小国貴司のエッセイ「かけだし本屋・駒込日記」第40回
久しぶりに鷺沢萠の本を手に取りました。
とあるお客様より買取のお持込をいただき、ついつい懐かしくなって家の本棚の奥から引っ張り出してきました。よく読んでいたのは、高校生から大学1年生の時。鷺沢萠自身も文学界新人賞を大学生の時に受賞してデビューしているので、ほぼ作家と「同年齢」の時の作品を読んだことになります。
それから書店で働きだしてからは、熱心に追いかけていたわけでもなく、衝撃的な死のニュースを知った時も、改めて作品集を手に取る、ということもありませんでした。
でも、今、こんなきっかけで読み直してみると、とても、しみじみと良い作品だと思います。

この『海の鳥・空の魚』に収められた短篇(掌編にちかい、ごくごく短い作品です)は、どれも主人公がどこにでもいる普通の人です。大学生だったり、社会人だったり。その人たちが、これもまた普通の悩み(とも言えないかもしれない)や日常の小さな感情のすれ違いを持っていて、それをたんたんと書いていきます。率直に。
例えばこんなふう。
「十代のころ、時間といういれものはその許容量を最大限に拡げる。二十代も半ばになった今―それでも十分に若いと人は言うだろうが―あんなに短い時間のうちにあんなにたくさんのことが起こり得た「あのころ」が、鉄男にはちょっと眩しく感じられたりもする。」(クレバス)
や、
「まだ若い男が料理が好きだと言うと変わっているなどと言われるが、出来合いの不味いものを食べるくらいなら自分で作った方がずっといいと鷹雄は思う。」(金曜日のトマトスープ)
など。(さすがに今は料理好きな男子を変わっているとは言いませんね。)
どの作品もド直球な表現や人物で、ちょっと間違うと鼻白んでしまいそうですが、鷺沢萠の文章は、そのバランスがとても心地いい。登場人物たちが、ちょっとしたきっかけで歩む方向を変えてしまう、そのきっかけも、なぜか説得力がある。
なぜ説得力があるのか考えると、たぶんそのきっかけが、「言葉」ではないところにあるからなのかもしれません。言葉ではなかなか人は変わりませんが、言葉にあわせて、だれかの行動や、そこにあった風景や自然に主人公が気づくことによって、人の感情が動いていく。その様がとても自然で、とても清々しい読後感を生みます。
鷺沢萠、改めてラインナップを見直したい作家を再発見しました。
(おくに たかし)
●小国貴司のエッセイ「かけだし本屋・駒込日記」は毎月5日の更新です。
■小国貴司 Takashi OKUNI
「BOOKS青いカバ」店主。学生時代より古書に親しみ、大手書店チェーンに入社後、店長や本店での仕入れ・イベント企画に携わる。書店退職後、新刊・古書を扱う書店「BOOKS青いカバ」を、文京区本駒込にて開業。
●本日のお勧め作品は平嶋彰彦です。
平嶋彰彦 HIRASHIMA Akihiko
《雷門一丁目(浅草一丁目) ちんや横丁》
1985.9-1986.2(Printed in 2020)
ゼラチンシルバープリント
シートサイズ:25.4x30.15cm
Ed.10 Signed
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
◆「平嶋彰彦写真展 — 東京ラビリンス」を開催します(予約制/WEB展)。
会期=2020年11月6日[金]—11月28日[土]*日・月・祝日休廊
ときの忘れものは平嶋彰彦さんのポートフォリオ『東京ラビリンス』を刊行します。
『昭和二十年東京地図』(写真・平嶋彰彦、文・西井一夫、1986、筑摩書房)の中から、監修の大竹昭子さんが選出したモノクローム写真15点を収録しました。
●ときの忘れものは青山から〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。
阿部勤設計の新しい空間はWEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>に特集されています。JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
E-mail:info@tokinowasuremono.com
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。*日・月・祝日は休廊。
久しぶりに鷺沢萠の本を手に取りました。
とあるお客様より買取のお持込をいただき、ついつい懐かしくなって家の本棚の奥から引っ張り出してきました。よく読んでいたのは、高校生から大学1年生の時。鷺沢萠自身も文学界新人賞を大学生の時に受賞してデビューしているので、ほぼ作家と「同年齢」の時の作品を読んだことになります。
それから書店で働きだしてからは、熱心に追いかけていたわけでもなく、衝撃的な死のニュースを知った時も、改めて作品集を手に取る、ということもありませんでした。
でも、今、こんなきっかけで読み直してみると、とても、しみじみと良い作品だと思います。

この『海の鳥・空の魚』に収められた短篇(掌編にちかい、ごくごく短い作品です)は、どれも主人公がどこにでもいる普通の人です。大学生だったり、社会人だったり。その人たちが、これもまた普通の悩み(とも言えないかもしれない)や日常の小さな感情のすれ違いを持っていて、それをたんたんと書いていきます。率直に。
例えばこんなふう。
「十代のころ、時間といういれものはその許容量を最大限に拡げる。二十代も半ばになった今―それでも十分に若いと人は言うだろうが―あんなに短い時間のうちにあんなにたくさんのことが起こり得た「あのころ」が、鉄男にはちょっと眩しく感じられたりもする。」(クレバス)
や、
「まだ若い男が料理が好きだと言うと変わっているなどと言われるが、出来合いの不味いものを食べるくらいなら自分で作った方がずっといいと鷹雄は思う。」(金曜日のトマトスープ)
など。(さすがに今は料理好きな男子を変わっているとは言いませんね。)
どの作品もド直球な表現や人物で、ちょっと間違うと鼻白んでしまいそうですが、鷺沢萠の文章は、そのバランスがとても心地いい。登場人物たちが、ちょっとしたきっかけで歩む方向を変えてしまう、そのきっかけも、なぜか説得力がある。
なぜ説得力があるのか考えると、たぶんそのきっかけが、「言葉」ではないところにあるからなのかもしれません。言葉ではなかなか人は変わりませんが、言葉にあわせて、だれかの行動や、そこにあった風景や自然に主人公が気づくことによって、人の感情が動いていく。その様がとても自然で、とても清々しい読後感を生みます。
鷺沢萠、改めてラインナップを見直したい作家を再発見しました。
(おくに たかし)
●小国貴司のエッセイ「かけだし本屋・駒込日記」は毎月5日の更新です。
■小国貴司 Takashi OKUNI
「BOOKS青いカバ」店主。学生時代より古書に親しみ、大手書店チェーンに入社後、店長や本店での仕入れ・イベント企画に携わる。書店退職後、新刊・古書を扱う書店「BOOKS青いカバ」を、文京区本駒込にて開業。
●本日のお勧め作品は平嶋彰彦です。
平嶋彰彦 HIRASHIMA Akihiko《雷門一丁目(浅草一丁目) ちんや横丁》
1985.9-1986.2(Printed in 2020)
ゼラチンシルバープリント
シートサイズ:25.4x30.15cm
Ed.10 Signed
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※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
◆「平嶋彰彦写真展 — 東京ラビリンス」を開催します(予約制/WEB展)。
会期=2020年11月6日[金]—11月28日[土]*日・月・祝日休廊
ときの忘れものは平嶋彰彦さんのポートフォリオ『東京ラビリンス』を刊行します。『昭和二十年東京地図』(写真・平嶋彰彦、文・西井一夫、1986、筑摩書房)の中から、監修の大竹昭子さんが選出したモノクローム写真15点を収録しました。
●ときの忘れものは青山から〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。
阿部勤設計の新しい空間はWEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>に特集されています。JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
E-mail:info@tokinowasuremono.com
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。*日・月・祝日は休廊。
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