
奈良原一高「澁澤龍彦オマージュ/スター・レクイエムーシブサハ(1) 天界の温度…」
1995年
ゼラチンシルバープリント
イメージサイズ:33.0×22.0cm/シートサイズ:35.5×28.0cm
Ed.4
*奈良原一高が澁澤龍彦の遺品をオマージュした〈スター・レクイエムーシブサハ〉(限定4部、7点セット)は「銀塩写真の魅力 Ⅷ展」に出品展示しています。
澁澤龍彦オマージュ〈スター・レクイエムーシブサハ〉(1) 天界の温度…
1995年
ゼラチンシルバープリント
イメージサイズ:33.0×22.0cm/シートサイズ:35.5×28.0cm
Ed.4
澁澤龍彦オマージュ〈スター・レクイエムーシブサハ〉(2) プレアデス星団の彼方に何が見えますか…
1995年
ゼラチンシルバープリント
イメージサイズ:33.0×22.0cm/シートサイズ:35.5×28.0cm
Ed.4
澁澤龍彦オマージュ〈スター・レクイエムーシブサハ〉(3) アルデバランの幾何学…
1995年
ゼラチンシルバープリント
イメージサイズ:33.0×22.0cm/シートサイズ:35.5×28.0cm
Ed.4
Signed
澁澤龍彦オマージュ〈スター・レクイエムーシブサハ〉(4) スバル風…
1995年
ゼラチンシルバープリント
イメージサイズ:22.0×33.0cm/シートサイズ:28.0×35.5cm
Ed.4
Signed
澁澤龍彦オマージュ〈スター・レクイエムーシブサハ〉(5) ヒヤデス星団の香り…
1995年
ゼラチンシルバープリント
イメージサイズ:33.0×22.0cm/シートサイズ:35.5×28.0cm
Ed.4
澁澤龍彦オマージュ〈スター・レクイエムーシブサハ〉(6) サド侯爵に逢いましたか…
1995年
ゼラチンシルバープリント
イメージサイズ:33.0×22.0cm/シートサイズ:35.5×28.0cm
Ed.4
Signed

澁澤龍彦オマージュ〈スター・レクイエムーシブサハ〉
(7) ユニコーン(一角獣)の乗り心地は…
1995年
ゼラチンシルバープリント
イメージサイズ:33.0×22.0cm/シートサイズ:35.5×28.0cm
Ed.4
「スター・レクイエム シブサハ」への道
奈良原一高
北鎌倉の駅を降りると、風が薫ってきた。こぶしの花が美しい。線路づたいの道を歩いていくと、左手に円覚寺の杉木立が見える。龍子夫人が電話で告げた通りである。まあ、これで間違いないな、と一安心。次は「おしるこ屋」が目印である。そこも無事に曲がり、白い澁澤邸に到着した。玄関へと続く石段を上がるとき、うぐいすが一声鳴いた。4月2日の良き日のことである。
応接間に通されて座ると、眼の前の窓から見える電線の上を大柄な栗鼠が何匹もぴょんぴょん跳ねて渡っていく。まるで空中サーカスの芸人の動きを見るようで面白い。庭先に置かれた白い椅子やテーブルの上も栗鼠の踊り場と化している。“台湾リスがとても増えたんですよ”“でも、山奥に居るようでいいじゃないですか”と暫らく僕達は栗鼠の動きに見惚れていた。陽射しが実に気持ちがいい。ああ、春だなあとしみじみ思う。
庭の片隅に「ウチャの墓」が佇んでいる。澁澤家に10年ほども住んでいた、未知のファンの贈り物の兎だとのこと。澁澤氏と龍子夫人の間を白い兎が行き来している様を想像すると何となく童画のように微笑ましい。澁澤龍彦とウチャ...... イメージとしては結びつき難いが、隠された優しさを感じさせる。僕はふとバー・ドン・キホーテの夜を思い出した。その頃、池田満寿夫は初めての小説「エーゲ海に捧ぐ」を書いたばかりで芥川賞の候補にノミネイトされていた。彼は酔いにまかせてしきりに澁澤氏に俺の小説を読んだか読んだかと連呼して、迫っていた。この時の澁澤氏の対応は印象的だった。“君ぃ、小説家というものは、書いた後はひっそりとしているものだよ。そのうち誰かがその作品についてぽつりぽつりと語りだすのを、待っているものだよ。君みたいに騒ぐ人は珍しい。僕は読まないけれど、一票入れておくよ。”その時みせた彼の笑顔の、厳しさを友情で包み込んだ優しさが今も忘れられない。
いつも無邪気にふるまう満寿夫と、ちょっとしたスタンスをおいて見守る龍彦、この二人は好対照だった。それにしても、僕が不思議でならないのは、酒を飲むと彼が軍歌を歌うことだった。左門町にある池田夫妻の家で飲んでいたときに“ここはお国の何百里、離れて遠き満州の......”と歌いだし、あの長い「戦友」の歌を延々と最後まで歌い続けた時には、あきれた気持ちを通り越して、よく覚えているものだと感心してしまった。少年時代を第二次世界大戦の中で過ごした僕達の世代には軍歌アレルギーというようなものがあるのだが、澁澤氏の体内ではそれは背徳と死の響きとして鳴り響いていたのだろうか。
顧みると、澁澤氏と会うときは何時も誰か身近な友達を介してであったことに気づく。このことはマルキ・ド・サドやマンディアルグなどの紹介者や翻訳者としても親しまれていた彼の在り方を暗示しているようでもあった。土方巽や堀内誠一や池田満寿夫の彼方からパイプをくわえて彼は姿を現すのだった。彼を撮影したのも堀内誠ちゃんからの電話でだった。今は昔語りとなってしまった雑誌「血と薔薇」創刊号(1968年)を飾った「サルダナパールの死」である。男の死をテーマとしたこの企画で、バイロンやロマン派のドラクロアが描いたことのある、古代アッシリアの暴君「サルダナパールの死」はいかにも彼にふさわしい。青山の裏手にあるこじんまりしたスタジオで夜中に撮影した。何しろむちゃくちゃに忙しかった時代だった。李礼仙さんが友情出演して、四谷シモン氏が何かと手伝ってくれた。今と違って当時は小道具を求めるのが難しく、インド旅行などで買い集めた僕の持ち物を総動員して何とか雰囲気を盛りたてようとした。何時もは光源にストロボを使っていた僕も、この時は光が回ってしまうのを嫌って、タングステン・ライトを幾つもこまめにあてて撮影した。カメラも大型の4×5インチ判をがっちりと据えた。このようないささかクラシックな手法はすべて僕が抱いたイメージから来るものだった。氏にふさわしく逆さ吊りの裸女を画面に入れたくて、敢えてその初体験を試みたのだが、その女体の意外な重さに唖然としたのを記憶している。60年代の終わりは、まだ日本が完全に高度成長化する前夜で、70年代に専門分業化する以前の、手作りの雰囲気がその画面に残っているのが懐かしい。
その夜から25年たった今、もはや亡きその主人公に捧げる作品を作るために僕は北鎌倉の自宅を訪れたのだった。星の光跡と重ね合わせる氏の遺品を幾つか借りたいと思ったのである。「スター・レクイエム」、このシリーズは主人公が生まれた星座の天体写真と融合して作る。澁澤氏の誕生日は5月8日なので牡牛座。牡牛の右目はオレンジ色に輝く主星アルデバラン、その背中にはスバル(プレアデス星団)の七つの星々。王女エウロペと白い牡牛の伝説はヨーロッパ大陸の名とクレタ島のミノス王の物語に引き継がれた。古代バビロニア時代に誕生したこの古典的星座ほど彼にふさわしい星はない。僕はこの星座の写真を正月元旦から5日にかけて山中湖の丘の上にある僕のカノープス山荘で撮影していた。そして、龍子夫人の御好意によって貸していただいた遺品の数々を、暗室の赤い光の中で天空に向けて投影し、対話し続けた日々。やがてその宇宙的時間帯から7つの作品が生まれた。
「スター・レクイエムーシブサハ」である。各々の写真には秘かにメモの言葉が残されている。
1)天界の温度...
2)プレアデス星団の彼方に何が見えますか.....
3)アルデバランの幾何学...
4)スバルの風
5)ヒヤデス星団の香り...
6)サド侯爵に逢いましたか...
7)ユニコーン(一角獣)の乗り心地は...
*『澁澤龍彦 画廊』(日動出版 1995年6月14日発行)より転載
奈良原一高(1931年11月3日 - 2020年1月19日)
1931年福岡県生まれ(2020年没)。検事であった父親の転勤に伴い、国内各地で青春期を過ごす。1946年に写真の撮影を始め、芸術や文学などにも関心を寄せる。1954年に中央大学法学部を卒業後、早稲田大学大学院芸術(美術史)専攻修士課程に入学。1955年には池田満寿夫、靉嘔ら新鋭画家のグループ「実在者」に参加。池田龍雄や河原温といった芸術家や瀧口修造らとも交流を深める。同時に、東松照明、細江英公らとも知り合い、1959年には彼らとともにセルフ・エージェンシー「VIVO」を設立(1961年解散)。その後も、パリ(1962-65年)、ニューヨーク(1970-74年)と拠点を移しながら世界各地を取材。多数の展覧会を開催する傍ら写真集も数多く出版し、国際的にも高い評価を受ける。主な個展に「人間の土地」松島ギャラリー(東京、1956年)、 「Ikko Narahara」ヨーロッパ写真美術館(パリ、2002-2003年)、「時空の鏡:シンクロニシティ」東京都写真美術館(2004年)など。主な受賞に日本写真批評家協会新人賞(1958年)、芸術選奨文部科学大臣賞(1968年)、毎日芸術賞(1968年)、日本写真協会年度賞(1986年)、紫綬褒章(1996年)など。
●4月9日より5月8日まで開催されたkyotagraphie のトークショー
がYouTube にアップされました。
奈良原一高が東松照明、細江英公、川田喜久治、佐藤明、丹野章らとともに1959年に設立した写真のセルフ・エージェンシー「VIVO」において、暗室でプリント制作を担当した桜井秀氏と奈良原一高アーカイブズ代表の新美虎夫氏が対談。
VIVO時代の奈良原一高との貴重な思い出やVIVOを中心に当時の写真界を取り巻く状況について対談。
対談「奈良原一高とVIVOの時代」
https://youtu.be/Et88hVLPtMU
対談「奈良原一高アーカイブズと奈良原一高作品 ジャパネスク〈禅〉について」
https://youtu.be/f0jrivTXogE
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