今村創平のエッセイ「建築家の版画」
第10回 アルド・ロッシ ≪アルド・ロッシと版画≫
私たちの父は、ドローイングを描くことが大好きだった。仕事場から戻ると、夕食の後、キッチンのテーブルで夜遅くまで、鉛筆や色を使って何ページもドローイングで埋め尽くしていった。そしてそれから版画にするものをいくつか選ぶのだった。
ヴェラ・ロッシ *1
イタリアの建築家アルド・ロッシ(1931~1997)は、多くの優れた実作を残し、同時に思弁的な理論家であった。それに加えて、大量の、実に様々なドローイングを残したことで知られている。それらのロッシのドローイングのうち、版画の作品も多いことは、あまり知られてこなかったのではないだろうか。
実際、ロッシは1973年から1997年までに、100点を超す、エッチング、リトグラフ、シルクスクリーン、木版画を残している。この24年間において、版画を製作した時期にはムラがあり、その終了はロッシの不慮の事故死による。
ロッシの版画の重要性への理解と研究が近年進み、これら版画作品だけを集めた展覧会が、自身が設計をしたボネファンテン・ミュージアム(オランダ、マーストリヒト、1995年開館) にて、2015年に開催されている。この展覧会は他の二か所にも巡回し、記録となるカタログが刊行され、そこにはロッシの版画が網羅されている。*2
ロッシにとってドローイングとは、単に建築の設計過程で生み出されるものではなく、それ以上に、ドローイングそのものが目的と言えるほど、膨大な量が描かれた。手法は、ペンが、色鉛筆、パステル、水彩など多岐にわたる。同じモチーフを繰り返し描いたことが特徴である。自身が設計した建築、建物を思わせる単純な形態、日常的に身の回りにあるものが、様々な形で、何度も描かれ、組み合わされた。そうした行為は、「ある形状が集団的記憶となり、それが建築の本質である」という、彼の建築理論とつながっている。そのことからして、版画という方法は、あるイメージを多数複製できるという点において、ロッシの建築思想に沿うものだった。そして、ひとつ元絵からいくつものバリエーションの版画を作成した。また刷られた版画をすぐには公開せず、そのまま手元に置き、それに時間をおいて手を入れることもあった。
例えば、1974年に刷られたエッチングL’architecture assasinee *3は黒インクの単色刷りのものが残っているが、ロッシはそのうちの1枚に彩色をし、高名な建築批評家マンフレッド・タフーリに贈っている。そしてタフーリは、自著がアメリカで英語版Architecture and Utopia: Design and Capitalist Developmentとして出版された際に、その彩色された版画を表紙に採用している。*4
この連載を書いていると、当然なぜ建築家が版画を作るのかという問いが生じる。図面やスケッチが設計のプロセスの一部だとしても、版画はそうではない。とはいえプレゼンテーション、建築家の表現行為の手段の一つとして版画を位置づけることもできるだろう。しかし、ロッシにおける版画はそれ以上の意味があった。ロッシが崇敬していた建築家たち、パラーディオ、ピラネージ、ブレーはいずれも版画を主要な表現方法としていた。*5だとすれば、ロッシにとって版画を手掛けることは当然であったともいえる。これらの専攻する建築家が精緻な表現を持つエッチングを手掛けていたのに対し、ロッシは現代のイタリアの画家ジョルジョ・デ・キリコやジョルジョにも共鳴し、独自の表現を開拓した。建築家と版画の関係を更新した役割も果たしたといえよう。
註
アルド・ロッシは、ホテル・イル・パラッツォ(福岡、1989年)をはじめ、日本にもいくつもの建築を残している。また書著『都市の建築』は、ロッシの建築思想をよく表すとともに、重要な建築理論書として読み継がれている。
*1:Aldo Rossi: Opera Grafica, Silvana Editoriale, 2015, p9
*2:同上
*3:Architecture Assassinated, 暗殺された建築
*4:邦訳版は『建築神話の崩壊』
*5:アンドレア・パラーディオ(1508-1580)
ジョヴァンニ・バッティスタ・ピラネージ(1720-1778)、本連載初回参照のこと
エティエンヌ・ルイ・ブレー(1728-1799)
「繰り返し描くこと、そして特に彫り込むことによって、製図工はイメージを記憶の中に包み込み、固定し、そして未来へと送る。ドローイングの複製はルネサンス期において急増し、図版の複製方法によって、印刷されたドローイングは16世紀以降決定的な役割を果たしてきた。」Kurt W. Foster, ‘Aldo Rossi’s Prints in an Age of Architectural Images’ (カート・W・フォスター「建築イメージの時代におけるアルド・ロッシの印刷物について」)、Aldo Rossi: Opera Grafica, p27
(いまむら そうへい)
■今村創平
千葉工業大学 建築学科教授、建築家。
・今村創平の連載エッセイ「建築家の版画」は毎月22日の更新です。
◆「作品集/塩見允枝子×フルクサス」刊行記念展
2025年11月26日(水)~12月20日(土)11:00-19:00 日曜・月曜・祝日休廊
※11月28日(金)、29日(土)16~17時30分の間はイベント参加者以外はご入場いただけませんのでご留意ください。
●ときの忘れものの建築は阿部勤先生の設計です。
建築空間についてはWEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>に特集されています。
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