太田岳人のエッセイ「よりみち未来派」第25回

展覧会紹介:ふくやま美術館「イタリアと日本の前衛――20世紀の日伊交流」 展

太田岳人

新年度が始まり、全国各地で新しい美術展が動きだしている。イタリア近代美術(というより20世紀の美術全般)に関心のある人は、今月末に東京都美術館での開催を控えている「デ・キリコ展」のような、大規模展覧会の前売り券などもすでに買い求めていることであろう。しかし規模はさておき、意欲的な企画は関東一円や京阪神のみに限られるものではない。広島県のふくやま美術館【図1】で開催中の、「イタリアと日本の前衛――20世紀の日伊交流」展(2024年4月6日-6月2日予定)がそれである。ふくやま美術館がイタリアの近現代美術を収集の軸の一つにしていることについては、本連載の第5回でもふれたものの、これまで現地を訪問したことはなかった。しかし、展覧会カタログ【注1】への拙論の寄稿をきっかけに、開幕前日の内覧会【図2】に参加する機会を得たものである。

図1 ふくやま美術館外観 ※筆者による撮影
図1:ふくやま美術館外観。
※筆者による撮影。


図2 ふくやま美術館内、中央ホール ※筆者による撮影
図2:ふくやま美術館内、入口ホール。彫刻は、ジャコモ・マンズー《大きな踊り子》(ブロンズ、273×110×70 cm、1974年、ふくやま美術館)。
※筆者による撮影。


「イタリアと日本の前衛」展は、全4章で構成されている。第1章「はじめの一歩――イタリアと日本の未来派」の冒頭では、ふくやま美術館所蔵のジャコモ・バッラやウンベルト・ボッチョーニらの作品が観客を出迎えてくれる【図3】。続けて、1920年代の日本でそれぞれに未来派と交際する機会を得た、神原泰《ヴェルレーヌの「女と猫」》(大原美術館所蔵)や東郷青児《帽子をかむった男(歩く女)》(名古屋市美術館所蔵)が配置されている。残念ながら、当時ヨーロッパで未来派のメンバーに実際に接触しえた東郷らは、いずれも当地の作品を持ち帰らなかったので、このセクションの展示数は多くない【注2】。しかし内容は、「神原泰文庫」所蔵のパンフレットや写真(大原美術館所蔵)、あるいは再制作されたルッソロの「騒音楽器」(多摩美術大学アートアーカイヴセンター所蔵)によって適宜補われている。このセクションでは未来派を通じて、イタリア人が「お雇い外国人」の一員として呼ばれる一方、日本人は生徒として彼らからひたすら学ぶという明治初期の段階から、日伊の芸術交流が対等な相互性を得るようになった初めての段階が捉えられている。

図3 「イタリアと日本の前衛--20世紀の日伊交流」展、会場入口 ※筆者による撮影
図3:「イタリアと日本の前衛--20世紀の日伊交流」展内部より。写真に写った絵画は、ジャコモ・バッラ《輪を持つ女の子Bambina col cerchio》、1915年(キャンバスに油彩、51.5×60cm、ふくやま美術館)と、ウンベルト・ボッチョーニ《カフェの男の習作 Studio per uomo al caffè》、1914年(キャンバスに油彩、58×46cm、ふくやま美術館)。
※筆者による撮影。


第2章以降は、いずれも第二次世界大戦後の時期を扱っているが、とりわけ注目されているのは1960年代である。第2章「フォンタナと瀧口修造」では、戦後のイタリアで「空間主義」運動の中心となったルーチョ・フォンターナと、日本からそうした動向にいち早くアンテナを伸ばし、彼のモノグラフを書くに至った瀧口修造とのつながり【注3】を中心に、両国の芸術交流を提示する。キャンバスの切り裂きや穿孔によるフォンターナの「空間概念」シリーズ、あるいはキャンバスを釘で浮き立たせるエンリコ・カステッラーニの作品には、ミラノにキャリア初期の足跡を印した宮脇愛子、あるいは長きにわたって同地で活動を続けた吾妻兼治郎や豊福知徳【図4】の作品が肩を並べる。中でも、現在の福山市に含まれる地域に生まれ、今なお倉敷に健在である高橋秀は、約40年のイタリア滞在時の力作【図5】だけでなく、晩年のフォンターナから譲り受けた作品の提供者としても展示を充実させている。

図4 豊福知徳《風塔 '83》
図4:豊福知徳《風塔 ’83》、1983年(木、70×174×54cm、ふくやま美術館)。
※ふくやま美術館より図像提供。


図5 高橋秀《《日本の記憶――銀の影》》
図5:高橋秀《日本の記憶――銀の影》、1965年(キャンバスにエンコースティック、148×148cm、ふくやま美術館)。
※ふくやま美術館より図像提供。


第3章「新潟にのこる空間主義」は、当時の日本における地方独自の磁場の存在を想起させる。現在は解散しているBSN新潟美術館と長岡現代美術館は、ともに1964年に設立されたが、前者の開館1周年展としては、新潟出身かつローマで活躍していた阿部展也が作品選定に携わった「現代イタリア絵画展」が行われた。また、後者が開催していた「長岡現代美術館賞」の第3回では、イタリア人芸術家たちが招待されている。第1章に登場するボッチョーニやバッラの作品も、元来は両美術館に深く関わった大光相互銀行(現:大光銀行)のコレクションであった。このセクションでは、レーモ・ビアンコからマリオ・スキファーノに至る、BSN新潟美術館の旧蔵品(BSN新潟放送所蔵)が扱われているが、これらを一手に見る機会がなかった私にとっては、最も未知で新鮮なものであった。

全体の最後となる第4章「来日した「動く芸術」」では、瀧口がフォンターナと同時期に接触したもう一人のイタリア人芸術家である、ブルーノ・ムナーリと日本との交流が中心となる。フォンターナがイタリアにやって来た日本人芸術家たちと交流を持ちつつも、自ら日本に行くことはなかったのに対し、ムナーリは1960年に自作を携えて来日して以来、造形芸術の世界を超える認知を得ていった。瀧口がムナーリに「芸術家」として着目したのは、スライド投影や複写機を使った「動く芸術」を通じてであり、主に慶応義塾大学アート・センターとNPO法人市民の芸術活動推進委員会の所蔵品から、ムナーリ受容の形跡が示される。しめくくりの展示室では、「日本/イタリアの交流」という枠組みとはまた異なる後続世代の予兆として、山口勝弘とマリオ・メルツが取り上げられている。

もちろん、20世紀における日伊の芸術家の交流、双方の芸術状況の展開を見る上では、なお取り上げられるべき要素も残っている。たとえば日本においては、イタリアの具象彫刻への関心も持続してきたし、現在ではむしろ近代以前の技法(フレスコなど)を創作に生かす試みなども存在している。それでも、日伊の芸術家や批評家が築いてきた各所の源泉から水路を引き、一つの清流として結集させたこの展覧会は、十分に評価されるべきであろう。本展には巡回の予定はないものの、福山市内からは熱心な観客が訪れつつあるとのことである。広島県内、中国地方、全国から、福山城のそばに立つ美術館まで「よりみち」される方が、さらに増えることを願っている。

【予告】
ところで、「イタリアと日本の前衛」展の開催直前、私も未来派研究でたびたびお世話になっている横田さやか氏の著書『未来派・飛行機・ダンス:イタリアの前衛芸術における飛ぶ身体と踊る身体』が、三元社より出版されました。大変興味深い内容ですので、次回ぜひ取り上げたいと思います。

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【注】
注1:展覧会のカタログは、そのまま『イタリアと日本の前衛――20世紀の日伊交流』という題名で水声社から刊行されている。このカタログには3本の関連論文のみならず、巻末資料として作家・作品解説、主要参考文献、年譜も付されており、鑑賞や考察の材料として大変便利である。これら巻末史料は、ふくやま美術館の担当学芸員である筒井彩氏の手によるものであり、自身の論考「「現代イタリア美術」と日本」と並行しての制作の労には改めて敬意を表したい。

注2:実作品や宣言のテキストとは別に、印刷された図版を通じた日本への未来派受容については、本展覧会カタログ掲載の拙稿「日本におけるイタリア未来派受容――図版の伝播を中心に」を参照。

注3:瀧口とフォンターナの関係については、後者の研究のエキスパートである巖谷睦月氏による「イタリアと日本――ルーチョ・フォンターナと瀧口修造を軸にしたパースペクティヴ」が展覧会カタログに掲載されているが、こちらの論考は同氏による「〈研究ノート〉瀧口修造によるルーチョ・フォンターナのモノグラフィ出版」(『早稲田大学イタリア研究所研究紀要』第12号、2023年)と合わせて読むと、さらに理解が深まるだろう。なお、本展覧会のパネルやカタログにおいて、Fontanaの日本語表記は「フォンタナ」になっているが、今回は瀧口による往年の表記に合わせているようである。

おおた たけと

・太田岳人のエッセイ「よりみち未来派」は隔月・偶数月の12日に掲載します。次回は2024年6月12日の予定です。

■太田岳人
1979年、愛知県生まれ。2013年、千葉大学大学院社会文化科学研究科修了。日本学術振興会特別研究員を経て、今年度は千葉大学・東京医科歯科大学・東京工業大学ほかで非常勤講師の予定。専門は未来派を中心とするイタリア近現代美術史。
E-mail: punchingcat@hotmail.com

●本日のお勧め作品は、瀧口修造です。
V-44(065)《Ⅴ-44》
デカルコマニー、紙
Decalcomanie, Paper
『瀧口修造の造形的実験』(2001年)No.207と対
Paired with No.207 on "Takiguchi Shuzo's Figurative Experiments" (2001)
Image size: 15.8x11.8cm
Sheet size: 26.1x19.4cm
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●ときの忘れものの建築空間についてはWEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>に特集されています。
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