佐藤研吾のエッセイ「大地について―インドから建築を考える―」第61回

空洞群の撮影録

立体物の制作をギリギリまで続け、そしてそれらの記録写真の撮影に取り組んだ。撮影をお願いしたのは写真家のコムラマイさん。コムラさんは、艶かしくそれでいて透き通るようなヒトやモノの肌身を撮る人である。今回制作した立体物はどれも黒い。よく見ると単色の黒ではなく、青か、茶色かが重なり、さらにはその奥の木肌も見透かせる。辺りの光の具合によっても色味は全然違う。正直に言って不思議な色だ。作ったのはもちろん私自身であるが、それらの立体物はどこか自分の手と意識から離れていってしまった感覚もある。そんな自分では捉えきれないモノたちの存在のしかた、立ち振る舞いを写真という媒体に記録するためにはどうすれば良いか、そんなことも考えながらコムラさんに撮影を依頼したのだった。とはいえ、コムラさんには私の活動の大体のことをほぼ毎回撮影してもらっているのだが、今回は特に彼女のレンズを通してどのような肌感が描かれるのか興味もあった。

202202佐藤研吾_1「囲い込むための空洞1-4」クリ、鉄媒染、鉄、2022年

この色はクリ材に鉄媒染液を塗布することで作り出している。その作業の際の色の変化はとても劇的なもので、媒染液を塗ったら2-3分ほどでたちまちに木肌が黒くなっていく。クリ材に含まれるタンニンと鉄イオンとを反応してそうした色を作り出すのだが、実はこの仕組みは、お節の黒豆を煮るのに鉄釘を入れて黒味を増やすとか、ナスの煮浸しを鉄鍋で煮て発色を良くするとか、けっこう日頃の料理でも使っている。自然界でも、神代木という、何万年も土の中に埋もれてしまった木が真っ黒になって出てくる幻のような木材が存在する。これも土中に含まれる鉄分が樹木のタンニンと反応することで生まれる変化のようだ。
鉄とタンニン、そんな自分たちの身の回りに溢れている素材と素材(無機物と有機物)の掛け合わせによって生まれる展開の飛距離に驚き、また自分の制作は助けられた、とも思っている。

202202佐藤研吾_2「囲い込むための空洞1」クリ、鉄媒染、鉄、2022年

身の回りからの展開。身の回りでの展開。これが今回の一連の制作において浮かび上がってきた主題である。なので、家具スケールといえる4つの立体物(「囲い込むための空洞1-4」)の撮影は、埋もれてしまうほどの”生活”の質感を色濃く漂わせつつも、その漂流がほとんど凍りついて停止したかのように、どこか日常の時間から半歩後退りしたくらいの静かな場所を選んだ。(とはいえ、それらの場所は全て自分が暮らす集落の中にある。)

202202佐藤研吾_3

4つの大きめの立体物に加えて、さらに4つの小さめの立体物を作った。これらも全て木の丸太から切り出している。ちょうど木彫の熊くらいの大きさのモノだ。これらももちろん、群体として、群れとして、その造形の在り方を考えて制作をしている。穴の開いた蓋をつけているので簡易な針穴写真機にはなるのだが、実はこれらの立体群はある遠い場所のことを想像しながら作っている。なので、これらは立体の縮減模型でもあるのだ。そして、ある収斂すべき一つの構想が彷徨うように、順番に残していった思考の軌跡でもある。

202202佐藤研吾_4「遠い場所を囲い込むための空洞1-4」クリ、鉄媒染、2022年

そんな遠い場所を想う場所として、撮影地は海のそばを選んだ。私は山口昌男の『文化の両義性』という本が好きで、何度か読み返しているのだが、そこに登場する荒神信仰が念頭にあった。水平線のはるか彼方から何かが訪れる。海はあらゆる幸をもたらす。けれども海は超越的な危機も大地に持って押し寄せてくるかもしれない。海はそんな両義性を持っている。そして海という途方もなく巨大で茫洋な存在は、それを眺める人間たちの日常を律し、外から共同体の輪郭を照らし出す。『文化と両義性』は確かそんな世界が描かれていたと記憶している。

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これらの立体物を作るのとほぼ並行して、すこし大きめのドローイング(作画)も描いていた。木の塊を彫り進める作業はなかなか思い描くような形にはならず、予期せぬ形が生まれ出る瞬間も多々あった。それと同時期に、やはりドローイングにおいても最終的な姿などまるで見えずに彷徨うように鉛筆の線を描き、色を塗っていく時間があった。むしろそんな時間しかなかったかもしれない。迷った線はしばしば何重にも重なり、画面の中でブレて余白を作る。そしてそこを埋めようと顔彩を塗り足していく。顔彩も水に染みて、画面の中を流れるようにまたその線を超えて溢れ出す。そしてその溢れ出した部分にまた鉛筆で輪郭を与え直す。鑿と玄翁を使って木の塊と一生懸命格闘していた立体物の制作の視界の暗さと、迷いながら描き続けたドローイングのその内実は、とてもよく似ていた。

202202佐藤研吾_7「向かい合う空洞」鉛筆、顔彩、2022年(60cm×60cmほど)

202202佐藤研吾_8「空洞が出る」鉛筆、顔彩、2022年(60cm×60cmほど)

202202佐藤研吾_9「空洞で描く」鉛筆、顔彩、2022年(60cm×40cmほど)

all photos by comuramai
さとう けんご

佐藤研吾(さとう けんご)
1989年神奈川県横浜生まれ。2011年東京大学工学部建築学科卒業。2013年早稲田大学大学院建築学専攻修士課程(石山修武研究室)修了。同専攻嘱託研究員を経て、2014年よりスタジオGAYA。2015年よりインドのVadodara Design AcademyのAssistant Professor、および東京大学工学系研究科建築学専攻博士課程在籍。福島・大玉村で藍染の活動をする「歓藍社」所属。インドでデザインワークショップ「In-Field Studio」を主宰。「一般社団法人コロガロウ」設立。

・佐藤研吾のエッセイ「大地について―インドから建築を考える―」は毎月7日の更新です。
ときの忘れものでは「佐藤研吾展 群空洞と囲い」を3月25日(金)~4月3日(日)に開催します。会期中無休です。

●ときの忘れものは2017年に青山から〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。もともと住宅だった阿部勤設計の建物LAS CASASを使って、企画展の開催、版画のエディション、美術書の編集等を行なっています。WEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>の特集も是非ご覧ください。
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