大竹昭子のエッセイ「迷走写真館~一枚の写真に目を凝らす」第121回

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豪快な飲みっぷりである。
サイズの小さいものならまだしも、サッポロの大瓶をラッパ飲みしている。
片手で飲むにはボトルが重すぎないかと気になるが、うっとりした表情で目を閉じている。

撮影者との距離がいやに近い。
まわりに人がたくさんいて接近せざるを得ないのだろう。
ほかの人たちは体を横にして画面の右方向に視線を向けているが、
ビール女と撮影者だけがそちらを見ずに互いに向き合っている。
ふたりは知りあいなのだろうか。

彼女はビール瓶を持っている腕に棒切れのようなものを挟んでいる。
なにかの道具だとしても使い道がまったく想像がつかない
結構な長さがあり、それを腕にはさんだまま、大瓶をラッパ飲みする、
という行為を軽々とこなしてしまうほど彼女はいま高揚した気分なのだ。

もう一方の手には葉のついた小枝を握っている。
彼女の意識の大部分はビール瓶を持った手のほうにいっているが、
この小枝のことも忘れてはいない。
ピンと立っているさまがそれを物語っている。
薬指に指輪をはめているので既婚者かもしれないが、
小枝の存在にはそこはかとなく童心のようなものが漂い、
彼女の大胆なふるまいに愛らしさを添えている。

背後に若い女性がいて、カメラに気づいているような表情をしている。
彼女の連れらしいマフラーの男は鼻から下だけが写っているが、
彼も白い歯を見せて笑っている。
ということは、ふたりはビール女と撮影者の存在に気付いているのかもしれない。
カメラに兆発されてふだんしない大胆不敵な行為をしている中年女。
愉快そうにその姿にシャッターを切るカメラマン。

驚くことに、こんなにも人と人がくっつき合った密な状態だというのに、
たばこを吸っている人がいる。
画面の左下にもたばこの挟まれた指が写っている。
この狭い範囲に二人もいるということは、ぜんたいを見まわしたら相当な数になるだろう。
そのことだけで、この写真が現代に撮られたものでないことがわかってしまう。

大竹昭子(おおたけ あきこ)

作品情報
書籍『秩父風景』所収作品

■田中昭史 略歴
1948 年 埼玉県秩父市生まれ
1971 年 信州大学工学部卒業
1976 年 東京綜合写真専門学校卒業
2000~2008年 TPOフォトスクールナビゲーター・講師
2001~2017年 武蔵野美術大学映像学科非常勤講師

写真集について
大竹昭子_121_230801_書影
田中昭史『秩父風景』
2023年4月発行
4,200円+税
上製本/写真113点
サイズ 238×248×19mm

・大竹昭子のエッセイ「迷走写真館~一枚の写真に目を凝らす」は隔月・偶数月1日の更新です。次回は10月1日掲載です。

大竹昭子の新刊『私、写真を放棄することは、全く不可能です』(カタリココ文庫12号)が発売中です
私、写真を放棄することは・書影
本書は、大竹昭子が著作『眼の狩人』のなかの「記憶喪失を生きる神話の人」と「中平卓馬の沖縄撮影行」、および前掲書の増補版として出した『彼らが写真を手にした切実さを』に収録した「中平卓馬の写真家覚悟」の三つの原稿に加筆し、再構成したものです。
記憶喪失を患って以降、中平は大きな生の不安を抱えており、写真と関わることでその不安を乗り越えました。ひとりの人間と写真の切実な関係を感じとっていただければさいわいです(大竹昭子)。

発行日 2023年7月15日
著者  大竹昭子
頁数 80ページ  
定価 1100円(税込価格)
発行所 カタリココ文庫
編集協力 綾女欣伸 大林えり子(ポポタム) 大西香織
装幀+組版 横山 雄
表紙写真 大竹昭子
本文写真 中平卓馬