大竹昭子のエッセイ「迷走写真館~一枚の写真に目を凝らす」第128回

4.小さいテラス、アルキュイユ 1945年

近所の人々の寄り合い場のようなカフェである。
客はだれもが知りあいか、それに近い関係で、
舗道に出したテーブルに座って知人が来たら、やあと声を掛けて話をする。
いまも通りがかりの男がオートバイを停めてテーブルの女性とおしゃべりしているところだ。

人々ののんびりした様子から週末の夕方のようだ。
路面に落ちる電信柱や街路樹の影が長く、季節は秋口と想像する。
町に店は少なく、カフェのつづきに数店あるくらいで、
外でお茶を飲むのが唯一の娯楽というようなつつましい暮しぶりである。

四辻の真上には星のネオンが吊るされていて、
夜には黄色いライトが灯るだろう。
その星の真下には子どもを抱いた人の姿があるが、
クルマの数は少なく、道を渡る仕草も優雅でおっとりしている。

カフェの反対側の石塀のところには、サスペンダーをXに交差させた男が立っている。
なにをしているかわからないが、彼だけが人々から離れて孤立している。

男の立っている塀の内側は空き地で、そこから奥にむかって風景が転じていく。
同じ高さの潅木がぎっしり生えたエリアを、小さな家がとり囲み、
さらに奥に視線をのばすと風景が激変する。
崖が現われるのだ。

斜面はへらで削ったように凹凸がなく、その上は真っ平らな台地で、
同じ形の建物がずらりと並んでいる。
どれも陽の当たる方向をむいており、明るすぎる窓にカーテンが引かれている。
森だった場所を宅地に造成したのだろうか。
建物群のうしろに古そうな家が見えるから、農地だったのかもしれない。

斜面の右手はすり鉢状で、地面がむきだしになっており、
なにかを掘削した跡を想像させる。
左手の斜面には草が生えているところがあり、
人が通行するための小道が下から上に斜めに伸びている。

画面全体を引いて眺めると、台地の部分は別の写真を切り抜いてはめ込んだように異様だ。
崖の下までは統一感のある暮しがここで切断される。
まさに断層が走っているのだ。

角のカフェから台地の風景はどう見えるだろう。
団地の建物が家々のあいだから覗き見える程度かもしれない。
少なくとも巨大な力が働いたことを実感させるのっぺりした斜面は視界に入らないだろう。

撮影者はなによりもこの斜面を画面の中に取り込みたかったにちがいない。
だからカメラを構えるのに高さが必要だった。
カフェと斜面と団地が同時に入る場所を彼はどこに見いだしたのか。
四辻の向かいにカフェよりさらに高い建物があって、そこの窓から撮ったのだろうか。

大竹昭子(おおたけ あきこ)

作品情報
ロベール・ドアノー《⼩さなテラス、アルキュイユ》 1945年
© Atelier Robert Doisneau/Contact

●作家プロフィール
1912年、パリ郊外ヴァル・ド・マルヌ県ジャンティイ⽣まれ。⽯版⼯の技術取得のためパリのエコール・エスティエンヌで学んだ後、写真家アンドレ・ヴィニョーの助⼿となる。1934年、ルノー社に産業カメラマンとして⼊社。1939年、フリーとして活動を開始。パリを中⼼に庶⺠の⽇常をとらえた写真で⾼い評価を得、現在でも世界中で愛され続けている。1951年には、ニューヨーク近代美術館で開催された《5⼈のフランス⼈写真家》展の出品作家に選ばれる。1992年、オックスフォード近代美術館で⼤回顧展を開催。1994年没(享年82)。ニエプス賞(1956年)、フランス写真⼤賞(1983年)など受賞多数。

●展覧会情報
ロベール・ドアノー写真展第一部「パリ郊外 ~城壁の外側~」
ドアノー展第一部フライヤー入稿PDF-12024年8月29日(木)~10月30日(水)
フジフイルム スクエア 写真歴史博物館 企画写真展
第二部「『“永遠の3秒”の原点』を見る」は10月31日(木)~12月26日(木)まで

〇関連イベント
ギャラリートーク
2024年10月19日(土) 15:00~15:40
フジフイルム スクエア 写真歴史博物館
ゲスト 堀内 花子氏 (フランス語通訳・翻訳 )
聞き手 佐藤 正子氏 (本展企画、コンタクト)
※参加無料・予約不要

●大竹昭子のエッセイ「迷走写真館~一枚の写真に目を凝らす」は隔月・偶数月1日の更新です。次回は2024年12月1日掲載です。

●本連載の最初期の部分が単行本になった『迷走写真館へようこそ』(赤々舎)が発売中です。
書籍カバー画像赤々舎  2023年
H188mm×128mm 168P
価格:1,980円(税込)
※ときの忘れものウェブサイトでも販売しています。
※ときの忘れものウェブサイトからご購入いただいた場合、梱包送料として250円をいただきます。
本書について著者・大竹昭子が語ったインターネットラジオ番組「本とこラジオ」第99回を以下でお聴きになれます。



●ときの忘れものの建築空間についてはWEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>に特集されています。
08
〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS ときの忘れもの
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 
E-mail:info@tokinowasuremono.com 
http://www.tokinowasuremono.com/
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。