大竹昭子のエッセイ「迷走写真館~一枚の写真に目を凝らす」第126回

車の付ついた三種の乗り物と人。
それぞれのいまの姿からつぎの瞬間が予想できる。
自転車はまもなく画面の左手に走り去り、右手からやってきた乗用車は歩道の手前で停止するだろう。
歩道には背広姿の男性がふたりの子どもの手を握って立っている。
たぶん子どもの父親だ。
ドアが開くと、子どもをシートに押し込み、自分が乗ってドアを閉める。
車はすぐに動きだし、自転車のあとを追って走り去るだろう。
三人の親子の横には、別の少年ふたりがいて、道路の向こう側に渡ろうとしているところだ。
大きい子はズボン姿で、ちいさいほうは浴衣姿。
手に釣りざおを持っているから、これから川に釣りにいくところか。
道路には横断歩道のマークがない。信号もないかもしれない。
ふたりは乗り物がこないタイミングを見計らって横断するだろう。
車の往来が少ないのでそれでこと足りるのだ。
左上には路面電車が写っている。
とはいえ、ずっと路面を走っていくわけではなさそうだ。
道の左側に専用軌道らしきものが見える。
この車両はこのあと路面のほうに進むのか、それとも左の専用軌道のほうにいくのだろうか。
おそらく左である。
そのように思うのは、右側の車両のすぐ横を帽子をかぶった男性がふたりで歩いているからだ。
もしも電車が右にいくとしたら、彼らの位置は近すぎで、轢かれてしまう。
視線を右にずらしていくと、ほかにも渡っている人の姿が見える。
彼らは電車が通過したあとに歩きはじめたのだ。
パナマ帽を被った着物姿の男性が腕を後ろ手に組んで車道にぽつんと立っている。
彼の位置が気になる。
むこうから渡ってきたにしては足が速すぎないか?
それともはじめから車道に立っていたのか?
気になると言えば、それ以上に気になるのは、画面の左手前に写っているふたりの山高帽の男である。
彼らの姿はほかに人に比べてずっと大きく、相似形のように形が似ている。
思えばこの写真を見たとき、まっさきに視界に飛び込んできたのは彼らの姿だった。
ふたりの異様さにひっかかって目が留まった。
ためしにふたりの像を手で隠して見てみると、写真の印象は激しく変わる。
この写真のキーは彼らの姿とその立ち位置にあることは疑いようがない。
ふたりは歩道から少し高くなったところに立っているのだろう。
姿が大きく写っているのはそのせいだ。
そして撮影者はそこよりさらに数段あがったところにいて、
カメラを道路にむけてやや俯瞰気味に撮ったのである。
線路の向こう側に道路が延びているが、その道はこちらには連続していない。
その代わりにたぶん登りの石段がつづいているのだ。
山高帽の男はそこに並んで立って写真の語り手をつとめている。
撮影者の見ている光景をわたしたちに中継して聞かせているわけだ。
三種の乗り物と人が織りなす複雑な光景を眺められるベストスポットだ。
大竹昭子(おおたけ あきこ)
●作品情報
桑原甲子雄
《下谷区上野公園(台東区)》
1936年
東京都写真美術館蔵
●関連イベント
「TOPコレクション 時間旅行千二百箇月の過去とかんずる方角から」

2024年4月4日(木)~7月7日(日)
会場:東京都写真美術館
出展作家:
小川月舟、高山正隆、福森白洋、ラースロー・モホイ=ナジ、宮沢賢治、マン・レイ、大久保好六、桑原甲子雄、杉浦非水、中山岩太、福原路草、堀野正雄、黒岩保美、宮本隆司、大束元、W.ユージン・スミス、岩根愛、川田喜久治、北野謙、木村専一コレクション、佐藤時啓、高木庭次郎、原美樹子、宮沢賢治 ほか(順不同)
展覧会図録

B5変形
190頁
東京都写真美術館発行
主要作品掲載
2,750円(税込)
購入はこちら
●大竹昭子のエッセイ「迷走写真館~一枚の写真に目を凝らす」は隔月・偶数月1日の更新です。次回は2024年8月1日掲載です。
●本連載の最初期の部分が単行本になった『迷走写真館へようこそ』(赤々舎)が発売中です。
赤々舎 2023年
H188mm×128mm 168P
価格:1,980円(税込)
※ときの忘れものウェブサイトでも販売しています。
※ときの忘れものウェブサイトからご購入いただいた場合、梱包送料として250円をいただきます。
本書について著者・大竹昭子が語ったインターネットラジオ番組「本とこラジオ」第99回を以下でお聴きになれます。
●取り扱い作家たちの展覧会情報(5月ー6月)は5月1日ブログに掲載しました。

ときの忘れものの建築空間についてはWEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>に特集されています。
〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS ときの忘れもの
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
E-mail:info@tokinowasuremono.com
http://www.tokinowasuremono.com/
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。

車の付ついた三種の乗り物と人。
それぞれのいまの姿からつぎの瞬間が予想できる。
自転車はまもなく画面の左手に走り去り、右手からやってきた乗用車は歩道の手前で停止するだろう。
歩道には背広姿の男性がふたりの子どもの手を握って立っている。
たぶん子どもの父親だ。
ドアが開くと、子どもをシートに押し込み、自分が乗ってドアを閉める。
車はすぐに動きだし、自転車のあとを追って走り去るだろう。
三人の親子の横には、別の少年ふたりがいて、道路の向こう側に渡ろうとしているところだ。
大きい子はズボン姿で、ちいさいほうは浴衣姿。
手に釣りざおを持っているから、これから川に釣りにいくところか。
道路には横断歩道のマークがない。信号もないかもしれない。
ふたりは乗り物がこないタイミングを見計らって横断するだろう。
車の往来が少ないのでそれでこと足りるのだ。
左上には路面電車が写っている。
とはいえ、ずっと路面を走っていくわけではなさそうだ。
道の左側に専用軌道らしきものが見える。
この車両はこのあと路面のほうに進むのか、それとも左の専用軌道のほうにいくのだろうか。
おそらく左である。
そのように思うのは、右側の車両のすぐ横を帽子をかぶった男性がふたりで歩いているからだ。
もしも電車が右にいくとしたら、彼らの位置は近すぎで、轢かれてしまう。
視線を右にずらしていくと、ほかにも渡っている人の姿が見える。
彼らは電車が通過したあとに歩きはじめたのだ。
パナマ帽を被った着物姿の男性が腕を後ろ手に組んで車道にぽつんと立っている。
彼の位置が気になる。
むこうから渡ってきたにしては足が速すぎないか?
それともはじめから車道に立っていたのか?
気になると言えば、それ以上に気になるのは、画面の左手前に写っているふたりの山高帽の男である。
彼らの姿はほかに人に比べてずっと大きく、相似形のように形が似ている。
思えばこの写真を見たとき、まっさきに視界に飛び込んできたのは彼らの姿だった。
ふたりの異様さにひっかかって目が留まった。
ためしにふたりの像を手で隠して見てみると、写真の印象は激しく変わる。
この写真のキーは彼らの姿とその立ち位置にあることは疑いようがない。
ふたりは歩道から少し高くなったところに立っているのだろう。
姿が大きく写っているのはそのせいだ。
そして撮影者はそこよりさらに数段あがったところにいて、
カメラを道路にむけてやや俯瞰気味に撮ったのである。
線路の向こう側に道路が延びているが、その道はこちらには連続していない。
その代わりにたぶん登りの石段がつづいているのだ。
山高帽の男はそこに並んで立って写真の語り手をつとめている。
撮影者の見ている光景をわたしたちに中継して聞かせているわけだ。
三種の乗り物と人が織りなす複雑な光景を眺められるベストスポットだ。
大竹昭子(おおたけ あきこ)
●作品情報
桑原甲子雄
《下谷区上野公園(台東区)》
1936年
東京都写真美術館蔵
●関連イベント
「TOPコレクション 時間旅行千二百箇月の過去とかんずる方角から」

2024年4月4日(木)~7月7日(日)
会場:東京都写真美術館
出展作家:
小川月舟、高山正隆、福森白洋、ラースロー・モホイ=ナジ、宮沢賢治、マン・レイ、大久保好六、桑原甲子雄、杉浦非水、中山岩太、福原路草、堀野正雄、黒岩保美、宮本隆司、大束元、W.ユージン・スミス、岩根愛、川田喜久治、北野謙、木村専一コレクション、佐藤時啓、高木庭次郎、原美樹子、宮沢賢治 ほか(順不同)
展覧会図録

B5変形
190頁
東京都写真美術館発行
主要作品掲載
2,750円(税込)
購入はこちら
●大竹昭子のエッセイ「迷走写真館~一枚の写真に目を凝らす」は隔月・偶数月1日の更新です。次回は2024年8月1日掲載です。
●本連載の最初期の部分が単行本になった『迷走写真館へようこそ』(赤々舎)が発売中です。
赤々舎 2023年H188mm×128mm 168P
価格:1,980円(税込)
※ときの忘れものウェブサイトでも販売しています。
※ときの忘れものウェブサイトからご購入いただいた場合、梱包送料として250円をいただきます。
本書について著者・大竹昭子が語ったインターネットラジオ番組「本とこラジオ」第99回を以下でお聴きになれます。
●取り扱い作家たちの展覧会情報(5月ー6月)は5月1日ブログに掲載しました。

ときの忘れものの建築空間についてはWEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>に特集されています。
〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS ときの忘れもの
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
E-mail:info@tokinowasuremono.com
http://www.tokinowasuremono.com/
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
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