのだが、柴橋伴夫の企画運営により現代美術シンポジウムが開催された。柴橋から依頼があって美術を見る側の立場で出演してほしいと言われた。主賓はヨシダヨシエだという。テーマは「都市と自然」であった。たまたま学生時代のいきつけの喫茶店であった「異邦人」が事前の打ち合わせの場所として指示され、そこでヨシダヨシエや当日のほかの出演者と会った。NDA画廊の長谷川や大学の先輩で画家である佐々木方斎などがパネラーだった。シンポジウムになってからのヨシダの言説は一貫しており、その論理は鋭かった。長谷川も佐々木もどんどん論破されていったのを覚えている。

202008中村惠一004移築された拓殖倉庫8号移築された拓殖倉庫8号

 「ときの忘れもの」での細江英公写真展のときにヨシダヨシエと再会した。このシンポジウムの話をすると、忘れていたがと当時の事を思い出してくれ、楽しそうにシンポジウムとその後のことについて話してくれた。砂澤ビッキのお嬢さんのその後のことも聞くことができてうれしかった。

202008中村惠一005駅裏8号倉庫駅裏8号倉庫オープニングイベントのちらし

 柴橋伴夫はその後、多くの美術論や美術家の評伝を出版していった。卒業以来疎遠となって今では本を手にするくらいである。さまざまな経験をした札幌での4年間を抱えて東京に移り住んだ私はその後も美術に興味をもち、現在にいたっている。しかし、その原点はこの4年間にあったと今でも思っている。

<近況報告>
皆様いかがお過ごしでしょうか?私は仕事が在宅勤務できない職種なので、毎日通勤しながら、日々健康には気を使っております。皆様もくれぐれもご自愛ください。

さて、このたび『新宿・落合文化史を歩く―竹中英太郎、尾崎翠、村山知義、新興写真』
(K1Press)を刊行しました。https://bccks.jp/bcck/163881/info よりタチヨミもできますので、目次で内容を確認いただければと思います。昨年、こちらでは落合に住んだ画家たちに関する文章を1年間連載させていただきましたが、そもそもは、文学や写真を含めた落合文化史をたどるフィールドワークを行い、研究を行っておりました。約10年の間に書き溜めたものを一冊に編集したものです。江戸川乱歩や夢野久作、横溝正史の推理小説に挿絵を描いた竹中英太郎と「第七官界彷徨」や「地下室アントンの一夜」といった不思議で新鮮な小説を書いた尾崎翠に関する文章が大半を占めておりますが、それは私の関心の深さを表しているのでしょう。結果として320ページになってしまいました。是非お読みいただきたい一冊です。よろしくお願い致します。
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新宿・落合地域には大正末期から多くの文化人たちが住んだ。画家、文学者、写真家、建築家などなど。中村彜佐伯祐三村山知義柳瀬正夢、竹中英太郎、尾崎翠、板垣鷹穂、林芙美子、中野重治、壷井栄といった興味深い面々が暮らしていたのであった。その足跡を散歩という「フィールドワーク」によって考察していったのが本書である。落合はアヴァンギャルドの故郷、モダニズム文学、モダーンフォト(新興写真)の故郷、プロレタリア文化の前衛であったことがわかる。知的な刺激あふれる散歩をこの一冊で。
202008中村惠一近況価格:2,200円(税込み)+送料

なかむら けいいち

中村惠一(なかむら けいいち)
北海道大学生時代に札幌NDA画廊で一原有徳に出会い美術に興味をもつ。一原のモノタイプ版画作品を購入しコレクションが始まった。元具体の嶋本昭三の著書によりメールアートというムーブメントを知り、ネットワークに参加。コラージュ作品、視覚詩作品、海外のアーティストとのコラボレーション作品を主に制作する。一方、新宿・落合地域の主に戦前の文化史に興味をもち研究を続け、それをエッセイにして発表している。また最近では新興写真や主観主義写真の研究を行っている。
・略歴
1960年 愛知県岡崎市生まれ
1978年 菱川善夫と出会い短歌雑誌『陰画誌』に創刊同人として参加
1982年 札幌ギャラリー・ユリイカで個展を開催
1994年 メールアートを開始
1997年 “Visual Poesy of Japan”展参加(ドイツ・ハンブルグほか)
1999年 「日独ビジュアルポエトリー展」参加(北上市・現代詩歌文学館)
2000年 フランスのPierre Garnierとの日仏共作詩”Hai-Kai,un cahier D’ecolier”刊行
2002年 “JAPANESE VISUAL POETRY”展に参加(オーストリア大使館)
2008年 “Mapping Correspondence”展参加(ニューヨークThe Center for Book Arts)
2009年 “5th International Artist’s Book Triennial Vilnius2009”展に参加(リトアニア)
2012年 “The Future” Mail Art展企画開催(藤沢市 アトリエ・キリギリス)

●ときの忘れものは青山から〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。
阿部勤設計の新しい空間はWEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>に特集されています。JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 
E-mail:info@tokinowasuremono.com 
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。*日・月・祝日は休廊。