<迷走写真館>一枚の写真に目を凝らす 第92回

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ここはいったいどういう場所なのだろうか。
パッと浮かんできたのは車庫である。
写真には映っていないが上には天井があって、業務用のトラックなんかがここを出入りしているのではないか。
だとすれば、この場所は街路ではなくて建物の一部であり、そこに「お願い」の看板がかかっていることになる。

看板は物を捨てないでほしいとお願いしている。
しかも、汚物、生理用品などと内容が具体的に書かれているのがすごい。
目に入らないことはぜったいにあり得ない巨大さで、
本当に困っているのだから止めてください、と叫んでいるような切迫感がある。

看板の右隣には「中村映劇」と書かれている。
ゴシック体の堂々とした文字で、「映劇」という言葉が時代を感じさせる。
むかしは劇場と言えば芝居の劇場を指していた。
それが芝居が後退して映画の時代がくると、劇場は映画を見せる場所になった。
映画の劇場だから「映劇」というわけである。

これがコンクリートにペンキでベタ描きされているかと思いきや、よくみると書いたものを貼り付けてあるらしい。
縁に鋲止めの跡が見える。
そして、そのふたつの看板のあいだには、男女ふたりが立っている。
女性は制服姿だが、制服を着る年齢はとうに超えている模様だ。
頭にたくさん付いたリボンも、超ミニのスカートもやらせっぽく、女子高生の記号を誇張して装っているような印象をまぬがれない。

それに対して、後ろ向きの男性のほうははるかにリアリティーがある。
ゆるゆるのよれたジーンズ、踵の減った靴、アームホールと腰の部分にラインの入った作業着ふうのシャツ。
毛の薄い頭部といい、肉の落ちた臀部といい、すべてにホンモノ感がある。

彼はハの字に開いた左足を前に出し、体を左に傾けながら、右手を女性の股間にあてている。
もう一歩踏み込もうとするちょっと手前で躊躇っているような気配。
女性は眉間に皺を寄せ、きつく結んだ口元に手を触れ、右足の腿を内側に引いて抵抗感を示しているが、それもまた演技の範疇のようでもある。

「映劇」で上映しているのはいわゆる成人映画なのだろう。
それゆえ、劇場が映画を見る以外の目的にも使用され、館内はもちろんのこと、
劇場の外のこのような暗がりの利用価値が高いのである。

暗がりと言ったが、さほど暗いわけではなく、暗い感じがするだけである。
斜めになった床は黒ずみ、壁はひび割れ、崩れ落ちた破片をはめ直した跡も見える。
壁の上部を通っている配管は壁が切れたところで地面に届き、汚水を側溝に落としている。
管には漏れている部分があるらしく、壁に染みが出来ている。
日はまだ高く、道には自転車で走っていく人の姿が見えるが、この男も若くはなく、
ちいさなチャリにまたがり背中を丸めて漕いでいる様子は、背中向きの男といいとこ勝負だ。
ここに写っているものは、人も物も時を経た古びたものばかりなのだ。
「映画を見る以外の目的」があるとしても、持て余すほどの元気は感じられず、
どことなく最後の力を振り絞っている感がある。

出口の配管の横には、鉄の棒がコンクリートに埋まって突っ立っている。
この何のためかわからない棒の角度が男性の体の傾きに一致しているのに注目。
密かに彼の助太刀をしようとしているように見える。

大竹昭子(おおたけあきこ)

●作品情報
写真集「映画館」より

●作家紹介
山田秀樹 Hideki Yamada
 1965年 栃木県生まれ
 1987年 日本大学芸術学部演劇学科卒業
      学生時代より杉並・アートスペースコア(現ファクトリーコア)にて活動
 2014年 写真展「あの町に、行ってきました」Ⅿ2 Gallery
 2015年 写真展「私の散歩みち」Place Ⅿ
 2016年 写真・絵画展「私鉄高架下・〝横浜の原爆ドーム〟」Place M
 2017年 写真展「Hatten Place」Place Ⅿ
 2018年 写真展「黄金町夜曲」MZ arts
     かつての横浜・黄金町の街並み(いわゆる「ちょんの間スナック」)を撮った写真家として、刊行物「黄金町夜曲」(MZ arts)に写真・絵画を掲載
 2019年 写真展「発展場」Place Ⅿ
 2020年 写真展「映画館」Place Ⅿ
ピンク映画館に集う様々な人々の活動をまとめた写真集「映画館」(Place M)を発行

 現在、営業カメラマンを生業とする傍ら、全国の色町・発展場を取材中。

●写真集について
DSC_5888RA - コピー写真集「映画館」
発売日:2020年8月24日
著者:山田秀樹
デザイン:小松透 発行人:瀬戸正人
発行所:Place M
印刷・製本:株式会社イニュニック
ページ数:88頁 仕様:A4判横
価格:4,800(税込)
「今や絶滅危惧種となったピンク映画館
 しかし そこには
『映画鑑賞以外の目的』で訪れる人も少なくない
 様々な嗜好を持った人々が 今日も集う
そこはまさに“魅惑の館”―」

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◆7月21日ブログで大竹昭子さんの新刊をご案内しています。
4c997155-s『室内室外 しつないしつがい 大竹昭子短文集』
発売日:2020年7月7日初版
著者:大竹昭子
編集協力:大林えり子(ポポタム)
校正:大西香織
装幀:横山 雄+大橋悠治(BOOTLEG)
表紙・挿画:工藤夏海
ロゴデザイン:宮地未華子(古書ほうろう)
印刷・製本:株式会社シナノパブリッシングプレス
c2020 Otake Akiko/Katarikoko Bunko Printed in Japan
※サイン入り
『室内室外 しつないしつがい』のなかの一編「エイリアンになる」が著者自身の朗読でYouTubeにて聴けます。


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ozaki-04尾崎森平 Shinpey OZAKI
《ホテル・エウル(昼)》
2019年
アクリル、キャンバス
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阿部勤設計の新しい空間はWEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>に特集されています。JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
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