佐藤圭多のエッセイ「大西洋のファサード -ポルトガルで思うこと-」第16回

日本らしさを更新する

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ポルトガルの友人との会話。「最近IKIGAIという本を読んだのよ。素晴らしかった。日本語には深い言葉があるのね」「ああ、そう?ありがとう」「で、あなたはIKIGAI持ってる?」ううむ。考え込む。生きがいについてそれほど真剣に考えたことがない。

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いま、日本ブームが来ている(たぶん)。日本といえば、海外では長らく富士山、寿司、侍、芸者というステレオタイプなイメージだった。それが近年、SNSの影響か、訪日外国人が大幅に増加したからか、もう一歩踏み込んだ日本文化や日本の精神性にスポットがあたり始めたように感じる。

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IKIGAIもそうだけれど、日本人からすると思わぬポイントが、外から見ると際立ったオリジナリティに見えるらしい。リスボンに最近できたロンドン発祥の高級バーは、日本のジャズ喫茶にインスパイアされている。店内サイズに不釣り合いな大きなJBLのスピーカーを備え、リストから好みの音盤をリクエストできる。ジャズ喫茶は好きでよく行ったけれど、ジャズもコーヒーも海外からのものだし、日本的と捉えたことは一度もなかった。でも着席と同時にレコードリストを渡されて、自分が選んだ音源を店にいるみんなで黙って静かに聴くというシステムは考えてみれば確かにユニークで、そこに日本らしさを見出した着眼点はさすがである。そして店名は「THE KISSATEN」。抜かりない。

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リスボン中心部、エドゥアルド7世公園の北側に、グルベンキアン美術館がある。故カルースト・グルベンキアン氏のコレクションを展示する美術館で、私設としては世界でも最大規模と言われる。今年の9月に、新たに現代美術センター(CAM)がリニューアルオープンした。建築は隈研吾氏によるもので、関連してENGAWAと題した日本の現代美術家を紹介する展示やイベントが企画された。やっぱり日本ブーム、来ている。

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今回、僕もその展示の1つにデザイナーとして関わった。サウンドアーティスト森永泰弘氏による立体音響作品の、展示空間デザインである。作品はポルトガルー日本ーアマゾンを行き来する25分の音像による物語で、ポルトガル語の現代語と古語、日本の現代語と古語にさらに長崎の方言やアマゾンの精霊の唄などが入り混じる。
https://gulbenkian.pt/cam/en/agenda/the-voice-of-inconstant-savage/

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狭く暗い空間は、かくれキリシタンの納戸のようでもある。漆黒の闇の中から、音に合わせて木々がうっすら浮かび上がる。いつのまにかアマゾンの密林に迷い込み、遠くから精霊たちの唄声が聴こえてくる。体が少しずつ闇に溶け込んで、音や木々との境目がわからなくなり、音を聴いているつもりが、自分も聴こえてくる音の一部のように感じてくる…。輪郭を曖昧なまま描くようなイメージでデザインしていった。

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あるとき美術館側から英語の字幕をつけてほしいと言われ、アーティストが苦心していたのを思い出す。英語だと伝わりすぎる、という。「ゆきまらしょうず」(行きましょう)という日本語古語が、英語にすると「Let's go」になってしまう。意味は同じだけれど、その2つの言葉が僕らに想起させるものには、大きな隔たりがある。

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意味の外側にこぼれ落ちたものを一つひとつ丁寧に拾い集めて編み上げた、音と空間の絵巻物・・・そう書きながら、言葉にすればするほど作品から遠ざかっていくように感じる。僕が選んで発しているのに、発せられた瞬間から言葉は僕のものではない。自分のIKIGAIをさらっと答えられるようになるには、まだまだ時間が要りそうだ。

(さとう けいた)

■佐藤 圭多 / Keita Sato
プロダクトデザイナー。1977年千葉県生まれ。キヤノン株式会社にて一眼レフカメラ等のデザインを手掛けた後、ヨーロッパを3ヶ月旅してポルトガルに魅せられる。帰国後、東京にデザインスタジオ「SATEREO」を立ち上げる。2022年に活動拠点をリスボンに移し、日本国内外のメーカーと協業して工業製品や家具のデザインを手掛ける。跡見学園女子大学兼任講師。リスボン大学美術学部客員研究員。SATEREO(佐藤立体設計室) を主宰。

・佐藤圭多さんの連載エッセイ「大西洋のファサード -ポルトガルで思うこと-」は隔月、偶数月の20日に更新します。次回は2024年12月20日の予定です。

●本日のお勧め作品はジャン=ミシェル・フォロンです。
DSCF5700フォロンThe Marionetteジャン=ミシェル・フォロン
「THEATER The Marionette」
1980年
銅版
29.8x37.4cm
Ed.100 サインあり
作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。


*画廊亭主敬白
ときの忘れものの直ぐお近くにお住まいだった佐藤圭多さんご一家がポルトガルに移住してから随分経ちました。年末には一時帰国されるようなので、久しぶりにお目にかかれるのを楽しみにしています。
さて、本日10月20日はジャン=ミッシェル・フォロン(Jean-Michel Folon 1934年3月1日~2005年10月20日)の命日です。
生誕90年でもあり、各地で「空想旅行案内人 ジャン=ミッシェル・フォロン」展が開催されています。
東京ステーションギャラリー(終了):2024年7月13日(土) - 9月23日(月)
・名古屋市美術館:2025年1月11日~3月23日
・大阪 あべのハルカス美術館:2025年4月5日~6月22日

フォロンは、亭主が仕事をした作家で遂に会うことのできなかった一人です。
仕事はうまくいったのですが、とうとうご本人には会えずじまいでした。
そのことはいつか行ってみたい美術館 として2015年02月10日のブログに書いたことがあるので、どうぞお読みください。
色彩豊かで詩情あふれる作品は多くのファンを生んでいますが、フォロンの作品には環境破壊や人権問題など厳しい現実への告発が隠れていると同時に、孤独や不安の感情が通奏低音のように流れています。

●ときの忘れものの建築空間についてはWEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>に特集されています。
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〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS ときの忘れもの
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 
E-mail:info@tokinowasuremono.com 
http://www.tokinowasuremono.com/
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。