吉原英里のエッセイ「不在の部屋」第5回
作家は、技法に育てられる
「作家は、技法に育てられる。」これは、表紙絵を1年間連載させて頂いた人事院月報の最終回、2006年3月号に「表紙のことば」として書いた私の文章のタイトルです。あれから15年近く経ちましたが、やはり作家をやってきて38年の間ずっと感じる実感です。
大学卒業の1983年に初めてヨーロッパを旅行したのですが、楽しい反面帰国後すぐに、初めての企画展が待っているという焦りもあり、これから作家としての自分の進むべき方向を決めかねていました。連日の美術館通いで過去の巨匠たちの作品をうんざりするほど観ているうちに、これから私が絵描きとしてやっていく自信を失いかけていました。ダ・ヴィンチやミケランジェロのような骨格はないし、かといってデュシャン以後の私たちには壊すべき美術概念や影響を与えてくれる美術運動もなかったのです。過去に無数の画家たちが通ったであろうフィレンツェのウフィツィ美術館の前の石畳を恨めしく見つめたことを今でも覚えています。
フィレンツェ滞在の後アレッツォという小さな町に行きますが、その地の本屋でモランディの小さな画集を見つけます。モランディは、今でこそ日本でも展覧会が多く開催されて有名ですが、私はその時初めて知りました。ごく若い一時期を除き生涯、限られた数の瓶を題材に何十年も繰り返し制作し続け、独自の絵画空間を模索し続けた画家です。(最近ではアメリカの抽象表現主義のジャクソン・ポロックにも影響を与えたのではないかと言われています)。そのモランディの画集を手に入れることによって、大上段に構える芸術よりも、出来ることから初めてみるきっかけを与えられました。旅先では絵を描き探る余裕もないので、とりあえず切符やナプキン、素敵な印刷物など手当たり次第ポケットに集め、その日の日記代わりにメモをするようにため込んで行きました。帰国後それらを版画の画面に挟み込んで、「イタリアの風」というシリーズの連作でデビューしました。
その作品シリーズではじめて試みた技法は、雁皮紙という薄い半透明の和紙に新聞やナプキン、荷札、紅茶のティーバッグなどの実物を挟み込み、銅版を刷るという方法です。これは私が生み出したオリジナルの技法です。はじめは、それを単に雁皮刷りか、コラージュという曖昧な表記にするつもりでした。
しかし、せっかくユニークなオリジナル技法なのだからと、搬入時に画廊にいた京都国立近代美術館学芸員の河本信治さんがその場で、「ラミネート」と名づけて下さいました。その時に名前がついて初めて自分が作った技法を意識することになります。当初、版を作る時間を短縮したいという思いと、持って帰った印刷物を利用したいという単純なアイデアだったのですが、その時に、私の眼が覚醒したといっても過言ではありません。初めて作家としての自覚を持ったと言ってもいいと思います。日常の中で物を見る時に、ここはエッチングで描いて、ここはあの紙を貼ろうとか、実物で利用できそうなものを常に探しながらものを見る様になったのです。そして、ちょっとした制約の中に自分だけの自由を見つける喜びに気づきはじめたのです。
1.《フィレンツェの風 4レッド》1983年 20×15cm エッチング、ラミネート
2.《草上のティータイム》1984年 60×45cm エッチング、ラミネート
3.《バースデーパーティー2》1984年 45×60cm エッチング、ラミネート
4.《エアメール フロム サンフランシスコ》1986年 30×45cm エッチング、ラミネート
5.《エアカーゴ》1984年 30×36.5cm エッチング、ラミネート
6.《フラワーメッセンジャー》1986年 36.5×30cm エッチング、ラミネート
7.《スカラ座》1984年 45×60cm エッチング、ラミネート
8.《レストランテ サバティーニ》1984年 45×60cm エッチング、ラミネート
9.《エスプレッソ》1984年 60×45cm エッチング、ラミネート

10.《サンタ クローチェ教会》1984年 30×36.5cm エッチング、ラミネート
(よしはら えり)
■吉原英里 Eri YOSHIHARA
1959年大阪に生まれる。1983年嵯峨美術短期大学版画専攻科修了。
1983年から帽子やティーカップ、ワインの瓶など身近なものをモチーフに、独自の「ラミネート技法」で銅版画を制作。2003年文化庁平成14年度優秀作品買上。2018年「ニュー・ウェイブ現代美術の80年代」展 国立国際美術館、大阪。
●作品集のご案内
『不在の部屋』吉原英里作品集 1983‐2016
1980年代から現在までのエッチング、インスタレーション、ドローイング作品120点を収録。日英2か国語。サインあり。
著者:吉原英里
執筆:横山勝彦、江上ゆか、植島啓司、平田剛志
翻訳:クリストファー・スティヴンズ
デザイン:西岡勉
発行:ギャラリーモーニング
印刷、製本:株式会社サンエムカラー
*ときの忘れもので扱っています。
~~~~~~~~~~~~~~
●「一日限定! 破格の掘り出し物」開催のお知らせ
新型コロナウイルスの感染の勢いが止まりません。
お客様とスタッフの安全を考えれば画廊での対面での営業が難しいのは致し方ありません。
当分予約制を続行し、スタッフは在宅勤務と交代で出勤しており、メールや電話でのお問合せには通常通り、対応いたしますが少々お時間をいただく場合があります。どうぞご理解ください。
1月27日から15日間、ブログで「一日限定! 破格の掘り出し物」開催し、画廊コレクションから選りすぐりの佳品はもちろん、ちょっと珍しい作品など「破格の値段」にてご案内します。
出品は、靉嘔、畦地梅太郎、磯辺行久、植松奎二、宇佐美圭司、内間安瑆、瑛九、榎倉康二、岡崎和郎、オノサト・トシノブ、恩地孝四郎、川上澄生、斎藤義重、笹島喜平、白髪一雄、菅木志雄、鈴木信太郎、関根伸夫、田名網敬一、難波田龍起、松本竣介、南桂子、山村耕花、横尾忠則、アンディ・ウォーホル、ヨーゼフ・ボイス、ジョアン・ミロ、クリスト、サム・フランシス、キース・ヘリングなどを予定しています。一日限りの破格の掘り出し物です、どうぞお見逃しなく。
●塩見允枝子のエッセイ「フルクサスの回想」第2回を掲載しました。合わせて連載記念の特別頒布会を開催しています。
塩見允枝子先生には11月から2021年4月までの6回にわたりエッセイをご執筆いただきます。12月28日には第2回目の特別頒布会も開催しています。お気軽にお問い合わせください。
●多事多難だった昨年ですが(2020年の回顧はコチラをご覧ください)、今年も画廊空間とネット空間を往還しながら様々な企画を発信していきます。ブログは今年も年中無休です(昨年の執筆者50人をご紹介しました)。
●ときの忘れものが青山から〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転して3年が経ちました。
もともと住宅だった阿部勤設計の建物LAS CASASを使って、毎月展覧会(Web展)を開催しています。
WEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>の特集も是非ご覧ください。
ときの忘れものはJR及び南北線の駒込駅南口から徒歩約8分です。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
E-mail:info@tokinowasuremono.com
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。*日・月・祝日は休廊。
作家は、技法に育てられる
「作家は、技法に育てられる。」これは、表紙絵を1年間連載させて頂いた人事院月報の最終回、2006年3月号に「表紙のことば」として書いた私の文章のタイトルです。あれから15年近く経ちましたが、やはり作家をやってきて38年の間ずっと感じる実感です。
大学卒業の1983年に初めてヨーロッパを旅行したのですが、楽しい反面帰国後すぐに、初めての企画展が待っているという焦りもあり、これから作家としての自分の進むべき方向を決めかねていました。連日の美術館通いで過去の巨匠たちの作品をうんざりするほど観ているうちに、これから私が絵描きとしてやっていく自信を失いかけていました。ダ・ヴィンチやミケランジェロのような骨格はないし、かといってデュシャン以後の私たちには壊すべき美術概念や影響を与えてくれる美術運動もなかったのです。過去に無数の画家たちが通ったであろうフィレンツェのウフィツィ美術館の前の石畳を恨めしく見つめたことを今でも覚えています。
フィレンツェ滞在の後アレッツォという小さな町に行きますが、その地の本屋でモランディの小さな画集を見つけます。モランディは、今でこそ日本でも展覧会が多く開催されて有名ですが、私はその時初めて知りました。ごく若い一時期を除き生涯、限られた数の瓶を題材に何十年も繰り返し制作し続け、独自の絵画空間を模索し続けた画家です。(最近ではアメリカの抽象表現主義のジャクソン・ポロックにも影響を与えたのではないかと言われています)。そのモランディの画集を手に入れることによって、大上段に構える芸術よりも、出来ることから初めてみるきっかけを与えられました。旅先では絵を描き探る余裕もないので、とりあえず切符やナプキン、素敵な印刷物など手当たり次第ポケットに集め、その日の日記代わりにメモをするようにため込んで行きました。帰国後それらを版画の画面に挟み込んで、「イタリアの風」というシリーズの連作でデビューしました。
その作品シリーズではじめて試みた技法は、雁皮紙という薄い半透明の和紙に新聞やナプキン、荷札、紅茶のティーバッグなどの実物を挟み込み、銅版を刷るという方法です。これは私が生み出したオリジナルの技法です。はじめは、それを単に雁皮刷りか、コラージュという曖昧な表記にするつもりでした。
しかし、せっかくユニークなオリジナル技法なのだからと、搬入時に画廊にいた京都国立近代美術館学芸員の河本信治さんがその場で、「ラミネート」と名づけて下さいました。その時に名前がついて初めて自分が作った技法を意識することになります。当初、版を作る時間を短縮したいという思いと、持って帰った印刷物を利用したいという単純なアイデアだったのですが、その時に、私の眼が覚醒したといっても過言ではありません。初めて作家としての自覚を持ったと言ってもいいと思います。日常の中で物を見る時に、ここはエッチングで描いて、ここはあの紙を貼ろうとか、実物で利用できそうなものを常に探しながらものを見る様になったのです。そして、ちょっとした制約の中に自分だけの自由を見つける喜びに気づきはじめたのです。
1.《フィレンツェの風 4レッド》1983年 20×15cm エッチング、ラミネート
2.《草上のティータイム》1984年 60×45cm エッチング、ラミネート
3.《バースデーパーティー2》1984年 45×60cm エッチング、ラミネート
4.《エアメール フロム サンフランシスコ》1986年 30×45cm エッチング、ラミネート
5.《エアカーゴ》1984年 30×36.5cm エッチング、ラミネート
6.《フラワーメッセンジャー》1986年 36.5×30cm エッチング、ラミネート
7.《スカラ座》1984年 45×60cm エッチング、ラミネート
8.《レストランテ サバティーニ》1984年 45×60cm エッチング、ラミネート
9.《エスプレッソ》1984年 60×45cm エッチング、ラミネート
10.《サンタ クローチェ教会》1984年 30×36.5cm エッチング、ラミネート
(よしはら えり)
■吉原英里 Eri YOSHIHARA
1959年大阪に生まれる。1983年嵯峨美術短期大学版画専攻科修了。
1983年から帽子やティーカップ、ワインの瓶など身近なものをモチーフに、独自の「ラミネート技法」で銅版画を制作。2003年文化庁平成14年度優秀作品買上。2018年「ニュー・ウェイブ現代美術の80年代」展 国立国際美術館、大阪。
●作品集のご案内
『不在の部屋』吉原英里作品集 1983‐20161980年代から現在までのエッチング、インスタレーション、ドローイング作品120点を収録。日英2か国語。サインあり。
著者:吉原英里
執筆:横山勝彦、江上ゆか、植島啓司、平田剛志
翻訳:クリストファー・スティヴンズ
デザイン:西岡勉
発行:ギャラリーモーニング
印刷、製本:株式会社サンエムカラー
*ときの忘れもので扱っています。
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●「一日限定! 破格の掘り出し物」開催のお知らせ
新型コロナウイルスの感染の勢いが止まりません。
お客様とスタッフの安全を考えれば画廊での対面での営業が難しいのは致し方ありません。
当分予約制を続行し、スタッフは在宅勤務と交代で出勤しており、メールや電話でのお問合せには通常通り、対応いたしますが少々お時間をいただく場合があります。どうぞご理解ください。
1月27日から15日間、ブログで「一日限定! 破格の掘り出し物」開催し、画廊コレクションから選りすぐりの佳品はもちろん、ちょっと珍しい作品など「破格の値段」にてご案内します。
出品は、靉嘔、畦地梅太郎、磯辺行久、植松奎二、宇佐美圭司、内間安瑆、瑛九、榎倉康二、岡崎和郎、オノサト・トシノブ、恩地孝四郎、川上澄生、斎藤義重、笹島喜平、白髪一雄、菅木志雄、鈴木信太郎、関根伸夫、田名網敬一、難波田龍起、松本竣介、南桂子、山村耕花、横尾忠則、アンディ・ウォーホル、ヨーゼフ・ボイス、ジョアン・ミロ、クリスト、サム・フランシス、キース・ヘリングなどを予定しています。一日限りの破格の掘り出し物です、どうぞお見逃しなく。
●塩見允枝子のエッセイ「フルクサスの回想」第2回を掲載しました。合わせて連載記念の特別頒布会を開催しています。
塩見允枝子先生には11月から2021年4月までの6回にわたりエッセイをご執筆いただきます。12月28日には第2回目の特別頒布会も開催しています。お気軽にお問い合わせください。●多事多難だった昨年ですが(2020年の回顧はコチラをご覧ください)、今年も画廊空間とネット空間を往還しながら様々な企画を発信していきます。ブログは今年も年中無休です(昨年の執筆者50人をご紹介しました)。
●ときの忘れものが青山から〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転して3年が経ちました。
もともと住宅だった阿部勤設計の建物LAS CASASを使って、毎月展覧会(Web展)を開催しています。
WEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>の特集も是非ご覧ください。
ときの忘れものはJR及び南北線の駒込駅南口から徒歩約8分です。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
E-mail:info@tokinowasuremono.com
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。*日・月・祝日は休廊。
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