<迷走写真館>一枚の写真に目を凝らす 第98回

202103/大竹昭子‗作品画像(画像をクリックすると拡大します)

大勢の人々がカメラを見つめている……。
この写真からまず感じとるのは、そのことだ。
かなり離れたところにいる人ですらカメラ目線で、
視線をそらしている人はほとんどいない。
しかもみな表情が険しいのである。
眉間に力を入れてカメラを凝視しているさまに、
いったいここで何が起きているのだろう、と考えずにはいられない。

こんなに人数が多いのに、その顔が重ならず、
それぞれの表情がはっきりとわかることも、異様である。
小高い丘の斜面がひな壇の役目をしているのだ。

若い女性が中心にいる。
ふっくらした頬の様子からすると、まだ十代のようだ。
彼女は毅然とした態度で最前列の真ん中に立っていて、
両側には人々がゆるやかな弧を描いて立っている。
全員が女性で、糾弾しているような厳しい顔つきが似ている。

もうひとつ、この写真に異様さを加えているのは、
中心の若い女性がカメラにむかって写真を掲げていることだ。
証明写真のような一葉で、口ひげを生やした男性が正面をむいてバストアップで写っている。

同じ写真を持っている人がもうひとりいて、
彼女の斜め後ろに立っている。
この人は男性で、顔つきが写真の人と似ているようだが、はっきりしない。

写真を持っているふたりは、この場で何が進行しているかを一番よくわかっている。
前列の女性たちも同様だろう。
磁場が最も強いのは彼らの周辺で、離れるにつれて薄まっていくが、
不思議なのは、やじ馬的な気分で眺めている人はひとりも見当たらないことだ。
全員が当事者意識をもってこの場に臨んでいるような、
尋常ならない緊張感が画面全体を覆っている。

その当事者意識の正体とは何なのか。それが謎である。

カメラが珍しくて吸い寄せられていくのは、よくあることだし、わかりやすい。
人々の好奇心と率直な行動ぶりはよき被写体となる。
ところが、ここにいる人々はカメラに引き寄せられているのではなく、
逆に引き寄せているのだ。
こっちを見ろ! この写真を写せ! 
という意志が全員の視線にみなぎっていて、
その目力の強さにただならぬ気配を感じてしまう。

ふたりが写真を持たずに手ぶらで写っていれば、
まったく別の写真になっただろう。
表情が険しかったとしても、引き寄せているようには感じられず、
カメラは被写体に対して優位な状態を保ちつづけたはずだ。

その関係を逆転させたのは、ふたりが手にした写真だった。

持っていたのが絵でも人形でもこうはならない。
写真であるがゆえに、「見ろ!」という無言の意志が突きつけられたのだ。
放った矢が相手に刺さらず、自分のほうに引き返してくるような怖さがある。
写真と写真の一騎打ちの現場である。
大竹昭子(おおたけあきこ)

●作品情報
小川哲史『交錯する世界』より

●作家紹介
小川 哲史(おがわ・さとし)
1977年 埼玉県生まれ
2003年 グループ展[Communication ART Ⅳ「汐入 1994–2002」](Pepper’s Gallery)
2018年 個展「交錯する世界」(蒼穹舎)
2019年 個展「成都平原」(蒼穹舎)
2021年 写真集『交錯する世界 Crossing World of Bangladesh 2015–2019』発行

●写真集のお知らせ
書影小川哲史写真集『交錯する世界』
蒼穹舍/2021年1月20日発行
モノクロ/A4変型/上製/400部
160ページ/写真点数:151点/装幀:加藤勝也
定価:4950円(税込み)


●新刊のお知らせ
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日本経済新聞「プロムナード」の連載を再構成した随想録で、ひとつのエピソードが思わぬ方向に発展して五感を巡礼していきます。
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WEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>の特集も是非ご覧ください。
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