柳正彦のエッセイ「アートと本、アートの本、アートな本、の話し」第27回
驚きの古書カタログ・・・スティーブン・レイバーの「作品」(1)
インターネットは、古本の世界にも大きな変革をもたらしました、長年探し求めていた限定本や展覧会カタログ、稀覯本・・・などなどを、いとも簡単に見つけ出し、入手する機会が飛躍的に増えてきたことは、わざわざこの場で繰り返す必要もないでしょう。しかし、ネットによってコレクターの大きな楽しみの一つが減ってしまったことは、残念な事実です。
大きな楽しみ・・・それは、古書店やオークションハウスからのカタログを受け取り、わくわくしながらページを捲ること。かつては、月に何冊かは日本全国の古書店や古書即売会からカタログや目録が日本の実家に届き、一時帰国した際には、到着日の夜に楽しくそれらを整理したことを覚えています。また、ニューヨークの自宅には、アメリカ各地はもとより、パリ、ロンドン、アムステルダムからも届きました。日本のものも、海外のものも、様式は様々、文字だけのリストのような目録、書影の図版を掲載したもの、あえて活字をつかわず、手書き文字とイラストで構成したもの、1冊の古書に関して、数頁をつかい、多数の図版とともに紹介した書誌研究書のようなものまでありました。
そういった、紙に刷られ、製本された古書目録は、ネットの普及とともに段々と減ってきてしまい、昨今、定期的に受け取るのは神田神保町の二つの古書店のものだけになってしまいました。ロンドンやニューヨークの書店からのカタログは未だに届きますが、主にメールに添付されたPDFファイル。プリントアウトして紙上で楽しむことも可能ですが、上質な紙に印刷され、しっかりと製本されもののページを捲るのとは違います。

受け取った目録、カタログの多くは、数ヶ月から数年のうちに処分してきていますが、充実した内容ゆえに破棄することはできなかったものも少なくありません。そんなわけで、私の書棚の片隅には、古書店の図録のセクションがあり、気分転換をしたいとき、息抜きをしたいときなどには、その中の一冊を取り出して頁を捲ることが少なくありません。この棚に納められているのは、主に海外の古書店のものですが、そのなかでもとてもスペシャルなものを、今回は紹介させて貰います。
サンフランシスコの古書ディーラー、スティーブン・レイバーから届いたカタログ類です。2012年に、まだ50代の若さで世を去ってしまった人物で、元々は弁護士だったのですが趣味が高じて、美術品と美術関連書籍のディーラーになったようです。専門は20世紀後半以降の美術、ヨーロッパではアンフォルメル以降、アメリカでは抽象表現以降の美術になります。この時期にあてはまる、画集や展覧会カタログも多数扱っていましたが、それ以外の印刷物、ポスターや案内状、パンフレットなどの「エファメラ」、日本の古書業界では「紙もの」と呼ばれる品々が得意分野でした。
スティーブンとの出逢いは、彼のカタログを通してでした。ニューヨーク、ソーホーにオフィスをもつ、プライベート・アート・ディーラーの友人が「マサなら、興味があるだろうから・・・差し上げるよ」といって手渡してくれたのは、一つの封筒でした。その中には、ハトロン紙の小さな封筒やジッパー式の小さなビニール袋が多数入っていました。“ART REFE XX” と印字された、それら袋の中には、印刷された紙片、封筒、35ミリのスライド、布片などが入っていたと思います。
「と思います」と書かなくてはならないのは、残念なことに現物が手元にないからです。当時、取引をしていた、東京の美術洋書専門店の方にお貸ししたところ、何と紛失されてしまったのでした。そのため、ここで内容の詳細を紹介することはできませんが・・・ビニール袋に納められたモノの一つが、河原温の絵葉書作品、「I GOT UP」の原寸大の複製だったことは良く覚えています。その他にも、ダニエル・ビュランの展覧会案内の複製などもあったと思います、つまり、商品(書籍、紙もの等)を原寸大で複製し、袋詰めしたカタログだったわけです。
河原やビュラン関連のもの以外にも、かなり珍しいものが収録されていたのだと思いますが、とにもかくにも、こんな手の込んだカタログをつくってしまうスティーブンという人物に大感激してしまったことを忘れられません。
早速、(多分)ファックスで連絡をとりました。すぐに、本やエファメラ、また版画やオリジナル作品を売り買いするようになりました。そして、カタログ送付先のリストにも加えて貰いました。新しいカタログが送られてくると、常にその内容、紹介されている書籍や資料に驚かされ、現代美術の世界、古書の世界、エファメラの世界の奥深さを思い知らされました。
私にとっては、発見の宝庫であり、教科書ともなったスティーブンのカタログですが、その形式とデザイン面でも楽しませて貰えるものでした。カタログのいくつかは、一般的な古書のカタログ同様に、印刷され普通に製本されたものでした、しかし、先に紹介した袋入りのものを初め、いくつかのカタログは、スティーブンの作品とも呼べる造本で仕上げられていました。
例えば1994年にだされた「ART FOR ALL, ASSEMBLING, ZUSAMMENSTELLUNG, ASSEMBLAGE, ASSEMBLAGGIO, 1994」(ASSEMBLINGは、「集める」の意の英語、続く3つの単語は、同意味のドイツ語、フランス語、イタリア語)というカタログは、両面印刷された紙を、厚紙製のホルダーに納めたものですが、既成のABCインデックスが挿入され、「事務」っぽさを醸し出しています。
またドイツの通販会社の名前を使い「SCHEISSLADEN」のタイトルが付けられた1998年のカタログも、やはり両面印刷された紙を、今度はビニール製の3穴バインダー入れたものでした。両カタログともに、テーマを絞ったセレクションではなく、展覧会カタログ、案内状、マルチプル、版画、一次資料などが収録、紹介されています。




この画像を見ていただいて、「あは~ん」と思って頂けた方は、かなりの美術書通だと思います。はい、1994年のカタログは、スイスの伝説的なキュレイター、ハロルド・ゼーマンが1969年に企画した展覧会、「When Attitudes Become Form」のカタログデザインを模したもの。また、小さな蟻でスティーブンのイニシアル、SLを描いた1998年のバインダーの表紙は、1972年に開かれた、やはりゼーマンが企画を担当して「第五回カッセル・ドキュイメンタ」のカタログデザインを「引用」したものだったのです。


今回紹介した3例だけでも、スティーブンが現代美術に関連した印刷物に精通しているだけではく、ユニークな発想とセンスの持ち主であったことを知っていただけたかと思います。彼の手による「作品」的カタログ、是非とも紹介したいものが、手元にあと数冊ありますので、今回のテーマを来月も続けさせていただきます。
(やなぎ まさひこ)
■柳正彦 Masahiko YANAGI
東京都出身。大学卒業後、1981年よりニューヨーク在住。ニュー・スクール・フォー・ソシアル・リサーチ大学院修士課程終了。在学中より、美術・デザイン関係誌への執筆、展覧会企画、コーディネートを行う。1980年代中頃から、クリストとジャンヌ=クロードのスタッフとして「アンブレラ」「包まれたライヒスターク」「ゲート」「オーバー・ザ・リバー」「マスタバ」の準備、実現に深くかかわっている。また二人の日本での展覧会、講演会のコーディネート、メディア対応の窓口も勤めている。
2016年秋、水戸芸術館で開催された「クリストとジャンヌ=クロード アンブレラ 日本=アメリカ合衆国 1984-91」も柳さんがスタッフとして尽力されました。
●柳正彦のエッセイ「アートと本、アートの本、アートな本、の話し」は毎月20日の更新です。
●本日のお勧め作品は倉俣史朗です。
倉俣史朗 Shiro KURAMATA
《インペリアル》(黒)
1981年
キャビネット(木にラッカー塗装)
W35.0×D40.0×H150.0cm
※Memphis Milanoのプレート付き
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
◆「没後30年 倉俣史朗展 今尚色褪せないデザインの革命児」開催中
会期=8月12日~8月22日(無休)
会場=Bunkamura Gallery
●ときの忘れものは2017年に青山から〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。もともと住宅だった阿部勤設計の建物LAS CASASを使って、毎月展覧会(Web展)を開催し、美術書の編集事務所としても活動しています。
WEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>の特集も是非ご覧ください。
ときの忘れものはJR及び南北線の駒込駅南口から徒歩約8分です。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
E-mail:info@tokinowasuremono.com
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。*日・月・祝日は休廊。
驚きの古書カタログ・・・スティーブン・レイバーの「作品」(1)
インターネットは、古本の世界にも大きな変革をもたらしました、長年探し求めていた限定本や展覧会カタログ、稀覯本・・・などなどを、いとも簡単に見つけ出し、入手する機会が飛躍的に増えてきたことは、わざわざこの場で繰り返す必要もないでしょう。しかし、ネットによってコレクターの大きな楽しみの一つが減ってしまったことは、残念な事実です。
大きな楽しみ・・・それは、古書店やオークションハウスからのカタログを受け取り、わくわくしながらページを捲ること。かつては、月に何冊かは日本全国の古書店や古書即売会からカタログや目録が日本の実家に届き、一時帰国した際には、到着日の夜に楽しくそれらを整理したことを覚えています。また、ニューヨークの自宅には、アメリカ各地はもとより、パリ、ロンドン、アムステルダムからも届きました。日本のものも、海外のものも、様式は様々、文字だけのリストのような目録、書影の図版を掲載したもの、あえて活字をつかわず、手書き文字とイラストで構成したもの、1冊の古書に関して、数頁をつかい、多数の図版とともに紹介した書誌研究書のようなものまでありました。
そういった、紙に刷られ、製本された古書目録は、ネットの普及とともに段々と減ってきてしまい、昨今、定期的に受け取るのは神田神保町の二つの古書店のものだけになってしまいました。ロンドンやニューヨークの書店からのカタログは未だに届きますが、主にメールに添付されたPDFファイル。プリントアウトして紙上で楽しむことも可能ですが、上質な紙に印刷され、しっかりと製本されもののページを捲るのとは違います。

受け取った目録、カタログの多くは、数ヶ月から数年のうちに処分してきていますが、充実した内容ゆえに破棄することはできなかったものも少なくありません。そんなわけで、私の書棚の片隅には、古書店の図録のセクションがあり、気分転換をしたいとき、息抜きをしたいときなどには、その中の一冊を取り出して頁を捲ることが少なくありません。この棚に納められているのは、主に海外の古書店のものですが、そのなかでもとてもスペシャルなものを、今回は紹介させて貰います。
サンフランシスコの古書ディーラー、スティーブン・レイバーから届いたカタログ類です。2012年に、まだ50代の若さで世を去ってしまった人物で、元々は弁護士だったのですが趣味が高じて、美術品と美術関連書籍のディーラーになったようです。専門は20世紀後半以降の美術、ヨーロッパではアンフォルメル以降、アメリカでは抽象表現以降の美術になります。この時期にあてはまる、画集や展覧会カタログも多数扱っていましたが、それ以外の印刷物、ポスターや案内状、パンフレットなどの「エファメラ」、日本の古書業界では「紙もの」と呼ばれる品々が得意分野でした。
スティーブンとの出逢いは、彼のカタログを通してでした。ニューヨーク、ソーホーにオフィスをもつ、プライベート・アート・ディーラーの友人が「マサなら、興味があるだろうから・・・差し上げるよ」といって手渡してくれたのは、一つの封筒でした。その中には、ハトロン紙の小さな封筒やジッパー式の小さなビニール袋が多数入っていました。“ART REFE XX” と印字された、それら袋の中には、印刷された紙片、封筒、35ミリのスライド、布片などが入っていたと思います。
「と思います」と書かなくてはならないのは、残念なことに現物が手元にないからです。当時、取引をしていた、東京の美術洋書専門店の方にお貸ししたところ、何と紛失されてしまったのでした。そのため、ここで内容の詳細を紹介することはできませんが・・・ビニール袋に納められたモノの一つが、河原温の絵葉書作品、「I GOT UP」の原寸大の複製だったことは良く覚えています。その他にも、ダニエル・ビュランの展覧会案内の複製などもあったと思います、つまり、商品(書籍、紙もの等)を原寸大で複製し、袋詰めしたカタログだったわけです。
河原やビュラン関連のもの以外にも、かなり珍しいものが収録されていたのだと思いますが、とにもかくにも、こんな手の込んだカタログをつくってしまうスティーブンという人物に大感激してしまったことを忘れられません。
早速、(多分)ファックスで連絡をとりました。すぐに、本やエファメラ、また版画やオリジナル作品を売り買いするようになりました。そして、カタログ送付先のリストにも加えて貰いました。新しいカタログが送られてくると、常にその内容、紹介されている書籍や資料に驚かされ、現代美術の世界、古書の世界、エファメラの世界の奥深さを思い知らされました。
私にとっては、発見の宝庫であり、教科書ともなったスティーブンのカタログですが、その形式とデザイン面でも楽しませて貰えるものでした。カタログのいくつかは、一般的な古書のカタログ同様に、印刷され普通に製本されたものでした、しかし、先に紹介した袋入りのものを初め、いくつかのカタログは、スティーブンの作品とも呼べる造本で仕上げられていました。
例えば1994年にだされた「ART FOR ALL, ASSEMBLING, ZUSAMMENSTELLUNG, ASSEMBLAGE, ASSEMBLAGGIO, 1994」(ASSEMBLINGは、「集める」の意の英語、続く3つの単語は、同意味のドイツ語、フランス語、イタリア語)というカタログは、両面印刷された紙を、厚紙製のホルダーに納めたものですが、既成のABCインデックスが挿入され、「事務」っぽさを醸し出しています。
またドイツの通販会社の名前を使い「SCHEISSLADEN」のタイトルが付けられた1998年のカタログも、やはり両面印刷された紙を、今度はビニール製の3穴バインダー入れたものでした。両カタログともに、テーマを絞ったセレクションではなく、展覧会カタログ、案内状、マルチプル、版画、一次資料などが収録、紹介されています。




この画像を見ていただいて、「あは~ん」と思って頂けた方は、かなりの美術書通だと思います。はい、1994年のカタログは、スイスの伝説的なキュレイター、ハロルド・ゼーマンが1969年に企画した展覧会、「When Attitudes Become Form」のカタログデザインを模したもの。また、小さな蟻でスティーブンのイニシアル、SLを描いた1998年のバインダーの表紙は、1972年に開かれた、やはりゼーマンが企画を担当して「第五回カッセル・ドキュイメンタ」のカタログデザインを「引用」したものだったのです。


今回紹介した3例だけでも、スティーブンが現代美術に関連した印刷物に精通しているだけではく、ユニークな発想とセンスの持ち主であったことを知っていただけたかと思います。彼の手による「作品」的カタログ、是非とも紹介したいものが、手元にあと数冊ありますので、今回のテーマを来月も続けさせていただきます。
(やなぎ まさひこ)
■柳正彦 Masahiko YANAGI
東京都出身。大学卒業後、1981年よりニューヨーク在住。ニュー・スクール・フォー・ソシアル・リサーチ大学院修士課程終了。在学中より、美術・デザイン関係誌への執筆、展覧会企画、コーディネートを行う。1980年代中頃から、クリストとジャンヌ=クロードのスタッフとして「アンブレラ」「包まれたライヒスターク」「ゲート」「オーバー・ザ・リバー」「マスタバ」の準備、実現に深くかかわっている。また二人の日本での展覧会、講演会のコーディネート、メディア対応の窓口も勤めている。
2016年秋、水戸芸術館で開催された「クリストとジャンヌ=クロード アンブレラ 日本=アメリカ合衆国 1984-91」も柳さんがスタッフとして尽力されました。
●柳正彦のエッセイ「アートと本、アートの本、アートな本、の話し」は毎月20日の更新です。
●本日のお勧め作品は倉俣史朗です。
倉俣史朗 Shiro KURAMATA《インペリアル》(黒)
1981年
キャビネット(木にラッカー塗装)
W35.0×D40.0×H150.0cm
※Memphis Milanoのプレート付き
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※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
◆「没後30年 倉俣史朗展 今尚色褪せないデザインの革命児」開催中
会期=8月12日~8月22日(無休)
会場=Bunkamura Gallery
●ときの忘れものは2017年に青山から〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。もともと住宅だった阿部勤設計の建物LAS CASASを使って、毎月展覧会(Web展)を開催し、美術書の編集事務所としても活動しています。
WEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>の特集も是非ご覧ください。
ときの忘れものはJR及び南北線の駒込駅南口から徒歩約8分です。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
E-mail:info@tokinowasuremono.com
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。*日・月・祝日は休廊。
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