<迷走写真館>一枚の写真に目を凝らす 第95回

平嶋彰彦ポートフォリオ_8_DMに使用(画像をクリックすると拡大します)
中身は木造でも見かけは石造りに近く、加えて防火の効果もあるモルタル塗り建物が多かった時代に、木造りであることを堂々とうたったカクテルバーは珍しい。

三角屋根をのせた風情のある二階の住居部分が背後に見えている。
外壁には横板が張られているが、だいぶ年季がはいっていて、火の手が上がったらめらめらと燃えそうである。
それでも一階の店舗部分はファサードに板が縦横にアレンジされておしゃれだし、
入口に大谷石があしらわれているのもよいアクセントになっている。

ファサードの上には「渋谷 門」という看板がのっている。
門構えのなかには、わざわざ「もん」と読みも記してある。
「かど」と読まれたら困るからだろう。

同じデザインの看板が道路側にもはりだしている。
ほかにも周囲には「MON」や「もん」の文字が躍っていて、
「MON」のところはよく見るとMとOとNのスペースが等間隔ではなく、
OとNのほうが開き気味だ。
一見アンバランスのようだが、「もん」と口に出して言っている感じが出ている。

「渋谷に来た節には是非門にお寄りください」と書いた文言にも、「門」のなかに平仮名の「もん」が隠れていて、ストイックな外観にしては文字が饒舌。
店の名前を連呼して止まない。

店の前には男女のカップルが立っている。
寒くなりはじめた、ちょうど今ごろの季節のようだ。
男性は腰丈のコートのポケットに手を入れ、
女性は長めのコートを羽織って彼に寄りそうようにしている。
女性の姿はシャッターが切れる寸前に動いたらしくブレているが、
男性のほうはしゃきっと立ってぐらつかない。

ふたりそろって視線がやや高いのは、向かいの建物になにか見つけたのだろうか。
それとも信号が変わるのをいまかいまかと待っているのだろうか。

ふたりの姿から思い浮かんだ言葉は「新婚カップル」である。
男性が掲げている白い包みには、ほかほかの中華まんじゅうが入っているように思う。

そんな想像をそそられたのは、彼らが「門」の前に立っているからだろうか。
パチンコ屋の前だったならそな連想は浮かばなかったはずだ。
「門」「もん」「MON」と連呼する文字が、人生の門をくぐって新たなステージへと踏み出そうとしているふたりを見送っている。
「どうぞおしあわせに!」

男性の顔がなんとも麗らかである。
いまが楽しく、明日が来るのがうれしく、なにがあっても微笑まずにいられない。
女性のほうはどこか曖昧さを漂わせた顔をしているが、
それがかえって初々しく、新婚カップルらしいリアリティーをもたらしている。

大竹昭子(おおたけあきこ)

●作品情報
平嶋彰彦ポートフォリオ『東京ラビリンス』より《宇田川町 カクテルバー門》
1985.9-1986.2(Printed in 2020)
ゼラチンシルバープリント
シートサイズ:25.4x30.2cm
Ed.10 Signed 

●作家紹介
平嶋彰彦(1946-)HIRASHIMA Akihiko
1946年、千葉県館山市に生まれる。1965年、早稲田大学政治経済学部入学、写真部に所属。1969年、毎日新聞社入社、西部本社写真課に配属となる。1974年、東京本社出版写真部に転属し、主に『毎日グラフ』『サンデー毎日』『エコノミスト』など週刊誌の写真取材を担当。1986年、『昭和二十年東京地図』(文・西井一夫、写真・平嶋彰彦、筑摩書房)、翌1987年、『続・昭和二十年東京地図』刊行。1988年、右2書の掲載写真により世田谷美術館にて「平嶋彰彦写真展たたずむ町」。(作品は同美術館の所蔵となり、その後「ウナセラ・ディ・トーキョー」展(2005)および「東京スケイプinto the City」展(2018)に作者の一人として出品される)。1996年、出版制作部に転属。1999年、ビジュアル編集室に転属。2003年、『町の履歴書 神田を歩く』(文・森まゆみ、写真・平嶋彰彦、毎日新聞社)刊行。
編集を担当した著書に『宮本常一 写真・日記集成』(宮本常一、上下巻別巻1、2005)。 同書の制作行為に対して「第17回写真の会賞」(2005)。そのほかに、『パレスサイドビル物語』(毎日ビルディング編、2006)、『グレートジャーニー全記録』(上下巻、関野吉晴、2006)、『1960年代の東京 路面電車が走る水の都の記憶』(池田信、2008)、『宮本常一が撮った昭和の情景』(宮本常一、上下巻、2009)がある。2009年、毎日新聞社を退社。それ以降に編集した著書として『宮本常一日記 青春篇』(田村善次郎編、2012)、『桑原甲子雄写真集 私的昭和史』(上下巻、2013)。2011年、早稲田大学写真部時代の知人たちと「街歩きの会」をつくり、月一回のペースで都内各地をめぐり写真を撮り続ける。2020年6月現在で100回を数える。

●平嶋彰彦ポートフォリオ『東京ラビリンス』
8b8ec166-s平嶋彰彦ポートフォリオ『東京ラビリンス』Hirashima Akihiko Portfolio “TOKYO LABYRINTH”
オリジナルプリント15点組
作者 平嶋彰彦
監修 大竹昭子
撮影 1985年9月~1986年2月
制作 2020年
装幀 間村俊一
プリント 銀遊堂・比田井一良
技法 ゼラチンシルバープリント
用紙 バライタ紙
シートサイズ:25.4x30.2cm
限定 10部
各作品に限定番号と作者自筆サイン入り
発行日:2020年10月30日
発行:ときの忘れもの

●本日のお勧め作品は大竹昭子です。
otake-28大竹昭子 Akiko OTAKE
「ローマ/アラチェリの階段」
Type-Cプリント
35.5×43.0cm
Ed.1   サインあり
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●ドキュメンタリー叢書創刊 #01『ジョナス・メカス論集 映像詩人の全貌』が刊行されました。
『ジョナス・メカス論集 映像詩人の全貌』小執筆:ジョナス・メカス、井戸沼紀美、吉増剛造、井上春生、飯村隆彦、飯村昭子、正津勉、綿貫不二夫、原將人、木下哲夫、髙嶺剛、金子遊、石原海、村山匡一郎、越後谷卓司、菊井崇史、佐々木友輔、吉田悠樹彦、齊藤路蘭、井上二郎、川野太郎、柴垣萌子、若林良
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●ときの忘れものは青山から〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。
阿部勤設計の新しい空間はWEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>に特集されています。JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
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