「家」と「建築」の間について
最近また能登半島の珠洲に行ってきた。これから始まる改修プロジェクトの現場で、施工を担当するチームの作業が始まるのに先んじて、設計チームであるコロガロウで既存内装の解体を始めた。
今回、コロガロウは施工をほとんど請けずに、設計だけを担当することになっている。一方で、改修プロジェクトで多くの場合は、図面上でのプランニングなどだけでは明らかに不足で、既存建物の状況から臨機応変に対応していかなければダメなことが多い。ともすると、付きっきりで現場で作業する施工チームが持つ解像度の精緻さに対して、図面だけを抱え込んでジッとして構えがちな設計屋では当然ながら到底叶わない。工事が進む毎に常に判断を迫られる改修の現場では、建築家”センセイ”にわざわざ意見を仰ぐ暇なんて無いのだ。そうして、現場への解像度の格差は、そのままコミュニケーションの隔たりも生んでしまう。コミュニケーションを遮断された設計屋は、いつのまにか現場が自分の手から離れ、どこか他人事になってしまい兼ねない。建築に携わる一員として、それだけは避けたいものだ。
なので、単なる図面の送受信に限らず、それ以上に現場へどう関わりを増やすことができるのかを毎回考えている。それぞれの現場ごとに性質が異なるので、都度試みを変えていたりもする。今回の珠洲のプロジェクトでは、その試みの一つが既存内装の解体作業であった。そしてまた、解体作業を先んじてやることは、改修計画を練るのにもとても有効だ。フタを開けてみて分かる既存建物の有様から、どのように変えていくべきかのデザインのきっかけを見つけることも多い。今回も天井や壁を剥がしてみてようやく、複雑に増改築がなされていたであろう既存建物の状態を把握することができた。建物の履歴を追うことで、これからの改修工事をその過去の時空間にどうにか接続させることだってできるかもしれない。
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先日は、東京・三田の蟻鱒鳶ル(アリマストンビル)の現場へ。昨年に曳家された蟻鱒鳶ルは2月までの最終工事の只中にある。設備や電気、木工事、そして地下の鋼製建具の工事が進められていた。相変わらず、作業している人たち(岡さん、藤巻さん、潮上さん、(有馬さん、)轟さん、辻井さん、高野くん、松木くん、他の方々)が、厖大な時間をかけてそれぞれに独自の探求を実践しているのが素晴らしい。
自分は現場の中をウロウロとして、みんなの工夫の数々をシゲシゲと観察しながら、ナルホドと唸り続けた。そして、あまりこの現場に来れていないことへのもどかしさによって自分のなかに生み出されているかもしれない、何やらボンヤリとした壁のようなモノを、少しずつ、溶かし、崩そうとしていた。
そんなことをウンウンと悩みながら、ジロジロ見て徘徊していると、ビデオカメラで現場を記録していた辻井さんから「建築を見るときって何をどう見るんですかね?」と尋ねられた。それに対して自分は「蟻鱒鳶ルは、建築じゃないのかもしれないです」などと煙に巻くような言葉で返してしまった。辻井さんには大変申し訳なかった。けれども多分、この返答はけっこう自分のいま現在の底なる部分が現れていたように思う。
おそらくこの反射的に出てしまった返答の中の「建築」とは、今自分が片足どころか両足ほとんどをドップリと浸してしまっている建築設計を意図しているのだ。(本当のところは片足を突っ込む程度にしておきたいところが、おそらく自らの煩悩らしきによってある種の業界に擦り寄っている自分の現状がある。)その設計業界の価値観からでは、この蟻鱒鳶ルをある特殊事例としてしか把握ができないのではないかと思ってしまっている。そして、その革新性に欠けた自分の認識自体を、いま悲しんでいる。
蟻鱒鳶ルに感動し、感銘を受けて、何らかの筋道を示すモノとして希望を見出そうとする人に、実はこれまでに何人も会っている。最近も福島で、そして能登の珠洲でそんな人たちと話をした。それだけですでに蟻鱒鳶ルは凄い建築だ、と思える。けれども今の自分の中で思い浮かんでしまういわゆる「建築」(※これが”理想の建築”を意味しているわけではない)と、蟻鱒鳶ルの有様との間にはどうにも何か隔たりがある気がするのだ。そのもどかしい気持ちは、「蟻鱒鳶ルは建築である」と言い切れない今の自分自身の眼差しの曇り具合、あるいは建築というものに抱く不信感を逆に露呈させている気もする。
では今の自分にとって、蟻鱒鳶ルが「建築」であるために何が足りないのか、あるいは何が余計なのだろうか。自分にとってのあるべき建築とは何であるのか。自分の今の、あるいはこれからの感覚の根をどこへ張り向かわせるべきかを見つけるために、この疑問には正面からぶち当たらなければならない。
一方で、蟻鱒鳶ルを作った岡啓輔さんにはやはり、蟻鱒鳶ルが建築である、と言い切ってほしいと思う。そしてその上で、建築とは何であるのか、を語る試みを続けてほしい。あるいはわざわざ岡さんが喋らずとも、「蟻鱒鳶ルこそが岡の建築だ。では君たちの建築は何か?」と無言のままに迫られている。
(一方で、このように書き連ねていくと、「建築とは何か」の問いに立ち止まらずに「建築に何が可能か」へと言葉を進めた原広司さんは慧眼であったことに間違いないと思うが、それは思索を続けるための工夫だとも思うので、多分ここで考えようとしていることも同じようなことである。)
以前、ある編集者の方は蟻鱒鳶ルのことを”彫刻”ではないかと言っていた。何が彫刻で、何が建築なのかその人の線引きは分からなかったが、少なくともその人にはそう言い切ってしまえるだけの建築というモノへの理想と眼差しがあるということだ。自分はそのときに、「蟻鱒鳶ルは建築です」と言い返すことはできなかった。一方で、彫刻ですよね、などと同意することもできなかったのだった。
では、先ほどの辻井さんへ返事をした時、自分は蟻鱒鳶ルのことを建築ではなく何だと考えたのだろうか。その直後、自分の頭では「家」という概念が思い浮かんだように記憶している。たぶんそれは、多木浩二がかつて著した『生きられた家』が描いた、「家」といわゆる「建築家の作品=建築」との隔たりが念頭にあったのだと思う。そして自分は、そんな「家」と「建築」との間を架け渡すための橋をまだ十分に見つけることができていないのだ。
おそらく今まで一貫して自分が、考えることと作ることを組み合わせること、あるいは設計と施工との間で有り得る関係性を模索していたのも、つまるところ、「家」と「建築」が如何にして和合され得るかの探求に繋がっていたのだと、改めて思い出す。そのとき、「建築」という常識的な概念を変容させて「家」を取り込むのか、「家」という広大な領域に「建築」を囲い込めば良いのか。はたまた、和合の結果、別の新たな概念が生まれるのか、自分にはいまだ分からない。早めに決着を付けてしまえば良いのか、それ自体も保留になっている。分類ほど野暮なこともないが、ここでの言葉の模索は、あくまでも自分たちのこれからの展開のための羅針盤作りになる。世界にあるすべての建物がみな建築だ、そう考えてしまうのがいとも容易いが、言葉と試し紡ぎ続けることには確かな価値があると思う。
今はっきりと眼の前に建ち現れた蟻鱒鳶ルは、その困難な問いかけの元へと立ち戻らせてくれるという意味で、自分には引き続き重要な場所になっている。
冒頭に書いた珠洲のプロジェクトでの自分の姿勢も、そんな問いに直結しているのだ。異なるプロジェクトを積み重ねる度に、「家」と「建築」の間の距離感は余計に分からなくなってきている気もする。けれども、どうやらそんな2つの間の中庸、中間的な位置の往復こそに可能性を見なければと思っている自分もまたいるのだ。どうにか、先に進めるしかない。
(さとう けんご)
■佐藤研吾(さとう けんご)
1989年神奈川県横浜生まれ。2011年東京大学工学部建築学科卒業。2013年早稲田大学大学院建築学専攻修士課程(石山修武研究室)修了。同専攻嘱託研究員を経て、2014年よりスタジオGAYA。2015年よりインドのVadodara Design AcademyのAssistant Professor、および東京大学工学系研究科建築学専攻博士課程在籍。福島・大玉村で藍染の活動をする「歓藍社」所属。インドでデザインワークショップ「In-Field Studio」を主宰。「一般社団法人コロガロウ」設立。2018年12月初個展「佐藤研吾展―囲いこみとお節介」をときの忘れもので開催。2022年3月第2回個展「佐藤研吾展 群空洞と囲い」を、2024年11月第3回個展「佐藤研吾展 くぐり間くぐり」をときの忘れもので開催した。
・佐藤研吾のエッセイ「大地について―インドから建築を考える―」は毎月7日の更新です。次回は2026年3月7日を予定しています。どうぞお楽しみに。
2026年2月6日(金)~2月21日(土)11:00-19:00 ※日・月・祝日休廊
洋画家・松本竣介と彫刻家・舟越保武の二人展を開催します。 1912年生まれの二人は、岩手県立盛岡中学(現在の県立盛岡第一高等学校)の同級生で、ともに絵画俱楽部に所属し、終生の友情を結びました。
その後二人はそれぞれの道を歩みますが、1941年と45年に盛岡・川徳画廊にて松本竣介と舟越保武の二人展を開催。
現在、岩手県立美術館には二人の常設展示室が設置されています。
本展では松本竣介の素描と舟越保武の彫刻・版画作品をご紹介いたします。
●ときの忘れものの建築空間(阿部勤 設計)についてはWEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>に特集されています。
〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS ときの忘れもの
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
E-mail:info@tokinowasuremono.com
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。



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