今村創平のエッセイ「建築家の版画」
第9回 高松伸 ≪シルクスクリーン版画 五葉集≫
高松伸は、京都大学で京都建築界の重鎮川崎清の元で学び、しかしその後誰かのもとで修行することもなく、卒業後すぐに独立して、独自の作風を生み出した。すでに20代のうちに雑誌に作品を発表し、40歳になる前に数多くの建築を実現させ、日本の建築界の最も重要な建築作品賞を受賞した。当時は、野武士の時代ともいわれ、多様な表現が競う合うように生まれたが、そうした風景の中、高松の作品は異彩を放ち、かつ硬質さと精度を兼ね備え、峻立していた。こうした過剰さと存在感の強さは、東京の建築家には見られないものであり、それは京都の濃密な文化に囲まれた故と考えられる。
実際の建築と同時に大量に生み出されたのが、鉛筆ドローイングのシリーズである。これらはキャリアの初期に収集中して描かれ、ある完成した到達点にあった。
それらのドローイングでは、ひたすら鉛筆の線を重ねられ、その線がわからないほど細く固い鉛筆が使われた。根気のいる仕事であり、かつ全体としてまとめ上げる技量も必要である。高松の最初のエッセイ集は、「僕は、時計職人のように」というタイトルを持ち(サブタイトルは「ことば」とスケッチ)、自らを時計職人に例えている。
いわゆるそんな謹厳な職人たちが、その鍛え抜かれた指先で操る研磨器の切っ先で、次々と物質の形を精妙に探索してゆくのは、その実、ルーペの視界にゆるぎない世界の構造を記録するためであり、宇宙の迷走神経節の奏でる深々とした運航のメロディーを、医師の覚悟で調律するためなのだ。
時計職人のように、コツコツと作業を積み重ね、精密に作品を組み上げるという点において、確かに高松と時計職人は似ているし、高松としても時計職人のようなプロとしての姿勢に、共感とあこがれを覚えたのであろう。
違いをあげるとすれば、時計職人が手掛けるのは、精密な機械であり、高松の建築は時として機械のような表情を持つ物質であり、機械はあくまでも喩えとしてその表現に採用される。
高松の建築は、1980年代の、バブルにも入りかけた、いくぶん軽快、透明感が好まれる風潮の中にあって、重量感に溢れ、強い形式を持ち、時として永遠性を感じさせるものだった。だが不幸なことに、例えば、30歳代最後に完成した〈キリンプラザ大阪(1987)〉は、日本建築学会賞を受賞し、作品集の表紙を飾るなど、明らかに高松の代表作といえるものであったが、わずか20年ほどで取り壊されてしまった。建築の一般的な寿命に比してあまりに短命であり、ましてや大阪の中心部で異彩を放っていた雄姿が、あっさりと失われてしまった。そこには、キリンプラザ大阪が見事に当時の都市景観に馴染み、それゆえバブルのあだ花とみなされても不思議はなく、また保有していた民間企業の事情もあったのだろう。
ただ他にも、初期の代表作といえる。WEEK(1986)、織陣Ⅰ、Ⅱ、Ⅲ(1981、1982、1986)SYNTAX(1990)もすでに解体されており、それらは建築家の硬質な建築のイメージからすると、早すぎた喪失であるといえよう。
そして、実物が失われて、残されたドローイングの価値が上がる。磯崎新は、実際の建築は残らないと考え、意図的に大量のドローイングや模型を残し、そこに自らの思想を刻み込んだ。高松のドローイングは、設計と同時並行して作成され、当時は建築がかくも早く失われるとは、想像していなかったであろう。結果として、ドローイングは残った。
とはいえ、街中にありいつでもそこにある建築と違い、ドローイングは見る機会が限られている。しかも、高松の良質な鉛筆ドローイングの多くが、パリのポンピドー・センターの収蔵品となっている。同館のサイトで検索をしたところ、高松伸のドローイング、模型など90点をも所蔵している。フランスの国立美術館は、一度コレクションした作品を、売却、譲渡することはできないと聞いたことがある。そのため、将来高松のコレクションが、日本に戻ることはない(短期間の貸し出しはありえるが)。また、パリを訪問したとしても、高松のドローイングが常設展示されているわけではない。ということは、それらのドローイングを観る機会は、今後ほとんどないと言っていい。
ただし、高松は初期の鉛筆ドローイングの何点かを、シルクスクリーンで複製している。解体された織陣Ⅰ、Ⅲなども含まれる。今回紹介するのは、それらの版画シリーズである。
(いまむら そうへい)
高松伸 TAKAMATSU Shin
《Killing Moon》
シルクスクリーン
イメージサイズ:23.5cm×55.8cm
シートサイズ:55.0cm×70.0cm
Ed.50
サインあり
高松伸 TAKAMATSU Shin
《Origin I》
シルクスクリーン
イメージサイズ:32.0×36.5cm
シートサイズ:55.0×70.0cm
Ed.50
サインあり
高松伸 TAKAMATSU Shin
《Origin III》
シルクスクリーン
イメージサイズ:33.0×34.0cm
シートサイズ:55.0×70.0cm
Ed.50
サインあり
高松伸 TAKAMATSU Shin
《Ark》
シルクスクリーン
イメージサイズ:21.2×36.5cm
シートサイズ:55.0×70.0cm
Ed.50
サインあり
高松伸 TAKAMATSU Shin
《Yoshida House》
シルクスクリーン
イメージサイズ:35.5×17.0cm
シートサイズ:70.0×55.0cm
Ed.50
サインあり
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■今村創平
千葉工業大学 建築学科教授、建築家。
・今村創平の連載エッセイ「建築家の版画」は毎月22日の更新です。
◆ときの忘れものは今年もアート台北「Art Taipei 2025」に佐藤研吾さんと参加出展します。
会期:2025年10月23日~10月27日(10月23日はプレビュー)
会場:Taipei World Trade Center Exhibition Hall 1
ときの忘れものブース番号:B29
公式サイト: https://art-taipei.com/
出品作家:靉嘔、安藤忠雄、佐藤研吾、仁添まりな、釣光穂

出展内容の概要は10月13日ブログをご参照ください。
会場では、作家の佐藤研吾さんと、松下、陣野、津田がお待ちしております。
招待状が若干ありますので、ご希望の方はメールにてお申込みください。
●ときの忘れものの建築空間(阿部勤 設計)についてはWEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>に特集されています。
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