小国貴司のエッセイ「かけだし本屋・駒込日記」第67回
春がやって来た。
まだ早いかもしれないが、この原稿を書くちょっと前に春一番(か、それらしきもの)が吹いたので、気分はもう春だ。吹いたあと急激に寒くなって、寒い寒いと言いながら本の買い取りに出かけたりもしたけれど、不思議なもので春が来たと思ってさえいれば「この寒さももう終わりか」と思えて来て、なんとなくウキウキした気分になる。
春というのは我らが駒込にとって一番重要な季節であって、それは桜だ。なんといっても駒込駅前に「ソメイヨシノ」の記念碑があるように、桜=ソメイヨシノは駒込が発祥の地である。なおかつ駒込の六義園は枝垂れ桜が有名だし、春は一年で一番駒込が混み合う季節である。正直それ以外の季節は駒込はのんびりしている。唯一そとから知らない人がやってくる季節、それが春だ。
とはいうものの、べつにうちのお店が混み合うことはない。桜バブルは、六義園で止まるので、六義園より本郷寄りの店にはバブルはやってこない。たぶんときの忘れものさんにも来ない。(来ないですよね?)
でも、別にバブルは望んでいない我々でも(望んでいないですよね?)駒込にせっかく人が来るのだから、駒込さんぽを楽しんで欲しいとは思う。
駒込は散歩するのによい街だと思う。まぁ、都内はどこでも散歩すると楽しいけれど、駒込には六義園と旧古河庭園のふたつの庭があるし、染井の方に行くと染井霊園も桜の名所だ。染井霊園は高村光雲、光太郎、智恵子をはじめ二葉亭四迷など多くの文人も眠っている。お墓を散歩するのが好きな人も多いが、歩いてみるとよくわかる。高い建物が多い都内で、視界が開けていて、なおかつ景観が統一された場所を歩く機会は新鮮だ。
駒込で個人的にいちばんのんびりとできて、いい町だなぁと思うのは、霜降銀座商店街を歩いているときだ。何かに書いた気がするが、実は独立して商売を始めようと思ったのも、この商店街を歩いているときだった。年々減っているとはいえ個人の商店がまだまだ頑張っているし、かといってチェーン店を排除しているわけでもない。これから個人のお店が減って行くとどうなるかわからないとはいえ、ひとつひとつが、わりとコンパクトなお店が多いので、あたらしくお店を始めようとする人でも借りやすい。それはこの商店街の大きな魅力だろう。商店街入口のフタバ書店さんと百塔珈琲さんのような本好きにはたまらない店をこえ、いつも賑わう魚屋さんと八百屋さんを覗きながら奥へ奥へと入って行く。
紅茶とハーブの店オレンジペコさんや激安の古着屋さんをのぞきながら、持ち帰り専門の中華屋さんで春巻きやチーズ揚げを買って花見のお供にするのもよい。

店が両脇に尽きない長い道を歩いていると、いつのまにか霜降銀座商店街を抜けて染井銀座商店街に入っているのに気づく。この二つの商店街が途切れず続いているのが、このながーい商店街の秘密だ。そしてさらにその奥には西ヶ原商店街が続く。途中「ゲーテの小径」があるし、ゲーテ記念館は、残念ながら館内に入れなくなったと思うが、それでもここが東京外国語大学のお膝元だったときの雰囲気を感じられる。

商店街をぷらぷらしていると本来、何かを買うというのは「誰から買うか」が重要だったはずだと改めて気付かされる。売る人が信用できる人か、は商品の信頼度に直結して大事なものだったはずだし、それは買う人と売る人が一緒の場を共有する「店」にとっても大事な要素だった。それがキャッシュレジスターの発明とセルフサービスにより、お互いが匿名で、無言でも買い物が可能になり、ネットショップに至っては、その情報共有は顧客からお店へと一方的になった。それはそれでとても居心地のよい商売の場ではあり便利でもあるが、小さい子どもを育てている身からすると、やはり買い物の最初の記憶は匿名じゃない方がいい、と思う。自分の記憶としても、移動販売車が広場に止まり、そこでおじさんからものを買う、田舎ではよくある光景が原初体験としてある。あそこで買ったジャムパンはやはり特別なものだった。
将来さまざまな買い物を匿名で一方的に個人のデータ(それは嗜好すら含まれる)を渡しながら行うようになっても、買い物の原初的な記憶として、物理的な「モノ」を通してのコミュニケーションはあって欲しいし、それは買い物にとってのあたたかさのようなものであって欲しい。買う喜びというものは極めて人間的な喜びでもあるし、それは人を育てもする。
買い物の匿名である楽さ、気軽さと、同じく買い物のコミュニケーションとしての暖かさ。その両方がバランスして初めて豊かな社会はえられるものではないか?そんなことを考えてしまう。
商店街を通っている中では、みなぶらぶらと会話をしながら、またはひとりでフラフラ歩きながら(私だ)思い思いの時間を過ごしている。チェーンだけでもなく、個人店だけでもない。そんな町の活気が商店街にはあると思う。
(おくに たかし)
●小国貴司のエッセイ「かけだし本屋・駒込日記」は隔月、奇数月5日の更新です。次回は2024年5月5日です。どうぞお楽しみに。
■小国貴司 Takashi OKUNI
「BOOKS青いカバ」店主。学生時代より古書に親しみ、大手書店チェーンに入社後、店長や本店での仕入れ・イベント企画に携わる。書店退職後、新刊・古書を扱う書店「BOOKS青いカバ」を、文京区本駒込にて開業。
*画廊亭主敬白
青いカバさんのおっしゃる通り、六義園のお花見どきの混雑はたいへんなものですが、そこから数分の画廊にはどなたも流れてはこない(ようです)。
駒込の散歩コースのいちばんのガイドは平嶋彰彦さんの「私の駒込名所図会」です。ぜひお読みになってください。
・その1/地下鉄南北線東大前駅 → ①本郷追分 → ②円乗寺 → ③大円寺 → ④天栄寺(駒込土物店跡) → ⑤南国寺(目赤不動) → ⑥吉祥寺
・その2/⑦駒込富士神社 → ⑧ときの忘れもの → ⑨東洋文庫ミュージアム → ➉六義園
・その3/⑪染井通り → ⑫染井坂通り) → ⑬門と蔵のある広場 → ⑭西福寺 → ⑮1938年築の共同住宅 → ⑯専修院
・その4/⑰染井霊園 → ⑱慈眼寺 → ⑲霜降銀座・染井銀座 → ⑳妙義神社
・その5/㉑JR駒込駅 → ㉒駒込妙義坂子育地蔵 → ㉓古河庭園 → ㉔無量寺 → ㉕西ヶ原一里塚
●本日のお勧め作品は元永定正です。
《ふたつのぐりん》
1979年
シルクスクリーン
イメージサイズ:10.0×10.0cm
シートサイズ:15.0x15.0cm
Ed.2500
版上サインあり
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※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。

ときの忘れものの建築空間についてはWEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>に特集されています。
〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
E-mail:info@tokinowasuremono.com
http://www.tokinowasuremono.com/
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
春がやって来た。
まだ早いかもしれないが、この原稿を書くちょっと前に春一番(か、それらしきもの)が吹いたので、気分はもう春だ。吹いたあと急激に寒くなって、寒い寒いと言いながら本の買い取りに出かけたりもしたけれど、不思議なもので春が来たと思ってさえいれば「この寒さももう終わりか」と思えて来て、なんとなくウキウキした気分になる。
春というのは我らが駒込にとって一番重要な季節であって、それは桜だ。なんといっても駒込駅前に「ソメイヨシノ」の記念碑があるように、桜=ソメイヨシノは駒込が発祥の地である。なおかつ駒込の六義園は枝垂れ桜が有名だし、春は一年で一番駒込が混み合う季節である。正直それ以外の季節は駒込はのんびりしている。唯一そとから知らない人がやってくる季節、それが春だ。
とはいうものの、べつにうちのお店が混み合うことはない。桜バブルは、六義園で止まるので、六義園より本郷寄りの店にはバブルはやってこない。たぶんときの忘れものさんにも来ない。(来ないですよね?)
でも、別にバブルは望んでいない我々でも(望んでいないですよね?)駒込にせっかく人が来るのだから、駒込さんぽを楽しんで欲しいとは思う。
駒込は散歩するのによい街だと思う。まぁ、都内はどこでも散歩すると楽しいけれど、駒込には六義園と旧古河庭園のふたつの庭があるし、染井の方に行くと染井霊園も桜の名所だ。染井霊園は高村光雲、光太郎、智恵子をはじめ二葉亭四迷など多くの文人も眠っている。お墓を散歩するのが好きな人も多いが、歩いてみるとよくわかる。高い建物が多い都内で、視界が開けていて、なおかつ景観が統一された場所を歩く機会は新鮮だ。
駒込で個人的にいちばんのんびりとできて、いい町だなぁと思うのは、霜降銀座商店街を歩いているときだ。何かに書いた気がするが、実は独立して商売を始めようと思ったのも、この商店街を歩いているときだった。年々減っているとはいえ個人の商店がまだまだ頑張っているし、かといってチェーン店を排除しているわけでもない。これから個人のお店が減って行くとどうなるかわからないとはいえ、ひとつひとつが、わりとコンパクトなお店が多いので、あたらしくお店を始めようとする人でも借りやすい。それはこの商店街の大きな魅力だろう。商店街入口のフタバ書店さんと百塔珈琲さんのような本好きにはたまらない店をこえ、いつも賑わう魚屋さんと八百屋さんを覗きながら奥へ奥へと入って行く。
紅茶とハーブの店オレンジペコさんや激安の古着屋さんをのぞきながら、持ち帰り専門の中華屋さんで春巻きやチーズ揚げを買って花見のお供にするのもよい。

店が両脇に尽きない長い道を歩いていると、いつのまにか霜降銀座商店街を抜けて染井銀座商店街に入っているのに気づく。この二つの商店街が途切れず続いているのが、このながーい商店街の秘密だ。そしてさらにその奥には西ヶ原商店街が続く。途中「ゲーテの小径」があるし、ゲーテ記念館は、残念ながら館内に入れなくなったと思うが、それでもここが東京外国語大学のお膝元だったときの雰囲気を感じられる。

商店街をぷらぷらしていると本来、何かを買うというのは「誰から買うか」が重要だったはずだと改めて気付かされる。売る人が信用できる人か、は商品の信頼度に直結して大事なものだったはずだし、それは買う人と売る人が一緒の場を共有する「店」にとっても大事な要素だった。それがキャッシュレジスターの発明とセルフサービスにより、お互いが匿名で、無言でも買い物が可能になり、ネットショップに至っては、その情報共有は顧客からお店へと一方的になった。それはそれでとても居心地のよい商売の場ではあり便利でもあるが、小さい子どもを育てている身からすると、やはり買い物の最初の記憶は匿名じゃない方がいい、と思う。自分の記憶としても、移動販売車が広場に止まり、そこでおじさんからものを買う、田舎ではよくある光景が原初体験としてある。あそこで買ったジャムパンはやはり特別なものだった。
将来さまざまな買い物を匿名で一方的に個人のデータ(それは嗜好すら含まれる)を渡しながら行うようになっても、買い物の原初的な記憶として、物理的な「モノ」を通してのコミュニケーションはあって欲しいし、それは買い物にとってのあたたかさのようなものであって欲しい。買う喜びというものは極めて人間的な喜びでもあるし、それは人を育てもする。
買い物の匿名である楽さ、気軽さと、同じく買い物のコミュニケーションとしての暖かさ。その両方がバランスして初めて豊かな社会はえられるものではないか?そんなことを考えてしまう。
商店街を通っている中では、みなぶらぶらと会話をしながら、またはひとりでフラフラ歩きながら(私だ)思い思いの時間を過ごしている。チェーンだけでもなく、個人店だけでもない。そんな町の活気が商店街にはあると思う。
(おくに たかし)
●小国貴司のエッセイ「かけだし本屋・駒込日記」は隔月、奇数月5日の更新です。次回は2024年5月5日です。どうぞお楽しみに。
■小国貴司 Takashi OKUNI
「BOOKS青いカバ」店主。学生時代より古書に親しみ、大手書店チェーンに入社後、店長や本店での仕入れ・イベント企画に携わる。書店退職後、新刊・古書を扱う書店「BOOKS青いカバ」を、文京区本駒込にて開業。
*画廊亭主敬白
青いカバさんのおっしゃる通り、六義園のお花見どきの混雑はたいへんなものですが、そこから数分の画廊にはどなたも流れてはこない(ようです)。
駒込の散歩コースのいちばんのガイドは平嶋彰彦さんの「私の駒込名所図会」です。ぜひお読みになってください。
・その1/地下鉄南北線東大前駅 → ①本郷追分 → ②円乗寺 → ③大円寺 → ④天栄寺(駒込土物店跡) → ⑤南国寺(目赤不動) → ⑥吉祥寺
・その2/⑦駒込富士神社 → ⑧ときの忘れもの → ⑨東洋文庫ミュージアム → ➉六義園
・その3/⑪染井通り → ⑫染井坂通り) → ⑬門と蔵のある広場 → ⑭西福寺 → ⑮1938年築の共同住宅 → ⑯専修院
・その4/⑰染井霊園 → ⑱慈眼寺 → ⑲霜降銀座・染井銀座 → ⑳妙義神社
・その5/㉑JR駒込駅 → ㉒駒込妙義坂子育地蔵 → ㉓古河庭園 → ㉔無量寺 → ㉕西ヶ原一里塚
●本日のお勧め作品は元永定正です。
《ふたつのぐりん》1979年
シルクスクリーン
イメージサイズ:10.0×10.0cm
シートサイズ:15.0x15.0cm
Ed.2500
版上サインあり
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ときの忘れものの建築空間についてはWEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>に特集されています。
〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
E-mail:info@tokinowasuremono.com
http://www.tokinowasuremono.com/
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
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