<迷走写真館~一枚の写真に目を凝らす>第112回

CT_Today Tokyo_P059(画像をクリックすると
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桜の季節である。
地面に花びらが散っていて、上の方には花のついた枝も見える。
桜の木は土手に植わっており、その下には並行して道が通っている。

男三人、女一人、合計四人が土手に立っている。
女性はベンチに身を傾け、片手を伸ばし、顔だけを横に向けており、
声をかけられて、やろうとしたことの手を止めて振り返ったようなポーズだ。

土手下の電柱のところには、眼鏡をかけた男性と子供が立っている。
その子は手を振っているかように腕を前に伸ばし、
口は開いてだれかに呼びかけているような表情。

ということは、女性が振り向いたのはこの子供の声に対してだろうか。
この子はさっきまで三人でベンチにいて、ひと足先に父親と共に土手を降り、
「早く来て!」と母親にむかって叫んだのだろうか。

ところが、その想像をベンチの上に載っているものがぐらつかせる。
ハンドバッグと瓶入りのコカ・コーラが一本。
その横には折り畳んだ新聞紙と、袋菓子のようなものが見えている。

この三つが織りなす雰囲気は、どうも子供連れ夫婦にはなじまない。
畳まれた新聞はお尻に敷くため、というより読むためという感じがしてならないし、
一口しか飲まれていないコーラにも大人の空気が漂う。

土手の上には子供のほうに顔を向けている人がもうひとりいる。
眼鏡をかけた男性が腰に手をやり、右足を踏み込むような格好でそちらを見下ろしているのだ。
この人は、子供を連れている男性と年格好も雰囲気も近い。
距離も、ベンチの女性より近い。
子供はこの男性に呼びかけているという可能性もあるだろうか?

土手には別に男性がふたりいて、立ち話をしている。
いや、たまたま顔がむきあったときにシャッターが降りたのかもしれないが、
仲間なのはたしかで、男性三人がひとつのグループなのかもしれない。
会社のランチタイムに「ちょっと花見をしようぜ」と一人がいい、土手にやってきた。
彼らの手ぶらでカジュアルな雰囲気はそう考えると納得できる。

となると、ベンチの女性は子連れの男性の家族である、
という最初の想像にもどるべきなのか?

あるいは、こう考えることも出来るかもしれない。

子供が満開の桜を見て思わず声を上げた。
その声が幼児特有の奇声に近いような甲高い声で、
女性のみならず、半袖シャツの男もふいを衝かれてそちらを見てしまったのだ。

よく見れば、電柱の後ろ側には子連れの人影がもうひと組いる。
子供は自転車に乗っており、男性がハンドルの一方を握っている。

つまりこの写真には子供の姿がふたつ写っているのだ。
しかもどちらも柱の近辺に集まっている。

そのことに気が付くと、
奇声を発した場面がよりリアリティーを帯びて感じられてくるのだ。

大竹昭子(おおたけあきこ)

作品情報
田中長徳「Today Tokyo」
1966 cChotoku Tanaka, courtesy of Zen Foto Gallery、
ゼラチン・シルバー・プリント
8x10インチ

作家紹介
田中長徳 (たなか ちょうとく)
1947年東京生まれ。日本大学藝術学部写真学科卒業。在学中より作品を雑誌やギャラリーで発表し、卒業後はウィーン、ニューヨーク、プラハに滞在して写真家として活動。カメラに対する造詣も深く、現在も専門誌へ多数執筆している。主な著書に『ウィーン・ニューヨーク・新潟』 (1991 新潟放送/1997 アルファベータ)、『Wien monochrome 70’s』 (2005 東京キララ社)、『Panoramic Photography Europe 1975』(2020 Zen Foto Gallery)など多数。

写真集について
田中長徳 写真集『Today Tokyo』
ZFG_Today Tokyo_Cover_0330判型:200 × 200 mm|頁数:132頁|掲載作品:115点|
製本:ハードカバー|定価:4,500円 (税込)|2022年刊行|
お問い合せ:禅フォトギャラリー、shashasha


展覧会のお知らせ
田中長徳 写真展「Today Tokyo」
会期:2022年4月28日 [木] -5月28日 [土] *日・月・祝日休廊
会場:禅フォトギャラリー ZEN FOTO GALLERY
禅フォトギャラリーは、4月28日から5月28日まで田中長徳写真集『Today Tokyo』の刊行に合わせ展覧会を開催いたします。小学生の時に初めて一眼レフカメラを手にした田中長徳にとって、高度経済成長期に入りエポックメイキングな出来事が続く1960年代から1970年代の東京は格好の被写体でした。日常と非日常、光と影という相反する顔を持つ東京の街を田中は独自の視点で軽快に切り取っています。今回禅フォトギャラリーより刊行する写真集から選りすぐりの作品を約30点展示いたしますので、ぜひご高覧ください。

私が東京をテーマとして認識できるようになったのは、1964年の東京オリンピックの時だった。東京が初めて極東の敗戦国の首都ではなくて、極東の活発な都会として認識されたきっかけが1964年だった。その時私はニコンとライカを手にして東京の撮影を開始した。この写真集に収録されているのは私が撮影した半世紀の時間軸のごく初期の、つまり1960年代から70年代初めの写真からセレクトした。―田中長徳
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●大竹昭子さんの連載エッセイ「迷走写真館~一枚の写真に目を凝らす」は毎月1日の更新です。