大竹昭子のエッセイ「迷走写真館~一枚の写真に目を凝らす」第124回

画面右に見えるのは馬、しかも白馬である。
背中にケープのようなものが見えるので、上に人が乗っているのだろう。
なにかの行事で騎馬隊が出動し、パレードをしているのかもしれない。
馬のこちら側は道路で、むこう側はビルである。
ビルは新しそうだ。
大理石のプレート張りの柱は馬のしっぽが映るほどピカピカしている。
その柱からビルのほうにスペースが凹んでいる。
おそらくこのビルの玄関だろう。
扉は総ガラスで、ふだんはなかの様子が素通しになっている。
ところが、今日は内側にシャッターが下ろされてなかは見えない。
デパートか商店ではないだろうか。
大勢の人出があるのを見越して保安のために閉めたのだ。
入口に敷くカーペットも丸めて隅に置くなどして万全が期されている。
ところが、パレードの最中にそのカーペットを椅子代わりにする人たちが現われたのだった。
彼らも最初は立って見ていたのだろうが、次第に疲れて座りたくなってきた。
なのにまわりに椅子が見あたらない。
ここに座っちゃえばいいよ、
と言ったのがこのうちのだれかは知らないが、
ひとりが座ると、遠慮気味だったほかの人もそれにつづき、4人が腰をおろしたのだった。
さすがに直に座るのはためらわれて、お尻の下にはハンカチが敷かれている。
座っている4人のうち、手前の白髪交じりの人物だけが男性で、あと3人は女性だ。
女性たちの前には背広姿の若い男性が立っていて、おもしろそうにおしゃべりをしている。
白髪の男性の視線はそちらを見ていないが、耳は話を聞いている。
口が開き気味なので合の手なども入れているかもしれない。
ところが、その会話にまったく関知していない人がひとりいる。
いちばん奥で右足を前に伸ばしている女性だ。
パンプスを履いた左の足先が右膝のむこうに見えるので、
膝を立てて足を折っているようだが、その膝が写っていないのが不思議。
服装はほかの人よりも軽めで白いブラウス一枚、しかもミニスカート。
たぶんいちばん年が若いのだ。
家族が行こうというので仕方なく付いてきたが、
彼女はパレードには興味がないし、会話にも加わりたくない。
そこで体をみんなと反対側にむけて雑誌を広げ、「無関心」という名の拙い抵抗を示しているのだ。
カーペットの後の壁際にハンドバッグがぽつんとひとつ置かれている。
あまりに堂々としていて気になる。
ここにいるだれかの持ち物にまちがいないが、どの人だろう。
なぜ膝の上に置かずにこんなところに置いたのだろう。
足の疲れが休まり、そろそろ帰るとしよう、と立ち上がったらバッグが消えている。
そんな事態が瞼に浮かんできて冷や冷やしてしまう。
もしここが海外ならば、100%そうなるのはまちがいないだろう。
どこにでも座り込み、無意識に持ち物を手から放してしまう人たち。
「安全な国」日本でよく見かける「心やすらぐ」光景である。
大竹昭子(おおたけ あきこ)
●作品情報
関口正夫《日々》
1967年
ゼラチン・シルバー・プリント
22×33.5cm
©Masao Sekiguchi, courtesy of MEM
●作家プロフィール
関口正夫(せきぐち・まさお)
1946年東京生まれ。小学生の頃は草野球の傍ら、絵画教室でデッサンを習い、3年次に校内の写生大会で優秀賞を受賞。この経験がのちにデザインの道を志すきっかけとなる。1964年御茶の水美術学院へ入学。1965年桑沢デザイン研究所へ入学し、グラフィック・デザイン科を経て、3年目に研究科写真専攻へ進み、大辻清司の指導を受け、牛腸茂雄等と授業を共にする。研究科での春のメーデーを撮影する課題を通して、スナップショットの魅力にめぐりあう。1968年に桑沢デザイン研究所を卒業し、建築設計事務所アトリエ・ブロックでアルバイト、写真家・秋山実の助手などをつとめながら自作品の撮影を続ける。1970年河野鷹思事務所デスカへカメラマンとして入社。1971年、牛腸との共著『日々』(自費出版、限定1000部)を出版。1988年初個展「日々片々」(ルナハウス、新宿)を開催。2002年から2005年の間に4回の連続個展「こと」(Contemporary Photo Gallery、新宿)を開催し、30年以上撮り続けたスナップ写真をまとめた写真集『こと 1969-–2003』(自費出版、初版限定500部)を出版。(MEMウェブサイトより)
●関連書籍
「現代ストレート写真」の系譜 展覧会カタログ
出品作品図版、関口正夫インタビュー、飯沢耕太郎、島尾伸三、潮田登久子、佐治いく子、三浦和人によるエッセイ、出展者年表を収録
判 型|A5変型
頁 数|200~250ページを予定
出 版|MEM
部 数|500部限定
税込予価|3,300円
※2024年2月発売予定
関口正夫写真集『こと 1969-2003』

2003年、自費出版、限定500部、228x243x13mm
問い合わせ:
MEM(メールアドレス art@mem-inc.jp)
●大竹昭子のエッセイ「迷走写真館~一枚の写真に目を凝らす」は隔月・偶数月1日の更新です。次回は2024年4月1日掲載です。
●本連載の最初期の部分が単行本になった『迷走写真館へようこそ』(赤々舎)が発売中です。

赤々舎 2023年
H188mm×128mm 168P
価格:1,980円(税込)
※ときの忘れものウェブサイトでも販売しています。
※ときの忘れものウェブサイトからご購入いただいた場合、梱包送料として250円をいただきます。
本書について著者・大竹昭子が語ったインターネットラジオ番組「本とこラジオ」第99回を以下でお聴きになれます。
●ときの忘れものの建築は阿部勤先生の設計です。

建築空間についてはWEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>に特集されています。
〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
E-mail:info@tokinowasuremono.com
http://www.tokinowasuremono.com/
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。
日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。

画面右に見えるのは馬、しかも白馬である。
背中にケープのようなものが見えるので、上に人が乗っているのだろう。
なにかの行事で騎馬隊が出動し、パレードをしているのかもしれない。
馬のこちら側は道路で、むこう側はビルである。
ビルは新しそうだ。
大理石のプレート張りの柱は馬のしっぽが映るほどピカピカしている。
その柱からビルのほうにスペースが凹んでいる。
おそらくこのビルの玄関だろう。
扉は総ガラスで、ふだんはなかの様子が素通しになっている。
ところが、今日は内側にシャッターが下ろされてなかは見えない。
デパートか商店ではないだろうか。
大勢の人出があるのを見越して保安のために閉めたのだ。
入口に敷くカーペットも丸めて隅に置くなどして万全が期されている。
ところが、パレードの最中にそのカーペットを椅子代わりにする人たちが現われたのだった。
彼らも最初は立って見ていたのだろうが、次第に疲れて座りたくなってきた。
なのにまわりに椅子が見あたらない。
ここに座っちゃえばいいよ、
と言ったのがこのうちのだれかは知らないが、
ひとりが座ると、遠慮気味だったほかの人もそれにつづき、4人が腰をおろしたのだった。
さすがに直に座るのはためらわれて、お尻の下にはハンカチが敷かれている。
座っている4人のうち、手前の白髪交じりの人物だけが男性で、あと3人は女性だ。
女性たちの前には背広姿の若い男性が立っていて、おもしろそうにおしゃべりをしている。
白髪の男性の視線はそちらを見ていないが、耳は話を聞いている。
口が開き気味なので合の手なども入れているかもしれない。
ところが、その会話にまったく関知していない人がひとりいる。
いちばん奥で右足を前に伸ばしている女性だ。
パンプスを履いた左の足先が右膝のむこうに見えるので、
膝を立てて足を折っているようだが、その膝が写っていないのが不思議。
服装はほかの人よりも軽めで白いブラウス一枚、しかもミニスカート。
たぶんいちばん年が若いのだ。
家族が行こうというので仕方なく付いてきたが、
彼女はパレードには興味がないし、会話にも加わりたくない。
そこで体をみんなと反対側にむけて雑誌を広げ、「無関心」という名の拙い抵抗を示しているのだ。
カーペットの後の壁際にハンドバッグがぽつんとひとつ置かれている。
あまりに堂々としていて気になる。
ここにいるだれかの持ち物にまちがいないが、どの人だろう。
なぜ膝の上に置かずにこんなところに置いたのだろう。
足の疲れが休まり、そろそろ帰るとしよう、と立ち上がったらバッグが消えている。
そんな事態が瞼に浮かんできて冷や冷やしてしまう。
もしここが海外ならば、100%そうなるのはまちがいないだろう。
どこにでも座り込み、無意識に持ち物を手から放してしまう人たち。
「安全な国」日本でよく見かける「心やすらぐ」光景である。
大竹昭子(おおたけ あきこ)
●作品情報
関口正夫《日々》
1967年
ゼラチン・シルバー・プリント
22×33.5cm
©Masao Sekiguchi, courtesy of MEM
●作家プロフィール
関口正夫(せきぐち・まさお)
1946年東京生まれ。小学生の頃は草野球の傍ら、絵画教室でデッサンを習い、3年次に校内の写生大会で優秀賞を受賞。この経験がのちにデザインの道を志すきっかけとなる。1964年御茶の水美術学院へ入学。1965年桑沢デザイン研究所へ入学し、グラフィック・デザイン科を経て、3年目に研究科写真専攻へ進み、大辻清司の指導を受け、牛腸茂雄等と授業を共にする。研究科での春のメーデーを撮影する課題を通して、スナップショットの魅力にめぐりあう。1968年に桑沢デザイン研究所を卒業し、建築設計事務所アトリエ・ブロックでアルバイト、写真家・秋山実の助手などをつとめながら自作品の撮影を続ける。1970年河野鷹思事務所デスカへカメラマンとして入社。1971年、牛腸との共著『日々』(自費出版、限定1000部)を出版。1988年初個展「日々片々」(ルナハウス、新宿)を開催。2002年から2005年の間に4回の連続個展「こと」(Contemporary Photo Gallery、新宿)を開催し、30年以上撮り続けたスナップ写真をまとめた写真集『こと 1969-–2003』(自費出版、初版限定500部)を出版。(MEMウェブサイトより)
●関連書籍
「現代ストレート写真」の系譜 展覧会カタログ
出品作品図版、関口正夫インタビュー、飯沢耕太郎、島尾伸三、潮田登久子、佐治いく子、三浦和人によるエッセイ、出展者年表を収録
判 型|A5変型
頁 数|200~250ページを予定
出 版|MEM
部 数|500部限定
税込予価|3,300円
※2024年2月発売予定
関口正夫写真集『こと 1969-2003』

2003年、自費出版、限定500部、228x243x13mm
問い合わせ:
MEM(メールアドレス art@mem-inc.jp)
●大竹昭子のエッセイ「迷走写真館~一枚の写真に目を凝らす」は隔月・偶数月1日の更新です。次回は2024年4月1日掲載です。
●本連載の最初期の部分が単行本になった『迷走写真館へようこそ』(赤々舎)が発売中です。

赤々舎 2023年
H188mm×128mm 168P
価格:1,980円(税込)
※ときの忘れものウェブサイトでも販売しています。
※ときの忘れものウェブサイトからご購入いただいた場合、梱包送料として250円をいただきます。
本書について著者・大竹昭子が語ったインターネットラジオ番組「本とこラジオ」第99回を以下でお聴きになれます。
●ときの忘れものの建築は阿部勤先生の設計です。

建築空間についてはWEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>に特集されています。
〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
E-mail:info@tokinowasuremono.com
http://www.tokinowasuremono.com/
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。
日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
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