<迷走写真館>一枚の写真に目を凝らす 第110回
(画像をクリックすると拡大します)
相似形の縦長の窓からやわらかな光が注ぎ込んでいる。
おだやかな午後だ。
四人の男たちが赤ん坊を囲んでおしゃべりしている。
彼らの話題はもっぱらこの子に集中している様子だ。
父親は横顔が写っている右の男で、
彼がなにか説明しているのを客人たちは、
笑ったり感心したりしながら聞いている。
飲んでいるのはたぶんコーヒーでなくて紅茶だ。
ティーポットがあり、その蓋の下に茶こしらしいものが覗いている。
テーブルにはマグカップや皿やRITZの大缶なども見えるが、
なによりも存在感を主張しているのは哺乳瓶だろう。
男たちがお茶を飲む横で、赤ん坊はミルクを飲む。
おとなと同等にお茶の席に着いて話題を独り占めしている。
赤ん坊の椅子に注目したい。
ベビーチェアではなくて大人と同じサイズの椅子である。
そこにブランケットを敷いて坐っている。
座面をだいぶ底上げしてあるらしく、両腕がちゃんとテーブルに届いている。
体が横に傾かないように周りの隙間にもブランケットが埋め込まれ、
このなかでいちばん立派なふかふかの椅子ができ上がっているのだ。
そこに落ち着き払って坐っている赤ん坊は、
まるで生き神さまのように威厳たっぷりだ。
「かしこそうだね」「美人になるぞ」「男を泣かすだろうな」
男たちが口々に戯れごとを言っても見向きもしない。
その様子が可笑しくて、客のひとりが思わずカメラを取り上げレンズを向けたが、
赤ん坊はまったく動じない。
手にしたものに夢中になっている。
自分がこの場の主人公であるのをわかっているのだ。
最高の一瞬を逃すまいと力んでいるカメラマンのうしろには、
もうひとりカメラを構える人がいる。
その人は全身を開いてこの場の雰囲気を丸ごと感じ取る。
そしてすべての登場人物を見渡し、静かにシャッターを押す。
半身はこの場に置き、もう半分はカメラの後ろに潜ませて、
これからはじまる長いお話の語り手の役に着いたのだ。
大竹昭子(おおたけあきこ)
●作品情報
クレジット:©Tokuko Ushioda, courtesy of PGI
展示プリント情報:
Printed in 2021
Paper size: 11x14in
Gelatin silver print
Limited edition 5
●作家紹介
潮田登久子(うしおだ とくこ)
東京生まれ。1963年桑沢デザイン研究所写真学科卒業。1966年から1978年まで桑沢デザイン研究所および東京造形大学講師を務める。1975年頃からフリーランスの写真家としての活動を始める。代表作にさまざまな家庭の冷蔵庫を撮影した『冷蔵庫/ICE BOX』、書架に在る書籍を主題とした『本の景色/BIBLIOTHECA』などがある。2018年に土門拳賞、日本写真協会作家賞、東川賞国内作家賞受賞。
●写真集について
『マイハズバンド』潮田登久子
発行:torch press(2022年)
価格:5,500円
仕様:240 x 190 mm/Book 1: 122P、上製本
Book 2:76P、並製本
●写真展について
潮田登久子作品展「マイハズバンド/My Husband」
会期:2022年1月26日(水)~3月12日(土)
会場:PGI(106-0044 東京都港区東麻布2-3-4 TKBビル3F)
時間:11:00~18:00
定休日:日曜日・祝日
●新刊のお知らせ
『見えているパチリ!』
発売日 2022年2月28日
著者 畠山直哉、大竹昭子
判型 文庫版(w105×h148mm)、並製、カバー無し
表紙 NTラシャ 130kg
頁数 85ページ
発行所 カタリココ文庫
編集協力 大野陽子、大林えり子(ポポタム)
装幀 横山 雄+大橋悠治(BOOTLEG)
装画・写真 畠山直哉
定価 1100円(税込価格)
カタリココ文庫8号は、写真家・畠山直哉と文筆家・大竹昭子による『見えている パチリ!』をお届けいたします。
畠山直哉は陸前高田にあった実家が東日本大震災の大津波で流され、母を亡くして以来、故郷に通って撮影してきました。しかし、パンデミックという「新たな出来事」がそれに重なり、帰郷がままならなくなります。
ふるさとが遠のいていくような不安、自分の言動に慎重にならざるを得ないような風潮、倫理観に縛られて直感的に行動できなくなっている状況、結果を性急に求めすぎる傾向……。シームレスにつながっていく彼の懸念は、私たちが日々感じながらも深くは考えない事柄を明らかにします。
かつて畠山と大竹は大震災の直後に数回にわたって対話を行ない『出来事と写真』(赤々舎)を出しました。本書はその続編とも言えるもので、ふたりが本書のために新たにおこなった対談と、畠山のエッセイ「心の陸前高田」(初出『新潮』2021年4月号)が収録されています。私たちが日々抱いているもやもやした感情に光を当て、考えを深めるきっかけを与えてくれる一冊となることを願っています!
ご購入はこちら→https://katarikoko.stores.jp/
~~~~~~~
●本日のお勧めは大竹昭子です。
大竹昭子 Akiko OTAKE
《ミラノ/須賀の義父が勤めていた信号所》
2000年撮影(2002年プリント)
Type-Cプリント
35.5×43.0cm
Ed.1
サインあり
作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
●ときの忘れものは2017年に青山から〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。阿部勤が設計した個人住宅だった空間で企画展の開催、版画のエディション、美術書の編集等を行なっています(WEBマガジン コラージ2017年12月号18~24頁の特集参照)。
JR及び南北線の駒込駅南口から徒歩約8分です。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
E-mail:info@tokinowasuremono.com
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。*日・月・祝日は休廊
(画像をクリックすると拡大します)相似形の縦長の窓からやわらかな光が注ぎ込んでいる。
おだやかな午後だ。
四人の男たちが赤ん坊を囲んでおしゃべりしている。
彼らの話題はもっぱらこの子に集中している様子だ。
父親は横顔が写っている右の男で、
彼がなにか説明しているのを客人たちは、
笑ったり感心したりしながら聞いている。
飲んでいるのはたぶんコーヒーでなくて紅茶だ。
ティーポットがあり、その蓋の下に茶こしらしいものが覗いている。
テーブルにはマグカップや皿やRITZの大缶なども見えるが、
なによりも存在感を主張しているのは哺乳瓶だろう。
男たちがお茶を飲む横で、赤ん坊はミルクを飲む。
おとなと同等にお茶の席に着いて話題を独り占めしている。
赤ん坊の椅子に注目したい。
ベビーチェアではなくて大人と同じサイズの椅子である。
そこにブランケットを敷いて坐っている。
座面をだいぶ底上げしてあるらしく、両腕がちゃんとテーブルに届いている。
体が横に傾かないように周りの隙間にもブランケットが埋め込まれ、
このなかでいちばん立派なふかふかの椅子ができ上がっているのだ。
そこに落ち着き払って坐っている赤ん坊は、
まるで生き神さまのように威厳たっぷりだ。
「かしこそうだね」「美人になるぞ」「男を泣かすだろうな」
男たちが口々に戯れごとを言っても見向きもしない。
その様子が可笑しくて、客のひとりが思わずカメラを取り上げレンズを向けたが、
赤ん坊はまったく動じない。
手にしたものに夢中になっている。
自分がこの場の主人公であるのをわかっているのだ。
最高の一瞬を逃すまいと力んでいるカメラマンのうしろには、
もうひとりカメラを構える人がいる。
その人は全身を開いてこの場の雰囲気を丸ごと感じ取る。
そしてすべての登場人物を見渡し、静かにシャッターを押す。
半身はこの場に置き、もう半分はカメラの後ろに潜ませて、
これからはじまる長いお話の語り手の役に着いたのだ。
大竹昭子(おおたけあきこ)
●作品情報
クレジット:©Tokuko Ushioda, courtesy of PGI
展示プリント情報:
Printed in 2021
Paper size: 11x14in
Gelatin silver print
Limited edition 5
●作家紹介
潮田登久子(うしおだ とくこ)
東京生まれ。1963年桑沢デザイン研究所写真学科卒業。1966年から1978年まで桑沢デザイン研究所および東京造形大学講師を務める。1975年頃からフリーランスの写真家としての活動を始める。代表作にさまざまな家庭の冷蔵庫を撮影した『冷蔵庫/ICE BOX』、書架に在る書籍を主題とした『本の景色/BIBLIOTHECA』などがある。2018年に土門拳賞、日本写真協会作家賞、東川賞国内作家賞受賞。
●写真集について
『マイハズバンド』潮田登久子発行:torch press(2022年)
価格:5,500円
仕様:240 x 190 mm/Book 1: 122P、上製本
Book 2:76P、並製本
●写真展について
潮田登久子作品展「マイハズバンド/My Husband」会期:2022年1月26日(水)~3月12日(土)
会場:PGI(106-0044 東京都港区東麻布2-3-4 TKBビル3F)
時間:11:00~18:00
定休日:日曜日・祝日
●新刊のお知らせ
『見えているパチリ!』発売日 2022年2月28日
著者 畠山直哉、大竹昭子
判型 文庫版(w105×h148mm)、並製、カバー無し
表紙 NTラシャ 130kg
頁数 85ページ
発行所 カタリココ文庫
編集協力 大野陽子、大林えり子(ポポタム)
装幀 横山 雄+大橋悠治(BOOTLEG)
装画・写真 畠山直哉
定価 1100円(税込価格)
カタリココ文庫8号は、写真家・畠山直哉と文筆家・大竹昭子による『見えている パチリ!』をお届けいたします。
畠山直哉は陸前高田にあった実家が東日本大震災の大津波で流され、母を亡くして以来、故郷に通って撮影してきました。しかし、パンデミックという「新たな出来事」がそれに重なり、帰郷がままならなくなります。
ふるさとが遠のいていくような不安、自分の言動に慎重にならざるを得ないような風潮、倫理観に縛られて直感的に行動できなくなっている状況、結果を性急に求めすぎる傾向……。シームレスにつながっていく彼の懸念は、私たちが日々感じながらも深くは考えない事柄を明らかにします。
かつて畠山と大竹は大震災の直後に数回にわたって対話を行ない『出来事と写真』(赤々舎)を出しました。本書はその続編とも言えるもので、ふたりが本書のために新たにおこなった対談と、畠山のエッセイ「心の陸前高田」(初出『新潮』2021年4月号)が収録されています。私たちが日々抱いているもやもやした感情に光を当て、考えを深めるきっかけを与えてくれる一冊となることを願っています!
ご購入はこちら→https://katarikoko.stores.jp/
~~~~~~~
●本日のお勧めは大竹昭子です。
大竹昭子 Akiko OTAKE《ミラノ/須賀の義父が勤めていた信号所》
2000年撮影(2002年プリント)
Type-Cプリント
35.5×43.0cm
Ed.1
サインあり
作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
●ときの忘れものは2017年に青山から〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。阿部勤が設計した個人住宅だった空間で企画展の開催、版画のエディション、美術書の編集等を行なっています(WEBマガジン コラージ2017年12月号18~24頁の特集参照)。
JR及び南北線の駒込駅南口から徒歩約8分です。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
E-mail:info@tokinowasuremono.com
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。*日・月・祝日は休廊
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