2026.1.22

今村創平のエッセイ「建築家の版画」第12回(最終回) 磯崎新≪栖 十二 挿画33≫

今村創平のエッセイ「建築家の版画」

第12回(最終回)磯崎新≪栖 十二 挿画33≫

「遠州という人は、建築上、いろいろと新しい試みをしているんです。
 孤蓬庵の場合は砂摺天井という二次光源が入っている。そうすると全体にふわっーとした光がたちこめてくるわけです。この感覚はそれまでの日本建築にはなかったものだと思います。」*1


「栖 十二 挿画33」 1998年 銅版・手彩色・アルシュ紙

 この磯崎新による大徳寺孤蓬庵忘筌のエッチングは、『栖十二』のために作られた。より正確には、前段として、「終の栖(ついのすみか)」として磯崎が12の住宅を選び、それぞれについてのエッセイと版画を順に配布するという企画があった。それが後日まとめられ、書籍『栖十二』として出版された。発行元は、本ギャラリー〈ときの忘れもの〉、編集者は昨年亡くなられた植田実である。この稀有なる試みは、磯崎、植田、〈ときのわすれもの〉の三者の、固い絆なくしてはあり得なかったであろう。*2
 同書には、世界中から住宅が選ばれたが、日本からは忘筌だけである。忘筌は居室であったが、茶室だともされているので、住宅という企画には少々すわりが悪い。それでも、選ぶとすれば忘筌となった。磯崎新の茶室への関心は高い。そもそも磯崎は日本、西洋ともに古今の建築に関心を持ち、深い理解を示していた。とはいえ、「大文字の建築」や「建築の形式」を唱えた建築家にとって、茶室はそれらの対極にあるといえる。ただ、終生、解体、廃墟への共感を持ち続けていた磯崎の体質からして、非構成的な数寄屋、それからつながる茶室に対し関心をもっていたのだろう。
 磯崎自身が手掛けた茶室としては、品川の御殿山に作られた有事庵(うじあん)が筆頭にあげられる。独立した茶室としては唯一のものであるし、作品としても磯崎の考えや好みがよく反映されている。有事庵では、鉛で床を作り、光を制限するなど、待庵にも通じる凝縮された濃密な茶席が指向され、それに対して自在な構成が付加されている。また、茶室全体は石で包まれた正方形をなし、そこに金属製の正円の屋根が載る。この構成からは、アンドレア・パラーディオのヴィラロトンダの幾何学を想像しうる。つまりとても形式性が高い平面を持つ建築として構想されている。ただ、それだけでは済まさず、そこにモンローカーブが挿入されているところが、磯崎の妙である。


有事庵

一方で、群馬県立近代美術館や、セラミックパークMIHOなど公共建築内の茶室も手掛けており、これらは施設の性格からも開放性が求められたのであろう、茶室は閉鎖的な小間ではない。実際、MIHOでは忘筌と蜜庵の写しによる茶室としている。
 磯崎は、忘筌についてこう説明している。

「透明で明るい。空気が吹き抜けている。
半世紀余の間に、躙口の奥はよどんだ闇の昏がりから、さわやかに、フィルターをかけられた陽光が浸透してくる明るい空間へと変貌しています。それを「わび」から「きれいさび」への美意識の変化として説明されるのが常道ですが、これは遠州の解体工作の結果です。」*3 

「遠州の意図的な解体工作だった、と考えるといいじゃないですか。「わび」を破棄する。「かこい」を崩す。同時に成型の書院も崩してしまう。桂離宮についてかなり昔に書いた文章に、私は「両義的空間」という副題をつけましたが、これは忘筌席にこそ与えられていい。いやむしろ蜜庵席にこそ、というべきです。」*4

『栖十二』において忘筌を選んだのみならず、茶人の中ではとりわけ小堀遠州に、磯崎は関心を示し続けてきた。なぜ、磯崎新が、小堀遠州なのか。遠州を書院と草案茶室をつなぐ存在と評価していた。そこには、磯崎の建築に対する姿勢との共振が見える。遠州の生きた時代は、利休のような戦国の世ではなく、囲いの中で内省することは求められていなかった。遠州は将軍家と天皇家のパワーバランスの中での処世に長けていた。磯崎が遠州に見ていたのは、「奇麗さび」と呼ばれる平穏なる美意識ではなく、難しい均衡の中にようやく成立する何かであった。
 利休の待庵の特性は、磯崎もよく引用するこの堀口捨巳による記述によって説明できる。「背すじの中へサッと何ものかを受けた感じである。私はぞくぞくして全くわれを忘れた。」磯崎は、『栖十二』の遠州の項をこう締めくくっている。「極小の部屋に過ぎない茶席が巨大な世界を呑みこむことができました。」
 利休の身体性と、遠州の構想力。

1:磯崎新・小堀宗実「江戸の“アートディレクター”小堀遠州の建築術」、『小堀遠州 奇麗さびの極み』新潮社、2006より、磯崎の発言、P52
2:磯崎新『栖十二』住まいの図書館出版局、1999
ちなみに、本書にはこの忘筌の床を正面から描いたエッチングは掲載されていない。代わりに、磯崎が現地で描いた同じ構図のスケッチが載せられている。磯崎は、現地で筆ペンを使ってスケッチをし、あとでそれをもとにエッチングの版を掘った。その版にオリジナルのスケッチの通り文字を入れたため、エッチングでは文字が反転している。
3:同書 P201
4:同書 P208

いまむら そうへい

今村創平
千葉工業大学 建築学科教授、建築家。

・今村創平先生による連載エッセイ「建築家の版画」は今回が最終回です。
今村先生、1年間ありがとうございました。またお付き合いいただいた読者の皆さんにも心より御礼申し上げます。
1月25日まで水戸芸術館で磯崎新展が開催中です。お見逃しなく。

Tricolore 2026/藤江民・谷川桐子・釣光穂
会期:2026年1月9日(金)―1月24日(土) 11:00-19:00 ※日・月・祝日休廊
2010年から開催しているシリーズ企画「Tricolore展」は、ときの忘れものが選ぶ作家3名の展覧会です。
6回目となる本展は、女性アーティストの藤江民・谷川桐子・釣光穂の作品をご紹介します。
版画家・藤江民は、版画だけなく、オリジナル手法で制作した大作の油絵や、タイルの作品「割絵」などを出品します。
谷川桐子は、油彩で緻密に描いた砂利や地面の上にハイヒールやブラジャーなどを描いた作品を制作しています。
陶芸家・釣光穂は手びねりという陶芸の技法で、まるで編み物で編んだようなオブジェを制作しています。
三者三様のユニークな作品をご覧いください。

 

●ときの忘れものの建築空間(阿部勤 設計)についてはWEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>に特集されています。
〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS ときの忘れもの
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 
E-mail:info@tokinowasuremono.com 
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。

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