受託の痕跡として

大崎清夏


展覧会:宮森敬子展 — Surfaces of Time 集められた時間と空間の表面たち(予約制/WEB展)
会期=2020年9月25日[金]—10月17日[土]


 扉をひらく。段差のない玄関ホール。靴脱ぎのすぐ奥に花弁が散っていてあれは何の花弁だろう、恥ずかしげな唇のような色の花弁、ばらだろうか。目線を上げると靴脱ぎがたっぷりとられた階段の吹き抜けに続き、小さな白いベッドがふたつ、互い違いに折り重なるように吹き抜けの天井から吊されていて、そのベッドの上にもばらが、あ……ばらではないかもしれないのだけれど、その花弁が敷きつめられていて、花弁からはそのベッドで息んだ子供の手足の冷たさのようなものが匂ってくるような気がした。
 ふたつのベッドのうち下になったほうは逆さ吊りになっていて、誰かが横たわるはずの場所に空っぽの鉢がある。その場所に立てばきっとあなたも鉢の底を見上げて覗くだろう。
 ベッドも鉢も、朽ちていくものを受ける器だ。宮森敬子さんはナイーヴなひとだと思う。満州731部隊の足跡を追う旅に同行して「きれいな絵」を描けなくなったことがある。賞を得て招かれたニューヨークで心を病んだことがある。フィラデルフィアで「死んでいる」木の枝を拾って愛したことがある。開発のために伐採されてしまう木の根を匿って、その根が抱いた堆積物を掻い出したことがある。大江健三郎がつかったvulnerableということばを思いだしながら、宮森さんの話を聞いていた。
 木の皮に和紙をあて、和紙に木炭をこすりつけると模様が浮きあがる。濃かったり薄かったりする。同じ行為によって生まれたものがきれいだったり汚かったりして、それでいい。自分を癒すために見つけた方法がライフワークになって、それを宮森さんは樹拓と呼んだ。樹木の皮のようにやがてこの生を剥がれてゆく自分を、ひとを、世界を、その方法でなら受けいれられる気がした。
 階段を昇った先の広い廊下や展示室に、樹拓を施した和紙でていねいにくるまれたさまざまな物が配されている。模様はどこか黒い血痕や汚れた雪のようにも見え、静謐だったり禍々しかったりする。屋根のない鳥籠、シューキーパー、となかいの角。受けいれるための行為だから、選ばれた物もまた「そのときなぜかそこにあった物」だ。選りすぐられたわけではない、脈絡のない物たち。だけどみんなこの世界に存在している。円い天窓から落ちる光が、それらを照らして明るかった。

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 くるむ行為によって、宮森さんはその物との出会いから受ける衝撃を和らげ、その物との適正な距離を保ち、自らの傷つきやすい身を守っているのかもしれないと頭をよぎった。タイプライターも、R・O・S・E の四つの打鍵を残してくるまれている(あ、また、ばら……)。「ローズさんというひとがいたんです」と宮森さんが話してくれた。タイピストのローズさんを思い描こうとしながら、a rose is a rose is a rose. と口のなかで唱えた。
 樹拓は受託だ。何を託されているのか、私たちは知らないまま剥がれてゆく。表層に立つ束の間だけ見ることを許されて、見たいように見ることができずにもがいたり、何を見ればいいのかわからずにおろおろしたりする。それでいい。それがいい。そう自分に、ひとに、言いきかせるために、宮森さんはくるむ。
おおさき さやか

■大崎清夏 Sayaka Osaki
詩人。2011年、ユリイカの新人としてデビューし、第一詩集『地面』を刊行。14年、第二詩集『指差すことができない』が第19回中原中也賞受賞。近著に詩集『新しい住みか』(青土社)など。19年、第50回ロッテルダム国際詩祭に招聘。
https://osakisayaka.com/

●本日のお勧め作品は宮森敬子です。
miyamori-28宮森敬子 Keiko MIYAMORI 
“Plastic Baby Bottle #2”
2020年
プラスティック哺乳瓶、和紙、炭
5.5X14.0cm
ガラスケース付き
サインあり
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「宮森敬子展 — Surfaces of Time 集められた時間と空間の表面たち」を開催しています(予約制/WEB展)。
会期=2020年9月25日[金]—10月17日[土]*日・月・祝日休廊

宮森展
宮森敬子は手透きの和紙とチャコールなどの自然の物を使って、ツリーロビング(木の表面の模様を手透きの和紙でで写し取った作品)で自然物や人工物を包み込むもの、あるいは透明樹脂(プラスチック)で自然物や自分の作品を固める作品を制作しています。現在は米ニューヨークにアトリエを構え、日本と行き来しながら、絵画、彫刻、インスタレーションの発表を行なっています。
今回、ときの忘れものの拠点である駒込を自ら歩き、駒込富士神社や東洋文庫ミュージアムにある樹木の拓本を行ないました。本展では、ときの忘れものの建物を使い、それらの拓本を層状に重ねたインスタレーションを行ないます。
会期中、宮森敬子さんと小泉晋弥先生(美術評論家、茨城大学名誉教授)による無観客ギャラリートークを開催し、その様子をYouTubeで公開します。
出品作品34点のデータは9月27日ブログに掲載しました。
予約制にてご来廊いただける日時は、火曜~土曜の平日11:00~19:00となります。
※観覧をご希望の方は前日までにメール、電話にてご予約ください。

●ときの忘れものは青山から〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。
阿部勤設計の新しい空間はWEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>に特集されています。JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 
E-mail:info@tokinowasuremono.com 
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。*日・月・祝日は休廊。