小国貴司のエッセイ「かけだし本屋・駒込日記」第39回

新型コロナが流行しだしてから、たくさんの小説に光が当たり、読まれています。カミュやデフォーの『ペスト』、ボカッチオ『デカメロン』をはじめ、病をめぐる人間の愚かしさを徹底的に、そして鬼気迫る筆致で描き切った閻連科『丁庄の夢』(個人的には最もノーベル賞を期待している作家です)の待望の復刊も今年の出来事でした。
そして、今月、あのコロナ自粛期間にWEB上で数回にわたり発表されていたカレル・チャペック『白い病』が文庫化されました。新訳を手掛けるのは、現代のチェコ文学の伝道師、阿部賢一さんです。

202010小国貴司

『白い病』はチャペック晩年の戯曲で、ナチスの全体主義が迫りくるチェコで1937年に発表されたものです。発表の翌年の1938年には、ミュンヘン協定により、当事国であるチェコの不在の元、ナチスドイツへの領土の割譲が決定します。そのような時代背景のなか書かれた戯曲です。
迫りくる戦争の足音の中、爆発的に世界中に広まる「白い病」。40代以降の人びとだけがこれに罹患し、かならず命を落とす原因不明の病気です。その混乱の中で、一人の町医者が治療法を発見したと、大病院を訪れますが、治療をするのは貧しいものだけ。その治療法を明かすのも拒みます。あるひとつの条件を、世界が飲むまでは。
いかがでしょう?あらすじを数行書いただけでも、この物語の予言性が際立ちます。(もちろん予言的であること、だけでこの作品の重要さが決まる訳ではないことを付言しておきたいと思います。)
この物語が、どういった最後を迎えるのか、それはぜひお読みいただきたいのですが、個人的には、この長くはない物語から、さまざまな示唆を得ることが出来ました。
「私たち若者がどうにか暮らして、家族をもてるようになるには、何かが起きないとだめなの!」というセリフや、この戯曲のラストを考えるとき、我々は、困難な時代であればあるほど、強いリーダーを求めます。もちろん、その力強さや指導力ほど、困難を乗り越えるために大事なことはないのかもしれません。でも、もし、万が一、そのリーダーが道を誤ったとしたら?人々の暮らしよりも、大国の思惑で動き始めたら?そして、そのリーダーが、幸いにもその誤った軌道を修正したとしても、我々大衆は、すんなりと軌道修正できるのだろうか?この『白い病』とチャペックの晩年を思う時、世界と、それに率いられた人間の集団が雪崩を打って誤った道に進んでいったことを、考えないわけにはいけません。
チェコの現代作家イヴァン・クリーマが書いたチャペックの評伝には、ミュンヘン会談のころの、その数か月後に亡くなるチャペックの言葉が引かれています。
「ぼくの世界は死んだ。もう書く理由が亡くなった。」

最後に「詩や小説は読むけれど、戯曲はちょっと・・・。」と言う方が、けっこういらっしゃいます。そういう方は、誰が話しているセリフか、ということを気にしないで読んでみてください。具体的には、セリフの頭に必ずある、それを発している人の名前を飛ばして読むこと。基本的には、戯曲は会話なので、その場面に誰が居るのか、が分かれば読めるはずです。小説の会話文が延々と続く、と思って、ぜひ読んでみてください!

それと、気になった方は、こちらからもご購入いただけます!ぜひ!
おくに たかし

小国貴司のエッセイ「かけだし本屋・駒込日記」は毎月5日の更新です。

■小国貴司 Takashi OKUNI
「BOOKS青いカバ」店主。学生時代より古書に親しみ、大手書店チェーンに入社後、店長や本店での仕入れ・イベント企画に携わる。書店退職後、新刊・古書を扱う書店「BOOKS青いカバ」を、文京区本駒込にて開業。


●本日のお勧め作品は宮森敬子です。
miyamori-33宮森敬子 Keiko MIYAMORI 
“handset”
2018年
プラスティック受話器、和紙、炭
22.0X6.0X5.7cm
ガラスケース付き
サインあり
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阿部勤設計の新しい空間はWEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>に特集されています。JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
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