瀧口修造と作家たち ― 私のコレクションより ―

清家克久


はじめに
 以前当ブログにおいて「瀧口修造を求めて」と題して12回(2017年3月~2018年2月)の連載をさせていただいたが、瀧口の著作によって取り上げられた作家たちへの興味関心も自ずと高まり、画集や関係書を求め実作品にも触れたいと思うようになっていた。1980年代中頃から様々な場面で眼に止まり、私の乏しい財布の許せる範囲で収集してきたものが二十数点になった。本当にささやかなコレクションにすぎないが、今回それらを皆さんに紹介し、収集の経緯や瀧口修造と作家たちの関りについて述べてみたいと思う。それによって瀧口の美術への幅広く鋭い眼差しの一端を感じていただければ幸いである。

第1回 「瀧口修造のデカルコマニー」

AAA_0949図版1.デカルコマニー
13.3×9.3cm
1960年代作
サイン無

 この作品は1985年に佐谷画廊で開催された「第5回オマージュ瀧口修造展」に出品され、同展カタログに図版が載っている。私はこの展覧会を見に行くことができず、やむなく知人を介して購入することになったが価格は14万円だった。綾子夫人が所有していた作品のごく一部がこの時売りに出たと聞いていたが、そのうちの1点ではないかと思われる。ほとんどは個人に贈られた作品(非売)の展示だったようである。できれば多色のサイン入りが欲しかったが、ずっと高額な値段が付いていたことだろう。それでも初めて瀧口の絵画作品を所有し間近で見ることの喜びは大きかった。

AAA_0939図版2.デカルコマニー
13.3×9.3cm
1971年作
サイン有

 2011年4月に松山の画廊リブ・アートで「西洋古典・近代版画展」が開催され、ギャラリートークの講師として東京からガレリア・グラフィカの栗田玲子さんが来松された。その折に瀧口の作品を探している旨を伝えると早速手配して下さり、40万円で購入した。ある評論家に贈られたもので、作品の右下にSHUZO TAKIGUCHI ‘71のサインと裏面に毛筆で日付と献呈署名がある。元額の裏面に「所有者名・1971年出品」のシールが貼ってあるので新宿のバー「セバスチャン」で展示されたものだろう。1985年の佐谷画廊の展覧会にも出品され、カタログにも載っている。
 栗田さんは1970年に開廊し、瀧口も時々画廊を訪れ食事を共にしたことなどを自著「画廊の扉をあけて」(2000年6月講談社刊)の中で紹介している。


 デカルコマニーは瀧口修造の代名詞と言っても過言ではないだろう。戦前にいち早くアンドレ・ブルトンの「対象の予想されないデカルコマニイについて」(「阿々土第15号」1936年12月刊)を翻訳紹介し、翌年には自らも試作品を「みづゑ」誌上に発表している。

図版3.「対象の予想されないデカルコマニイについて」図版3.「対象の予想されないデカルコマニイについて」
(1936年阿々土第15号より)

図版4,ALBAM SURREALISTE表紙と白の上の千一夜挿画図版4.ALBAM SURREALISTE表紙と白の上の千一夜挿画(1985年第5回オマージュ瀧口修造展カタログより)

 しかし、本格的にデカルコマニーの制作に取り組むのは1962年以降である。早くも、その年の12月には「私の心臓は時を刻む」と題して南画廊でデカルコマニーによる個展を開催している。(この展覧会の出品作全101点は後年富山県立近代美術館に寄贈され、1998年に図録として刊行された。オールカラーで詳細な作品データが付されており、瀧口の本作りへの拘りを反映したような瀟洒でコンパクトな造りとなっている。)

図版5.個展「私の心臓は時を刻む」出品目録(1962年南画廊刊)図版5.個展「私の心臓は時を刻む」出品目録(1962年南画廊刊)

図版6.図録「私の心臓は時を刻む」図版6.図録「私の心臓は時を刻む」(1998年富山県立近代美術館刊)表紙

 その後に瀧口は「百の眼の物語」と題して次のような文章を発表している。「いわゆるデカルコマニーの手法は1936年か7年頃、シュルレアリストのオスカー・ドミンゲスが始めたもので、当時、私たちもこころみた。私と私の妻の「作品」が「みづゑ」のバック・ナンバーに掲載されているはずだし、1937年に刊行された「みづゑ」の別冊ALBUM SURREALISTEの表紙は私が秘かにこころみたものである。実際、こころみたものであった。そして25年目に、こんどは突然やってきた。向こうからである。私が最近やっと自分の線を動かし走らせようとしている矢先きに、この闖入者はまるで私生児のように、おとなしく傲然として、私を見つめているではないか。この偶然性、物質の物理的な偶然性もまた絵画の古い法則に従うことはありうる。むしろ単純に従わせることもできる。まったく従順に。または卑屈に。」(美術手帖1963年2月号より抜粋)
 デカルコマニーは紙と絵具の転写によって出来る「偶然性による影像の瞬間的定着」と言えるが、それは戦前にシュルレアリスムの影響を受けて瀧口が行っていた詩作(後に自ら「詩的実験」と名付けた)と通底している。彼の詩は隔たった言葉同士の衝突によって起きるイメージの火花のような作品に満ちているが、そうした詩作からの長い断絶を経て突然甦ったデカルコマニーの制作は言葉が絵に置き換わったと見ることもできるだろう。その背景には、彼にとって人生の大きな転機となった1958年の欧州旅行の後「ジャーナリスティックな評論を書くことに障害を覚えはじめ」(自筆年譜1959年)てから「線描を走らせる」ようになり(同1960年)、「書くと描くとの境」への自問が生じ(「芸術新潮1961年5月号」)「久しく忘れていたデカルコマニーに没頭する」(自筆年譜1962年)という経緯があったことは見逃せない。
 ともあれ、デカルコマニーはシュルレアリストとしての生涯を全うした瀧口にとって最も相応しい表現方法の一つであったことは間違いないだろう。
せいけ かつひさ

■清家克久 Katsuhisa SEIKE
1950年 愛媛県に生まれる。

・清家克久さんの新連載エッセイ「瀧口修造と作家たち―私のコレクションより―」は毎月23日の更新です。

*画廊亭主敬白
 画廊では建築家・杉山幸一郎さんの初個展を開催しています。まだ三日しか経っていないのですが、いつもは閑散としている(それが自慢の)ときの忘れものが異例の賑わいです。読売新聞(21日朝刊)で大きく報じられたこともあり、半分は初めての方で杉山さんのブログの愛読者も多い。ありがたいことに売れ行きも好調ではるばるスイスから来ていただいた甲斐があります。今日(日曜)と明日(月曜)も開廊していますので(29日まで無休)、どうぞお出かけください。
 さて本日から始まった新連載、四国宇和島にお住まいの清家さんが久しぶりの登場です。清家さんが瀧口修造と周辺の作家たちをコレクションしてきたことはお聴きしていましたが、その詳しい経緯(ものがたり)をぜひ書いて欲しいとお願いしました。もし叶うなら連載(12回を予定)終了後にときの忘れもので清家コレクション展を開催したいですね。どうぞご期待ください。
201806清家、小笹、綿貫2018年6月2日
瀧口修造 宮脇愛子 ca.1960」展
京都・ART OFFICE OZASAにて、
左から清家さん、小笹さん、亭主

前回、連載していただいた「瀧口修造を求めて」全12回目次
第1回/出会いと手探りの収集活動
第2回/マルセル・デュシャン語録
第3回/加納光於アトリエを訪ねて、ほか
第4回/綾子夫人の手紙、ほか
第5回/有楽町・レバンテでの「橄欖忌」ほか
第6回/清家コレクションによる松山・タカシ画廊「滝口修造と画家たち展」
第7回/町立久万美術館「三輪田俊助回顧展」ほか
第8回/宇和島市・薬師神邸「浜田浜雄作品展」ほか
第9回/国立国際美術館「瀧口修造とその周辺」展ほか
第10回/名古屋市美術館「土渕コレクションによる 瀧口修造:オートマティスムの彼岸」展ほか
第11回/横浜美術館「マルセル・デュシャンと20世紀美術」ほか
第12回/小樽の「詩人と美術 瀧口修造のシュルレアリスム」展ほか。
あわせてお読みください。

●本日のお勧めは杉山幸一郎です。
sugiyama-lf36杉山幸一郎 SUGIYAMA Koichiro
“Line & Fill 36”
2020
水彩
21.0×29.7cm
Signed
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※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください

「杉山幸一郎展 スイスのかたち、日本のかたち」を開催しています。
会期=2022年1月20日(木)―1月29日(土) 11:00-19:00 ※会期中無休
出品全作品を1月15日ブログに掲載しました。
展覧会カタログ(テキスト=杉山幸一郎、税込み価格880円、送料250円)。
・アーキテクチャーフォト(architecturephoto.net)に杉山幸一郎展の特別レポートが掲載されました。
・杉山幸一郎のエッセイ総目次と全写真を1月16日ブログに掲載しました。
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スイス・クールに在住する建築家・杉山幸一郎の初個展を開催します。
本展では、建物の表層を抽象化して線や色の面に置き換えて表現しようと試みた水彩ドローイングシリーズ〈Line & Fill〉や、ドローイングを立体化したオブジェクト、また、小さな建築のようで家具としても使える作品群をご覧いただきます。
会期中無休、スイスから帰国した杉山さんは毎日11時~16時まで在廊します。



●ときの忘れものは2017年に青山から〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。もともと住宅だった阿部勤設計の建物LAS CASASを使って、企画展の開催、版画のエディション、美術書の編集等を行なっています。WEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>の特集も是非ご覧ください。
JR及び南北線の駒込駅南口から徒歩約8分です。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 
E-mail:info@tokinowasuremono.com 
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。*日・月・祝日は休廊。