王聖美のエッセイ「気の向くままに展覧会逍遥第30回」

「日本の近現代建築家たち」

 文化庁 国立近現代建築資料館(東京都文京区湯島)で「日本の近現代建築家たち」展が開催中である。今年は館設立10周年にあたり、10年間で収集した所蔵資料群30以上の中から12の資料群に着目し、第1部「覚醒と出発」(7月25日~10月15日)では、12組の資料約160点とオーラルヒストリー映像9件を、第2部「飛躍と挑戦」(11月1日~2月4日)では、12組の資料約180点とオーラルヒストリー映像7件を展示、公開している。

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 建築家とその設計事務所、ご家族が大切に残し、資料館が受贈できた20万点以上の資料の中には、著名な建築の図面だけではなく、建築家の生涯の一部あるいは一生分の資料が含まれる。そして、その中には建築を生む背景、社会や思想ともつながる検討図、テキスト、関連書類、写真、未公開の図面があったりする。公開、利用の促進、近現代建築とその資料に関する理解増進、情報発信などの多くの役割が館の展示業務に期待される中で、今回は前述の多様な資料を多様なままに見せたいというという考えから、過去の展覧会では選出されていない資料を中心に展示資料が選出された。

 第一部では、それぞれの建築家の初期代表作品の図面やスケッチだけでなく、丹下健三のマイクロフィルムのデジタル画像、岸田日出刀の日記帳や海外視察写真のデジタル画像、吉田鉄郎の著書の指示書、前川建築設計事務所や坂倉建築研究所の事務書類などが紹介され、第二部では、複数の設計競技の応募案とそれらの関連書類、検討段階の図面やスケッチ、工事記録写真などを公開している。エッセイ第27回でコメントした岸田日出刀のゴルフ場関連資料もある。

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岸田日出刀「ゴルフコースと倶楽部ハウスのデザイン関連資料」 (国立近現代建築資料館蔵)

 展示の主題を掲げて4人(当時)の資料群担当者(各資料群の整理・出納を担う)を統率し、展示をまとめ上げた有能な職員たちのうち、2人がそれぞれの任期を迎えて退職してしまったが、労いと敬意の気持ちとともに、展示に参加した一員として、2月4日まで見ることのできる第2部「飛躍と挑戦」から、設計競技のひとつを紹介したい。

 同展覧会では、前述の繰り返しになるが、資料群に含まれる多様な資料を抽出したいという思いから、1939年と、1963年~1971年の間に行われた5件の国内設計競技、1971年と1987年の2件の国際設計競技が展示資料の約半分を占めることになった。
 1960年代の国立劇場、国立国際会館、最高裁判所庁舎の設計者を選出する公開設計競技は、大規模な国家の建築で、国(建設大臣)が設計競技を主催し、後に通称「戦後の三大コンペ」と呼ばれた。審査員による実施設計の設計者の選出がブラックボックスではなく公平であるよう、審査経緯が建築専門誌や新聞で公開された。

 館内の壁面では、「国立京都国際会館」の応募案として、高橋靗一案、菊竹清訓案、大髙正人案、大谷幸夫案の4案それぞれ断面図、川添登による記録と菊竹清訓によるスケッチを展示している。手にとって見ていただける参考資料として、各案の基本図面の複製(縮小して複写したもの)のほか、中央の円形展示台上にある大髙正人建築設計資料群の展示ケース内には、大髙正人建築設計事務所でファイリングされていた同コンペの関連資料を用意した。

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国立京都国際会館設計競技応募案とその関連資料

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川添登資料「国立国際会館設計競技の入賞者について」ほか (国立近現代建築資料館蔵)

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国立京都国際会館設計競技応募案複製

 「国立京都国際会館」について少し補足しておくと、京都の地下鉄烏丸線の終着駅に京都議定書採択(1997年)されたことで知られる会議場コンプレックスがある。美術関係だとICOM(国際博物館会議)が2019年に開催されたのが記憶に新しい。
 1963年に公開設計競技が行われ、応募数195案から6次にわたる選考が重ねられ、大谷幸夫/大谷研究室が最優秀案、優秀案に芦原義信、大髙正人、菊竹清訓が選ばれた。そして現在は人工の溜池であった宝ヶ池に面して、1966年に完成した大谷幸夫の作品が建っている。第1部では大谷幸夫の緻密で迫力のある縮尺1/50断面詳細図、エスキース、木製の模型が公開された。

 現在展示中の資料からは、設計競技では基本図面(*1)のほか、断面詳細図(*2)、大会議場の内観を含む複数の透視図(*3)が必須で、透視図は模型写真で代替が許されたこと、提出する青焼きには裏打ち(*4)が必要だったこと、他に説明書10セット以上の製本(*5)が課せられ、設計競技終了後に東京と京都それぞれで応募案の展覧会(*6)が開催されたこと、当時の設計競技自体の批評家と建築家による評価と所感が読み取れ、現代社会が過去にあった議論からの発展や技術進歩の延長上にあることがうかがい知れる。

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大髙正人建築設計資料に含まれる「京都国立国際会館(コンペ事務資料)」(国立近現代建築資料館蔵)

 あるいは、もっと直感的に、図面に着彩したり、フォントやスクリーントーンを切り貼りしたり、模型をプロの写真家に撮影してもらい、フィルム現像を経てトリミング指示していた時代の制作風景、建築家たちが創造するものや思想を伝えるためにあの手この手で表現を試行錯誤したこと、今見るとレトロな意匠の祝電や書簡を送り合っていた風景を想像して楽しんでもらえたら嬉しい。

 国立近現代建築資料館の紀要で公表されているように、今回展示している資料群のうちの半分は、受贈してから今も継続して資料整理とデジタル化が続けられている。全体的に課題山積で悩ましい。しかし、私から伝えられるのは、建築アーカイブズの仕事は楽しい。哲学的で、誠実な仕事だと思う。

*1:配置図、平面図、断面図、立面図を指し、この設計競技では、縮尺1/200で描くことが求められた。
*2:基本図面の中の断面図よりも拡大して描かれるため、実現可能性や細かい部分まで吟味されているかが試される。
*3:パース。手描きの時代はフリーハンドや透視図法を用いて作図し着彩する。そこそこ時間がかかる。
*4:青焼きは、トレーシングペーパーに鉛筆やインクで描かれた後にジアゾタイプの写真として機械でプリントしたもの。裏打ちは裏面を和紙などで補強すること、紙の修復などにも技法が使われている。
*5:大高建築設計事務所はA3サイズ縦のクリアの表紙にリングでバインドしたものとした。13セット求められた。
*6 :1963年8月8~10日に日本大学理工学部5号館、8月19日~21日に京都市美術館で開催された。


(おう せいび)

●王 聖美のエッセイ「気の向くままに展覧会逍遥」。次回は2024年2月18日更新の予定です。

文化庁国立近現代建築資料館 [NAMA] 10周年記念アーカイブズ特別展
「日本の近現代建築家たち」

第1部:覚醒と出発
令和5年7月25日(火)~10月15日(日)
休館日:毎週月曜日休館
(但し、祝日の月曜は開館し、翌日休館。
開館:9月18日、10月9日、休館:9月19日、10月10日)

第2部:飛躍と挑戦
令和5年11月1日(水)~令和6年2月4日(日)
休館日:12月28日(木)~1月4日(木)年末年始休館、毎週月曜日休館
(但し、祝日の月曜は開館し、翌日休館。開館:1月8日、休館:1月9日)

開館時間:10:00~16:30
※土・日・祝は旧岩崎邸庭園のみからの入場(有料)となります
https://nama.bunka.go.jp/exhibitions/2307

王 聖美 Seibi OH
1981年神戸市生まれ、京都工芸繊維大学工芸学部造形工学科卒業。WHAT MUSEUM 学芸員を経て、国立近現代建築資料館 研究補佐員。
主な企画展に「あまねくひらかれる時代の非パブリック」(2019)、「Nomadic Rhapsody-"超移動社会がもたらす新たな変容"-」(2018)、「UNBUILT:Lost or Suspended」(2018)など。

●本日のお勧め作品は、倉俣史朗です。
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"Flower Vase #1301"(ブルー)
アクリル、アルミパイプ カラーアルマイト、ガラス管
W8.0×D8.0×H22.0cm
撮影:桜井ただひさ
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※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください


●ときの忘れものの建築は阿部勤先生の設計です。
建築空間についてはWEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>に特集されています。
〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 E-mail:info@tokinowasuremono.com 
http://www.tokinowasuremono.com/
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
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