太田岳人のエッセイ「よりみち未来派」第29回

よりみち未来派(第29回):新著紹介――レオーニの世界を巡礼する

太田岳人

前回の記事の末尾で私は、板橋区立美術館で「レオ・レオーニと仲間たち」展が開催されることと、その関連イベントの一つに参加することについて言及した。後者のシンポジウム「未来派とレオーニ」においては、私の発表はさておき、同席させていただいた藤田寿伸氏と室賀清徳氏による充実した報告がなされ、それらの要旨はすでに美術館のサイトにもアップされているので、興味のある方にはご覧いただきたい。

ところで、この展覧会の内容については、板橋区立美術館長の松岡希代子氏と、在ローマの研究者・文化コーディネーターである森泉文美氏の共同編集による、カタログ『レオ・レオーニと仲間たち』(青幻社、3182円+税)【図1】がすでに発売されている。晩年のレオーニの二つの作品――絵画シリーズ《黒いテーブル》のうちの一つと、絵本『マシューのゆめ』に登場するねずみたち――を、一つに組み合わせた見事な表紙のカタログに、私も「翻訳協力」の名目でわずかに関わっていたのだが【注1】、実際に出来上がってきた内容を見て、その充実ぶりに唸らされた。

図1 レオーニ展カタログ表紙
図1:松岡希代子・森泉文美(編)『レオ・レオーニと仲間たち』(青幻社、2024年)表紙。
※ 筆者所蔵


これまで板橋区立美術館は、松岡・森泉両氏の主導により、1996年に「レオ・レオーニ展」、2020年に「誰も知らないレオ・レオーニ展」を開催しており、現在の展覧会は、同コンビによる三度目のものとなる。両氏は最初の展覧会の準備の中で、生前のレオーニと接する機会を得ており、二度目の展覧会の際には、イタリアとアメリカの双方にあった彼のアトリエの大々的な調査を開始した。今回の三度目となる展覧会は、レオーニの全体像を彼の周囲の「仲間たち」の存在と広く合わせて捉えようとしたものであり、これまでの芸術家紹介の集大成的なものとなっている。本カタログの端々からは、両氏のレオーニに対する愛情が増して伝わってくるが、それは対象となる芸術家が「レオーニ」ではなく、名前の「レオ」で一貫して呼ばれていることにも見て取れる。

この「レオ」の呼び方があまりに自然なので、このカタログを「はじめに」から最後のページに至るまで通読しても、気づかない人がいるのではないだろうか。実は2020年の「だれも知らないレオ・レオーニ」展の際に公刊された書籍の中で、すでにレオーニは「レオ」と呼ばれているのだが、こちらは展覧会カタログというよりは、松岡・森泉両氏の共著としての性格がより強いものであった(同書の末尾には展覧会についての言及がなく、両氏は「著者」としてクレジットされている)。両氏は板橋区立美術館で、レオーニとお互い意識し合う存在であったというブルーノ・ムナーリについての「ムナーリ:あの手この手」展(2007年)にも携わっているが、こちらの主役は「ブルーノ」とは呼ばれていない。2024年展のカタログには両氏の文章に加え、同美術館の高木佳子氏によるブロンズ彫刻「並行植物」シリーズについての論考も収録されているが、そこでも呼称は「レオ」で統一されている。

もう一つ、本展カタログの特徴としては、論考の他に「レオをたどる旅」という副題のついた、計9本ものショートコラムが入っていることも挙げられる。レオーニ自身、蘭・独・仏・英・伊の5か国語を操り、オランダ・アメリカ・イタリア・スイスを渡り歩くコスモポリタンであったが、これらのコラムにおいては、松岡・森泉両氏が四半世紀をかけて彼の足跡を追う中での興味深い記憶が記されている。私の場合も、イタリアに調査に出かける際には各地の美術館・図書館・アーカイヴなどを訪問するわけだが、両氏の旅の射程はさらに長く、1930年代のジェノヴァに芸術家自身のデザインで建てられた「鶏小屋」を始めとする、芸術家が(各時代に)過ごした土地と邸宅を巡るまでに至っている。松岡氏がコラムの一つで自ら書いているように、今風に言えば「聖地巡礼」といったところであろうか。

もちろん「聖地巡礼」といっても、それらは単なる観光的な「よりみち」ではない。未来派研究の立場から最も興味深いのは、リグーリア州サヴォーナへの「巡礼」の話である。レオーニが未来派に参加していた1930年代初頭、彼が住んでいたジェノヴァからも近いサヴォーナには、トゥリオ・ダルビゾーラ(1899-1971)を中心とするマッツォッティ工房が存在し、窯業に関心のある芸術運動のメンバーが各地から集結していた。このことは私も知っていたが、その地で現在もなお、トリノのニコラ・デュルゲロフ(1901-1982)が設計した「未来派建築」が、工房の一族によって住宅兼ショップとして使用されている事実についてはまったく知らなかった。レオーニの未来派時代の貴重な作例であるものの、行方が分からなくなっていた《上昇運動》(1932年)の所在がそこで確認されたというのは、芸術家の点からの導きによるものであろうか(展覧会に出品されていないことが惜しまれる)【図3】。

図2 1932年の未来派の集会写真
図2:1932年ごろのサヴォーナにおける未来派の集会、マリネッティから左に4人目がレオーニ。
※ Leo Lionni, Between Worlds: the autobiography of Leo Lionni, New York: Knopf, 1997より


図3 展覧会カタログより
図3:松岡希代子・森泉文美(編)『レオ・レオーニと仲間たち』(青幻社、2024年)の中身より。
※ 筆者による撮影


本カタログの著述のスタイルが、公立美術館のものとして客観性を欠くという評は当然あり得よう。しかし、巻末の年表・主要参考文献表なども含めて、内容的にはレオーニの生涯とその仕事の全体を、綿密に追うことができる。レオーニが絵本を出版していたアメリカですら、その生涯の全体を取り扱う展覧会は、ようやく昨年アメリカのノーマン・ロックウェル美術館で開催されたばかりであり、松岡・森泉両氏はこのアメリカ展のカタログにも、研究の先達として寄稿している【注2】。これまでの未来派についての記述では、レオーニの存在について記述がなされた場合でも、そこには明らかに調査不足による誤りが多かった【注3】。一方でレオーニの自伝(Leo Lionni, Between Worlds: the autobiography of Leo Lionni, New York: Knopf, 1997)も、最晩年の彼が口述筆記に頼ったこともあってか、叙述の一部に厳密さを欠いている部分がある。しかし彼が乗船したと書いている客船の名前などまで洗い直し、そうした部分にも記憶違いを指摘できるのは、このお二人くらいであろう。

レオーニの数々の絵本を読んだ、あるいはコンビニ経由で今年発売されていた、『スイミー』などのキャラクターを使ったチョコレートやグミ【図4】を味見した方々には、ぜひこのカタログも手に取っていただきたい。本書はレオーニと「仲間たち」の交流や、彼が訪れた世界の各地を追体験できるファンブックであると同時に、この芸術家について現在世界で最も詳しい研究書としても完成しているのである。

図4 「スイミーグミ」と絵本『スイミー』
図4:「スイミーグミ」(ファミリーマートで発売)を、絵本『スイミー』(日本初版1963年)の紙面にならべてみたもの。
※ 筆者による撮影


―――――

【注】
注1:本展覧会では、若き日のレオーニが描いていた一コマ漫画との比較対象として、ブルーノ・ムナーリが1930年代末に漫画新聞『セッテベッロ』に寄稿した作品が紹介されている。私は後者の作品に含まれる詞書(長いのでカタログにのみ全文収録)を、編者監修の下で翻訳させていただいた。余談だが、ムナーリの漫画作品が絵本『ムナーリの機械』へと発展したことについては、二つの拙稿(2016年のもの2020年のもの)を参照されたい。

注2:Steven Heller (et al.), Leo Lionni: storyteller, artist, designer, New York: Abbeville Press, 2023.

注3:たとえばEzio Godoli (a cura di), Il dizionario del futurismo, Firenze: Vallecchi, 2001は、全2巻で合計1000頁を超える現在でも最大の「未来派事典」であり、レオーニについても独立した項目を立てているが、その記述には単純な誤りが散見される(没した場所のデータ一つとっても、トスカーナ州ラッダ・イン・キアンティではなくローマとなっているが、芸術家が後者を拠点としたことはない)。

おおた たけと

・太田岳人のエッセイ「よりみち未来派」は隔月・偶数月の12日に掲載します。次回は2025年2月12日の予定です。

■太田岳人
1979年、愛知県生まれ。2013年、千葉大学大学院社会文化科学研究科修了。日本学術振興会特別研究員を経て、今年度は千葉大学・東京医科歯科大学・東京工業大学ほかで非常勤講師の予定。専門は未来派を中心とするイタリア近現代美術史。
E-mail: punchingcat@hotmail.com

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