大竹昭子のエッセイ「迷走写真館~一枚の写真に目を凝らす」第123回

橋のたもとに三人の男が立っている。
下には川が流れていて、なにか浮かんでいるが、船よりはひらたく見えるので艀かもしれない。
空模様は快晴ではないけれど、曇ってもいない。
真ん中の男がカーディガンに袖を通さず肩にはおっているから、半袖ではちょっと涼しかなと思うくらいの気温だろう。
カーディガンの男の視線は川面に注がれている。
なにか気になるものを見つめているようだ。
恰幅がよく、ワイシャツの襟にも糊が利いているし、生活には困っていないだろう。
その反対に、いちばん低い位置にいる男は無精ヒゲを生やし、髪の毛はくしゃくしゃで、服も薄汚れて彼とは対極にある。
褐色の肌だが、眼の色はブルーかもしれず、
遠くを見つめているようでいて、頭のなかにはそれとは別のことが渦まいている。
思い詰めているという言葉が似合うだろう。
いちばん左にいる黒人の男はふたりよりはずっと若く、
ひょっとすると高校生くらいかもしれない。
彼は手元にあるものを凝視している。
布地のようなものが腕の下からはみだしているが、なになのかは想像つかない。
眉間に意識を集中させた緊迫感のある顔つきが気になる。
要するにだれの表情も開放されていないし、明るくもない。
心のなかに取ろうとして取れない小石が転がっているかのように、
鬱屈した意識状態にいる。
この橋がそういう人を引き寄せるのか?
そんなことはとないだろう。
この三人はたまたま橋のたもとにいただけで、
ほかの人の気分には関知せず、互いの存在すら目にすら入っていない。
ところが、ひとつのフレームに入れられたために、彼らに関係が生じてしまった。
もしここに四人目が現われたら、この緊張は緩むように思う。
ということは、三という数の仕業かもしれない。
橋の壁には三文字の落書きがある。
右ふたつははっきりと「0」と「S」だとわかる。
いちばん左は判然としない。
なのに、目はなぜだか「S」と認識してしまう。
つづけて読むと「SOS」!
もうひとつ気になるのは、カーディガンの男の頭上のそびえる植物の蕾を模った装飾品である。
トロフィーのようでもあり、三人を置いていきぼりにして天に伸び上がっていくイメージがある。
その空々しさが、彼らの陥っているSOS的状況を一層強めていることはまちがいない。
大竹昭子(おおたけ あきこ)
●作品情報
松井正子『遠い眼差し 郷愁のブラジルとポルトガル』収録作品
●写真集について
松井正子『遠い眼差し 郷愁のブラジルとポルトガル』

ブラジル・ポルトガルで1976年から2011年の間に撮影。過去と今をつなぐ糸口を探しシャッターを切っていたからか長い年月に亘る写真だが時代の隔たりがない。一瞬の眼差しの交換、光と風に運ばれる時代の残り香が異国でありながら心の中に思い描く懐かしい風景となった。撮影場所は、ブラジル連邦共和国(リオデジャネイロ、レシーフェ、オーロ・プレート、サンパウロ、サルバド―ル、フォス・デ・イグアス)、ポルトガル共和国(ナザレ、リスボン、オリャン、コインブラ、アソレス、ポルト、オビドス、カシャ―リャス、ロカ)。(photographer's galleryウェブサイトより)
A4判変形/上製/モノクロ64頁
発行:窓社 発行年:2014年
価格:2,600円+税
▼関連展示
松井 正子
「Winter Wanderings Ⅳ-Japan, 2021~2023-」
2023年11月21日(火)~2023年12月3日(日)
東京都 新宿 photographers’ gallery
〒160-0022 東京都新宿区新宿2-16-11-401 サンフタミビル4F
12:00 - 20:00
※会期中無休
https://pg-web.net/exhibition/matsui-masako-ww4/
●作家プロフィール
松井正子 MATSUI Masako 略歴
東京都生まれ。上智大学卒。ワークショップ荒木経惟教室で写真を学ぶ。
写真展
1975年 個展 (荻窪シミズ画廊・東京)
1977年「海からの影 ―ポルトガル」(PUT・東京)
1987年 個展(room801・東京)
2000年「Six days in Vladivostok-ウラジオストクの6日間」(photographers’ gallery)
2000年「Japan in my mind-記憶の日本」(KURA)
2021年「聖顔―Holy Countenance」(photographers’ gallery)
2021年「Japan in my mindⅡ―不忍池」(photographers’ gallery)
2022年「Winter WanderingsⅠ-South Korea,1981/82-」(photographers’ gallery)
2022年「Winter WanderingsⅡ-South Korea,1981/82-」(photographers’ gallery)
2023年「Winter WanderingsⅢ-Azores,1978/2019-」(photographers’ gallery)
2023年 「Winter WanderingsⅣ-Japan,2021~2023-」(photographers’ gallery)
その他写真展示
2005年「遠い写真 ―モサンビーク・アンゴラ」
2007年「バルト」
2009年「O Sul-南へ」
2014年「Brasil・Brasil」
2015年「約束の場所 ―アイルランド゙」
2015年「Faces of Water ―水の面」
2016年「A Far Away Place ―彼方へ」
2017年「A photo in a photo ―写真の写真 A Time Tunnel by a photo」
2019年「バルカン ―時空の凪―」
グループ゚展
1976年「百花繚乱」(荻窪シミズ画廊・東京)
2010年「二人展―実存・os Lusiadas」(熊谷守一美術館・東京)
2011・2014年「さもあらばあれ」(こどじ・東京)
写真集
2014年『遠い眼差し』(窓社)
2015年『Portraits in Africa』(之潮)
2020年『Six days in Vladivostok-ウラジオストクの6日間』(KULA)
2020年『Japan in my mind-日本の記憶』(KULA)
2021年『聖顔―Holy Countenance』 (フォトグラファーズ・ギャラリー)
2021年『Japan in my mindⅡ-不忍池・近江―』(フォトグラファーズ・ギャラリー)
2022年『Winter WanderingsⅠ-South Korea,1981/82-』(フォトグラファーズ・ギャラリー)
2022年『Winter WanderingsⅡ-South Korea,1981/82-』(フォトグラファーズ・ギャラリー)
1976年『うわさのシャッターズ』(北冬書房・グループ作品)
●大竹昭子のエッセイ「迷走写真館~一枚の写真に目を凝らす」は隔月・偶数月1日の更新です。次回は2024年2月1日掲載です。
●本連載の最初期の部分が単行本になった『迷走写真館へようこそ』(赤々舎)が発売中です。

赤々舎 2023年
H188mm×128mm 168P
価格:1,980円(税込)
※ときの忘れものウェブサイトでも販売しています。
※ときの忘れものウェブサイトからご購入いただいた場合、梱包送料として250円をいただきます。
本書について著者・大竹昭子が語ったインターネットラジオ番組「本とこラジオ」第99回を以下でお聴きになれます。
●本日のお勧め作品は平嶋彰彦です。
《道玄坂小路 台湾料理「麗郷」 2013年1月》
2023
インクジェットプリント
29.6×42.0cm
Ed.5
限定番号、サインあり
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
●ときの忘れものの建築は阿部勤先生の設計です。

建築空間についてはWEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>に特集されています。
〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
E-mail:info@tokinowasuremono.com
http://www.tokinowasuremono.com/
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。
日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。

橋のたもとに三人の男が立っている。
下には川が流れていて、なにか浮かんでいるが、船よりはひらたく見えるので艀かもしれない。
空模様は快晴ではないけれど、曇ってもいない。
真ん中の男がカーディガンに袖を通さず肩にはおっているから、半袖ではちょっと涼しかなと思うくらいの気温だろう。
カーディガンの男の視線は川面に注がれている。
なにか気になるものを見つめているようだ。
恰幅がよく、ワイシャツの襟にも糊が利いているし、生活には困っていないだろう。
その反対に、いちばん低い位置にいる男は無精ヒゲを生やし、髪の毛はくしゃくしゃで、服も薄汚れて彼とは対極にある。
褐色の肌だが、眼の色はブルーかもしれず、
遠くを見つめているようでいて、頭のなかにはそれとは別のことが渦まいている。
思い詰めているという言葉が似合うだろう。
いちばん左にいる黒人の男はふたりよりはずっと若く、
ひょっとすると高校生くらいかもしれない。
彼は手元にあるものを凝視している。
布地のようなものが腕の下からはみだしているが、なになのかは想像つかない。
眉間に意識を集中させた緊迫感のある顔つきが気になる。
要するにだれの表情も開放されていないし、明るくもない。
心のなかに取ろうとして取れない小石が転がっているかのように、
鬱屈した意識状態にいる。
この橋がそういう人を引き寄せるのか?
そんなことはとないだろう。
この三人はたまたま橋のたもとにいただけで、
ほかの人の気分には関知せず、互いの存在すら目にすら入っていない。
ところが、ひとつのフレームに入れられたために、彼らに関係が生じてしまった。
もしここに四人目が現われたら、この緊張は緩むように思う。
ということは、三という数の仕業かもしれない。
橋の壁には三文字の落書きがある。
右ふたつははっきりと「0」と「S」だとわかる。
いちばん左は判然としない。
なのに、目はなぜだか「S」と認識してしまう。
つづけて読むと「SOS」!
もうひとつ気になるのは、カーディガンの男の頭上のそびえる植物の蕾を模った装飾品である。
トロフィーのようでもあり、三人を置いていきぼりにして天に伸び上がっていくイメージがある。
その空々しさが、彼らの陥っているSOS的状況を一層強めていることはまちがいない。
大竹昭子(おおたけ あきこ)
●作品情報
松井正子『遠い眼差し 郷愁のブラジルとポルトガル』収録作品
●写真集について
松井正子『遠い眼差し 郷愁のブラジルとポルトガル』

ブラジル・ポルトガルで1976年から2011年の間に撮影。過去と今をつなぐ糸口を探しシャッターを切っていたからか長い年月に亘る写真だが時代の隔たりがない。一瞬の眼差しの交換、光と風に運ばれる時代の残り香が異国でありながら心の中に思い描く懐かしい風景となった。撮影場所は、ブラジル連邦共和国(リオデジャネイロ、レシーフェ、オーロ・プレート、サンパウロ、サルバド―ル、フォス・デ・イグアス)、ポルトガル共和国(ナザレ、リスボン、オリャン、コインブラ、アソレス、ポルト、オビドス、カシャ―リャス、ロカ)。(photographer's galleryウェブサイトより)
A4判変形/上製/モノクロ64頁
発行:窓社 発行年:2014年
価格:2,600円+税
▼関連展示
松井 正子
「Winter Wanderings Ⅳ-Japan, 2021~2023-」
2023年11月21日(火)~2023年12月3日(日)
東京都 新宿 photographers’ gallery
〒160-0022 東京都新宿区新宿2-16-11-401 サンフタミビル4F
12:00 - 20:00
※会期中無休
https://pg-web.net/exhibition/matsui-masako-ww4/
●作家プロフィール
松井正子 MATSUI Masako 略歴
東京都生まれ。上智大学卒。ワークショップ荒木経惟教室で写真を学ぶ。
写真展
1975年 個展 (荻窪シミズ画廊・東京)
1977年「海からの影 ―ポルトガル」(PUT・東京)
1987年 個展(room801・東京)
2000年「Six days in Vladivostok-ウラジオストクの6日間」(photographers’ gallery)
2000年「Japan in my mind-記憶の日本」(KURA)
2021年「聖顔―Holy Countenance」(photographers’ gallery)
2021年「Japan in my mindⅡ―不忍池」(photographers’ gallery)
2022年「Winter WanderingsⅠ-South Korea,1981/82-」(photographers’ gallery)
2022年「Winter WanderingsⅡ-South Korea,1981/82-」(photographers’ gallery)
2023年「Winter WanderingsⅢ-Azores,1978/2019-」(photographers’ gallery)
2023年 「Winter WanderingsⅣ-Japan,2021~2023-」(photographers’ gallery)
その他写真展示
2005年「遠い写真 ―モサンビーク・アンゴラ」
2007年「バルト」
2009年「O Sul-南へ」
2014年「Brasil・Brasil」
2015年「約束の場所 ―アイルランド゙」
2015年「Faces of Water ―水の面」
2016年「A Far Away Place ―彼方へ」
2017年「A photo in a photo ―写真の写真 A Time Tunnel by a photo」
2019年「バルカン ―時空の凪―」
グループ゚展
1976年「百花繚乱」(荻窪シミズ画廊・東京)
2010年「二人展―実存・os Lusiadas」(熊谷守一美術館・東京)
2011・2014年「さもあらばあれ」(こどじ・東京)
写真集
2014年『遠い眼差し』(窓社)
2015年『Portraits in Africa』(之潮)
2020年『Six days in Vladivostok-ウラジオストクの6日間』(KULA)
2020年『Japan in my mind-日本の記憶』(KULA)
2021年『聖顔―Holy Countenance』 (フォトグラファーズ・ギャラリー)
2021年『Japan in my mindⅡ-不忍池・近江―』(フォトグラファーズ・ギャラリー)
2022年『Winter WanderingsⅠ-South Korea,1981/82-』(フォトグラファーズ・ギャラリー)
2022年『Winter WanderingsⅡ-South Korea,1981/82-』(フォトグラファーズ・ギャラリー)
1976年『うわさのシャッターズ』(北冬書房・グループ作品)
●大竹昭子のエッセイ「迷走写真館~一枚の写真に目を凝らす」は隔月・偶数月1日の更新です。次回は2024年2月1日掲載です。
●本連載の最初期の部分が単行本になった『迷走写真館へようこそ』(赤々舎)が発売中です。

赤々舎 2023年
H188mm×128mm 168P
価格:1,980円(税込)
※ときの忘れものウェブサイトでも販売しています。
※ときの忘れものウェブサイトからご購入いただいた場合、梱包送料として250円をいただきます。
本書について著者・大竹昭子が語ったインターネットラジオ番組「本とこラジオ」第99回を以下でお聴きになれます。
●本日のお勧め作品は平嶋彰彦です。
《道玄坂小路 台湾料理「麗郷」 2013年1月》2023
インクジェットプリント
29.6×42.0cm
Ed.5
限定番号、サインあり
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※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
●ときの忘れものの建築は阿部勤先生の設計です。

建築空間についてはWEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>に特集されています。
〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
E-mail:info@tokinowasuremono.com
http://www.tokinowasuremono.com/
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。
日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
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