リレーエッセイ「伊藤公象の世界」

第6回 伊藤公象


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 アトリエに隣接した屋外に「土捨て場」と言っている、約、立、横、深さ約1メートル50センチの畑地を掘った穴場がある。1972年から始めた陶造形の仕事で、制作上余った陶磁土や、屑土、永く使わなかった乾燥したものを「捨てる」のではなく「溜める」場でもある。普通陶芸では、ろくろ仕事などで余った土をまだ柔らかなうちに練り直して再利用するのだが、陶造形のインスタレーションでは大量の土を使うから、どうしても土の切れ端が多く出る。その普段何気なく使っている陶磁土だが、硬くなった残土を柔らかくするのは実は大変なことなのだ。原土や原石を砕き、不純物を取り除き水に溶かす「すいひ」作業がある。そして沈殿した泥漿(泥土)から適当な水分を取り除き、土練機にかけて精製粘土にする。そのような精製過程はそれなりの設備がいるから、個人の力では、制作で余って硬くなった陶磁土を元に戻すには無理があるのだ。いまは陶産地の組合や、陶芸材料を扱う会社から、日本全国、一部世界の陶芸地から電話で好みの陶磁土を取り寄せられるが、それでも真空土練機で土中の空気を抜く作業が必要になる。あるいは手揉みで。

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 そんな実情から「土捨て場」を思いついた。捨てるのではなく「溜めておく」のだ。数年間で大きな「土捨て場」はほぼ山積みに堆積した。そして冬場の夜間には凍る。日中は陽光などで温度が上がるから融ける。「土捨て場」の奥深くまで凍結と溶解が繰り返される。また、捨てる陶磁土も多種多様だから凍結と融解で異なる土屑は混ざり合い、自然な大地に返る様でもある。

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 1983年のある日、電話がかかってきた。美術評論家、谷新氏からで、「来年のヴェネチアビエンナーレに出品推薦したいのだが、受けてくれますか ?」と。一瞬絶句、どう即答したかは覚えていないが受けない訳は無い。ヴェネチアビエンナーレに選ばれたのだ。そして咄嗟にひらめいたのは「土捨て場」の凍土だった。スコップで掘り起こした凍土の塊りは、塊りの中まで凍結し、それが溶けて伱間が出来ているので、高温焼成でも破損することはない。日本館の会場の床に46平方メートルに焼凍土を敷き詰める計画を立てた。土が起き上がり昇華する「起土」と題した。エロス(生成)を意図した「起土」「焼凍土」の誕生だった。

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 それ以前から「焼凍土」の実験や試作を続けていた。あるとき泥漿を凍らせたらと思い、妻に相談し冷蔵庫の冷凍室でテストしてみた。翌朝見事に凍結晶文様が表れている。それで業務用の冷凍庫を買い入れた。それにしても自然の営みの不思議さに驚かされる。異なる陶磁土や、水分の強弱、冷凍庫内の温度差など人為的な作業には手を貸すが、同じ条件下でも結晶紋様は違いを見せる。同じ相をしているが、ひとつ一つに差異がある。人や生物などと同じで、有機的な証ともいえる。作品写真の部分でも見られるが、強い結晶紋様が大きく延びるその下をかい潜る様にして少し弱い結晶文様が現れる。あるいは、先にできた弱い結晶紋様を覆いかぶさるような見方も出来よう。そしてまたあちこちから別の紋様が現れる。政治、経済、社会的仕組みを意味する見方もできる。また、凍結作用が生命奪う無機的でありながら、その結晶紋様が何か有機的でもある。なにか植物か鳥の羽など生命を持つもののようにも見える。かつて宇宙の木星の第3衛星ガニメデの写真が公開された折に、同じような働きの形跡を見て驚いたことがある。神秘的と言える泥漿の凍結晶、いま惑星ソラリスに想いを馳せている。

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いとう こうしょう

■伊藤公象(いとう こうしょう)
1932年石川県金沢市出身。1972年笠間市に「現・伊藤アトリエ」を伊藤知香と設立。
現・金沢美術工芸大学名誉客員教授。1970年女子美術大学及び同大学院教授。
2002年金沢美術工工芸大学大学院専任教授を歴任。
国内外で美術館、画廊の個展、グループの企画展で土を焼く造形作品を多数発表。
北関東美術展(大賞)、インド・トリエンナーレ(ゴールドメダル)、ヴェネチア・ビエンナーレ(日本代表出品)、セブン・アーチシツ・今日の日本美術展(アメリカ、メキシコ、日本巡回)、「土の地平・伊藤公象展」(富山県近代美術館)、「アート・生態系」(宇都宮美術館)、「森に生きるかたち」展(箱根・彫刻の森美術館)、「VIRS 伊藤公象展(英国立テート・セント・アイブス)、「土ー大地のちから」展(群馬県県立館林美術館)、「JEWEL・襞」展(金沢美術工芸大学ギャラリー)、伊藤公象(WORKS1974~2009) 茨城県陶芸館・東京都現代美術館巡回、「地表の襞」個展(入善町下山芸術の森美術館)、1974年ー戦後日本美術の転換展(群馬県立近代美術館)、「茨城県北芸術祭」、新潟市・「水と土の芸術祭」、「土の襞」個展 ARTS ISOZAKI , 「ソラリスの海《回帰記憶》のなかで」 (ARTS ISOZAKI)個展。

伊藤公象小泉晋弥堀江ゆうこの三人によるリレーエッセイ「伊藤公象の世界」は、2022年9月までの一年間、毎月8日に掲載します。

●ときの忘れものは2017年に青山から〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。阿部勤が設計した個人住宅だった空間で企画展の開催、版画のエディション、美術書の編集等を行なっています(WEBマガジン コラージ2017年12月号18~24頁の特集参照)。
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