多摩美術大学美術館で寺田コレクション展(前期)7月10日~9月20日

「コレクションを読む楽しさ」

中村 惠一


 日本の伝統的なコレクションの楽しみ方では、コレクションされたものの固有の価値だけではなく、そのものを誰がどういう形でコレクションして楽しんだのか、現在までどのように伝来したのかの歴史や経緯を含めてものの価値として鑑賞してきたところがある。また、コレクション総体の中に鑑賞の文脈をみて楽しんできたところがある。特に茶道具などはそれが顕著であるように思う。美術における個人のコレクションにも、それぞれにコレクションにいたる文脈があり、コレクションされた美術品の総体がコレクターの人格や時には人生そのものを顕現してしまう。そのコレクションを見る者にとって、コレクターやコレクションの文脈を読み解くことも美術鑑賞の醍醐味の一つではないかとの思いを今回見た展覧会によって抱くことに至った。
 それは多摩美術大学美術館で開催されている「寺田小太郎 いのちの記録 コレクションよ、永遠に」展を見てのことであった。この展覧会は造園家であった寺田小太郎がつくりあげた美術コレクションを前編「起源」(7月10日~9月20日)と後編「継承」(10月2日~11月21日)とにわけて展覧するものであり、私は前編「起源」をみたのであった。

202108中村惠一図1

この前編はまさにタイトルの通り寺田のコレクションの起源をめぐる、まるで旅のようだ。
起源のために4つの展示室が用意された。1室は「出会い」、2室は「日本的抽象」から「東洋的抽象」へ、3室は「ブラック&ホワイト 表現と非表現」、4室は「わが山河 故郷への旅路」である。そして3室と4室の間に造園家としての寺田小太郎の文章や図面、庭園研究などが展示されていた。この「寺田物語」はそこから始まっていたように感じた。図録に掲載された寺田の略年譜を確認すると、1927(昭和2)年に現在の東京オペラシティ所在地に生まれている。つまり最も多感な18歳で終戦を経験しているのだ。1945(昭和20)年4月に東京農業大学専門部緑地土木科に入学する。1964(昭和39)年にそれまで続けてきた質店を閉業して大学の恩師・中島健主宰の綜合庭園研究室に勤務、造園の仕事に携わる。1980(昭和55)年に綜合庭園研究室から独立し、創造園事務所を設立とある。ところで、出発点となる難波田龍起の作品を購入するのは1988(昭和63)年のことだから、かなり遅咲きのコレクションの開花にも感じる。寺田はこのとき61歳である。寺田が造園で大切にしたのは自然であること、年数が経過して植物が成長した姿を想像しながら造園してゆくことだったようだ。苗木を植えて成長を待つ寺田を想像すると、コレクションを苗木として庭に育ってゆく姿(まさに個人美術館)を想像しながらコレクションを設計したのかなと想像してしまった。
 1室にはいると難波田龍起の作品が迎えてくれる。「石窟の時間」の連作である。まさに寺田コレクションの源流である。1989年に開催された個展で展示されていた水彩画のほとんどとなる50点を購入した。まさに運命的な出会いであったのだろうなと想像し、その出会い方を羨ましく感じた。1室のメインは「生の記録3」と「生の記録4」の2点である。いずれも1994年に描かれた作品であり、実際には3連作として描かれ、「生の記録1」は宇都宮美術館に、「生の記録2」は世田谷美術館に収められた。そして青色の画面をもつ「生の記録3」は東京オペラシティアートギャラリーに収められた。これに対をなす形で制作されたのが寺田コレクションである黄色の画面をもつ「生の記録4」であった。この対をなす2点の大作は対照的だ。「生の記録3」は吸い込まれるような青色に塗られ、なにか死の世界を連想させるものがある。一方の「生の記録4」は黄色に塗られているが、画面からは光が放出されているようにも見える。まるで命が生まれ、あふれ出てくるようだ。生と死の世界を2点の大作から感じていた。寺田の18歳での終戦を思った。

202108中村惠一図2  1室の展示

難波田の抽象画はときに有機的な形態をもち、生命感にあふれもするが、哲学的でもある。寺田はここに「いのち」を見たのではないかと感じた。それとは違った意味で「生命」を感じるのは龍起の子息である難波田史男の作品である。コレクションは史男の作品に続く。
生の楽しさを躍動的に描いたような画面が私は好きだ。しかし実際の史男の人生は32年間。不思議である。2室に入ると、1室でみた難波田親子の作品によって形成された寺田コレクションの土台に新たな要素が加わっている。それは韓国を中心とした東洋的抽象の収集である。李禹煥であり、郭仁植である。3室では、その抽象性はミニマルなまでに高まり、モノクロームの世界に至っている。まるで生死の根源から禅の世界へと辿る求道の道のようにも見える。その原点はやはり寺田の造園家としての仕事にあり、おそらくは死生観にあるのだと感じる。その寺田に見出された絵画たちが展示室に息づいている。そうしたコレクションの文脈を楽しむことも美術の重要な側面なのだと教えられた貴重な機会であった。
 もちろん現在みられるのは前編のみであるが、後編が待ち遠しくなってしまった。

202108中村惠一図3 3室の展示
なかむら けいいち

■中村惠一(なかむら けいいち)
北海道大学生時代に札幌NDA画廊で一原有徳に出会い美術に興味をもつ。一原のモノタイプ版画作品を購入しコレクションが始まった。元具体の嶋本昭三の著書によりメールアートというムーブメントを知り、ネットワークに参加。コラージュ作品、視覚詩作品、海外のアーティストとのコラボレーション作品を主に制作する。一方、新宿・落合地域の主に戦前の文化史に興味をもち研究を続け、それをエッセイにして発表している。また最近では新興写真や主観主義写真の研究を行っている。
・略歴
1960年 愛知県岡崎市生まれ
1978年 菱川善夫と出会い短歌雑誌『陰画誌』に創刊同人として参加
1982年 札幌ギャラリー・ユリイカで個展を開催
1994年 メールアートを開始
1997年 “Visual Poesy of Japan”展参加(ドイツ・ハンブルグほか)
1999年 「日独ビジュアルポエトリー展」参加(北上市・現代詩歌文学館)
2000年 フランスのPierre Garnierとの日仏共作詩”Hai-Kai,un cahier D’ecolier”刊行
2002年 “JAPANESE VISUAL POETRY”展に参加(オーストリア大使館)
2008年 “Mapping Correspondence”展参加(ニューヨークThe Center for Book Arts)
2009年 “5th International Artist’s Book Triennial Vilnius2009”展に参加(リトアニア)
2012年 “The Future” Mail Art展企画開催(藤沢市 アトリエ・キリギリス)

●展覧会のお知らせ
『寺田小太郎 いのちの記録 ーコレクションよ、永遠に』【前編】「起源」
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会期:【前編】2021 年 7 月 10 日(土)~ 9 月 20 日(月・祝)
主催:多摩美術大学美術館
出品協力:東京オペラシティ アートギャラリー、府中市美術館、早稲田大学 會津八一記念博物館
場所:〒 206-0033 東京都多摩市落合 1-33-1 多摩美術大学美術館
交通:多摩センター駅 徒歩 7 分(京王相模原線・小田急多摩線・多摩モノレール)
開館時間:10:00 ~ 17:00(入館は 16:30 まで)
休館日:火曜日
入館料:一般 300 円 (200 円) ※( )は 20 名以上の団体料金 ※障がい者および付添者、学生以下は無料
※後期は2021年10月2日(土)~11月21日(日)

2019年 本学では、東京オペラシティビル地権者の一人である故・寺田小太郎氏(1927-2018)から、59 点の作品を受贈いたしました。これを記念し展覧会を開催いたします。総数 4,500 点に上る「寺田コレクション」は、難波田龍起・史男親子の国内屈指となる作品群のほか、戦後日本美術から現代アートに至るまで幅広い年代・ジャンルにわたります。
本展では前編・後編を通じ、当館収蔵品を含む約 190 点の作品と資料から、寺田の想いに寄り添いその人物像を浮かび上がらせると共に、コレクションに込められたメッセージを紐解きます。また寺田が長年携わった「造園」の仕事にも光を当て、そこで育まれた師への思慕・自然観・美的感性と美術コレクションの相関を探ります。(多摩美術大学美術館ホームページより)

「寺田小太郎 いのちの記録 ーコレクションよ、永遠に」出品リストはこちら

●カタログのご紹介
書影『寺田小太郎 いのちの記録 -コレクションよ、永遠に』
2021年7月10日刊行
24.0×18.7cm/272ページ
価格:一般 2,500円 (学生2,000円)
本展作品含む図版約190点掲載。寺田小太郎による随筆『わが山河』(私家版)を再録掲載するほか、生前の寺田と親交を結んだ2人の画家 相笠昌義・奥山民枝 、造園家・中島健主宰の綜合庭園研究室OBへのインタビュー、多摩美術大学美術館館長・鶴岡真弓の書き下ろしテキストなどを収録。

●本日のお勧め作品は熊谷守一です。
kumagai_04熊谷守一 KUMAGAI Morikazu
《かえる》
1999年
シルクスクリーン(刷り:石田了一)
イメージサイズ:14.2×19.5cm
シートサイズ:21.0×29.7cm
印あり
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※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください

◆「没後30年 倉俣史朗展 今尚色褪せないデザインの革命児
倉俣史朗展DMハガキ
会期=8月12日~8月22日(無休)
会場=Bunkamura Gallery

●ときの忘れものは2017年に青山から〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。もともと住宅だった阿部勤設計の建物LAS CASASを使って、毎月展覧会Web展)を開催し、美術書の編集事務所としても活動しています。
WEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>の特集も是非ご覧ください。
ときの忘れものはJR及び南北線の駒込駅南口から徒歩約8分です。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 
E-mail:info@tokinowasuremono.com 
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。*日・月・祝日は休廊。