吉原英里のエッセイ「不在の部屋」第3回

初個展


このブログの連載に取り組むことで、いろいろな角度から過去を見直す機会をいただき、当時見過ごしていた多くのことにあらためて気づかされました。日常の小さなできごとの積み重ねと、偶然に出逢った方々と交わした会話、その時々にいただいたチャンスのお陰で、今まで絵を描き続けることができたのだと思います。多くの方々とのご縁に導かれて私がいまここにある、という実感を強く抱いています。

私の初個展は1984年大阪の番画廊でした。その個展で前年に開発した私のオリジナルである「ラミネート技法」を使った銅版画「イタリアの風」シリーズを発表しました。当時新進気鋭のカメラマンだった畑祥雄さんが、「関西ぴあ」の前身である情報誌「Q」の展覧会情報にアーティストのインタビューと併せて肖像写真を撮影した記事を連載中で、私も個展前に取材を受けました。その写真とインタビューが集大成された写真集『西風のコロンブスたち-若き美術家の肖像』が1985年に出版されました。また出版記念に併せて心斎橋パルコで、「アートフロント50-ニューウェーブの50人・その素顔と作品展」が開催されました。そして2018年、国立国際美術館の「ニュー・ウェイブ現代美術の80年代」展で、その懐かしい皆が若かった肖像写真が、私たちの作品と共に展示されました。

202011吉原英里1「西風のコロンブスたち」畑祥雄 写真集


202011吉原英里2「西風のコロンブスたち」同本 p.37


202011吉原英里・3 初個展の案内状《ミラノの風・フロント》1984年

大阪での私の初個展はお陰で大盛況となり、新聞に展評が載ると、普通のサラリーマンやOLがお昼休みに並んで見に来て買って行くという状況でした。たった6日の会期で100点以上の売り上げがあり、またその事が新聞の記事になりました。そんな状況でしたので、私は刷りに追われ、初個展だというのに殆ど在廊出来ませんでした。画廊主の松原さんから「版画センターの綿貫さんが20点全種類お買い上げくださいました。」と報告を受けましたが、今ひとつ事の重大さが認識できていなかったと思います。

綿貫さんは後にそれらの作品を様々な場所に出品して下さり、ギャラリー方寸で「Hosun New Prints 1」や伊勢丹での「MODERN PRINTS'85 同時代版画四十年展」に参加することができました。その後も、綿貫さんとは戸賀村の国際演劇祭でご一緒させていただいたり、アートフェアーなどでお会いしてお話しする機会はありましたが、「ギャラリーときの忘れもの」で、個展をさせていただくことになるとは想像もしていませんでした。本当に不思議な巡り合わせを感じます。綿貫さんから頂いたお手紙の中に、「紅茶のティーバッグを包み込んだ銅版画を初めて見たときの新鮮な驚きを今でも思い出します。間違いなく、80年代の新星の登場に私たちは興奮しました。」とあり、大変嬉しく感じました。そのことをきっかけとして、36年経った今の私がフレッシュだったという若い頃の印象に負けないようにと自らを鼓舞する毎日です。

202011吉原英里4《草上のティータイム》1984年

あらためて考えてみると、ついこの間まで一緒にお仕事をして来た方々は、取り扱い画廊、編集者、デザイン会社の人等、全て年上でした。ふと気づくと幾人かの画廊主は亡くなったり、店を閉めたり、出版社やデザイン会社の担当者や美術館の学芸員などは定年になったりと、時代の変遷と時の重みを実感しています。

一緒にやってきた人たちがいなくなるのは寂しい事ですが、最近とても若い人々との出会いがありました。11月10日から、多摩美術大学芸術学科の3、4年生の学生さんプロデュースの展覧会「TAMA VIVANT Ⅱ 2020」が多摩美術大学八王子キャンパスのアートテークギャラリーで始まり、私もその展覧会に参加しています。この学生による展覧会は、東野芳明さんが1984年から始められた、とても素敵なカリキュラムです。芸術学を学ぶ学生の卒業制作のような役割があり、展覧会を立ち上げて運営を行うというキューレーションの全て(企画・交渉・準備・出版・展示・搬出)を経験するというものです。
本年6月、新型コロナの影響で移動が困難になる中、私の個展に担当の2人の学生さんが京都まで見に来てくれました。それから5ヶ月程掛けてその展覧会の準備に取り組み、私とのやり取りを積み重ねて仕上げてくれました。独りアトリエで制作を続ける日々という私の暮らしに、今回の展覧会に参加することによって、その学生さんたちとウェブを通じてのリモート会議を行うなどによって、新しい風が吹いたように感じました。このような状況下、不謹慎と思われるかもしれませんが、今の時代に生きているというリアリティを感じることができたのです。これを乗り越えた時、世界が、あるいは私自身が、どのように変化しているのか予測できませんが、前向きで強く柔軟になっていることを願っています。

202011吉原英里5「TAMA VIVANT Ⅱ 2020」展 多摩美術大学八王子キャンパス アートテークギャラリー


202011吉原英里6「TAMA VIVANT Ⅱ 2020」展 会場風景 左《Sound of silence 3》, 正面《Sound of Silence 5》, 右奥から《Sound of Silence 8》,《Sound of Silence 7》,《Sound of Silence 9》全て2020年


202011吉原英里7「TAMA VIVANT Ⅱ 2020」展 会場風景 右《Sound of Silence》2015年


202011吉原英里8「TAMA VIVANT Ⅱ 2020」展 会場風景 左《Sound of Silence》2015年 右 北村奈津子作品


202011吉原英里9「TAMA VIVANT Ⅱ 2020」展 会場風景 左《Sound of Silence 11》,右《Sound of Silence14》全て2020年
よしはら えり

吉原英里 Eri YOSHIHARA
1959年大阪に生まれる。1983年嵯峨美術短期大学版画専攻科修了。
1983年から帽子やティーカップ、ワインの瓶など身近なものをモチーフに、独自の「ラミネート技法」で銅版画を制作。2003年文化庁平成14年度優秀作品買上。2018年「ニュー・ウェイブ現代美術の80年代」展 国立国際美術館、大阪。

●本日のお勧め作品は吉原英里です。
yoshihara_17《ミラノの風(ホテルのクローク)》
1984年
エッチング、ラミネート
イメージサイズ:60.0×90.0m
シートサイズ:67.3×99.0cm
Ed.8
サインあり
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作品集のご案内
1577262046841『不在の部屋』吉原英里作品集 1983‐2016
1980年代から現在までのエッチング、インスタレーション、ドローイング作品120点を収録。日英2か国語。サインあり。
著者:吉原英里
執筆:横山勝彦、江上ゆか、植島啓司、平田剛志
翻訳:クリストファー・スティヴンズ
デザイン:西岡勉
発行:ギャラリーモーニング
印刷、製本:株式会社サンエムカラー
定価:3,800円(税込)
*ときの忘れもので扱っています。


●ときの忘れものは青山から〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。
阿部勤設計の新しい空間はWEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>に特集されています。JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 
E-mail:info@tokinowasuremono.com 
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。*日・月・祝日は休廊。