三上豊「今昔画廊巡り」第26回 2人称・画廊
大田区西蒲田7丁目49―11に2人称・画廊があった。おそらくほとんどの人は知らない画廊だろう。だが、1970年代から90年代、画廊巡りをしていた人なら、画廊の主人三須康司(1931―2008)さんは知っているはずだ。彼は毎週のように美術館や画廊を見ていたから。私は西蒲田の画廊は1回ぐらいしか行ってなく、現在の風景からは、何の記憶も蘇ってこなかった。「掃除ができていなかった画廊」とある作家は言う。
蒲田駅西口商店街のアーケードの一角に画廊はあった。銀行から借金をしてビルを建てた。ビルの名前は「セカンド・パーソンビル」。2人称だ。地下1階、地上5階(23坪)、3階に画廊を、さらにライブのできるスタジオもつくり、グランドピアノや豪華な音響設備をセットした。76年のことだった。ここまでの記述と今回は、没後1周忌に刊行された『かつて、画廊にはいつも三須康司さんがいた』(2009 1:1 art press刊)によることが大きい。この冊子タイトルの「画廊」とは、彼の画廊を指すのではなく、画廊巡りのことだろう。三須さんは歩く画廊とも言え、とにかく議論を吹っかける方だった。作家に対して意見を言う、それもかなり批判的に、時に若い作家は泣かされていた。出入り禁止になった画廊もあるそうだ。私も彼が画廊にいると、「あ、またやっている」と敬遠気味にその場を去ったことが度々あった。
三須さんは、物書きであり(文章は難解)、詩人でもあった。「愛してます」とのタイトルの紙片詩集を知人に手渡ししていたこともあるという。多摩美の高辻かおりが97年に行った彼へのインタビューを読むと(『Interviews2.2』6名のアートウォッチャーへのインタビュー集 1998 多摩美術大学附属美術館)、フランス文学が好きなようで、ともかく自分の知識がほとばしっていく様子がわかる。読み、書き、語ることが本当に好きだったのだろう。
さて、企画展だが、76年10月スタートは画家の黒田克正だ。彼に「なぜ2人称で」と訊ねたところ、当時、職場の同僚に三須さんの妹さんがいて紹介されたそうだ。展示空間はコンクリートの冷たい雰囲気だったという。その後展示は、ヒグマ春夫、知多秀夫、八田淳、新里陽一、沼尻昭子ら、癖のある強者が続く。画廊で作品を購入することには抵抗があったようで、作品には作家の「怨念」が宿っているので、それを所有することに抵抗を示していた。ゆえに企画展といっても商いにするのでなく、三須さんが気に入った作家を選抜、パンフには彼が文章を寄せるといった、ある意味独善的で、展示も年2回ぐらいが多かった。それでも90年以降は貸し画廊としても開いていくが、どうもうまく回っていかなかったようだ。他の階の賃料では借金返済はならず、破産した。
2人称・画廊のナカグロ「・」は、「神を失った絶対的主体、自己と自己意識の統一と画廊(三須)との間にあるものを指す」ようだが、その意味、私には理解不能。それでも三須さんを画廊でみかけると、なぜかふと安心するときもあった。
企画展開催リストの79年に雪野恭(弘)がいる。尾辻克彦の小説『雪野』(1983 文藝春秋)に出てくる作者の幼馴染み雪野恭だ。もちろん本名の赤瀬川原平も登場、大分の小学校から武蔵美時代のバイトのエピソードなどが綴られている。雪野の2人称・画廊の個展では、葬式の花輪を会場に置いて会期中は姿を見せなかったようだ。彼は2024年現在大分在住、89歳で健在の様子。25年春、大分ケーブルテレコム制作の赤瀬川原平没後10年特別番組「赤瀬川が大分に残した軌跡」に登場していた。
ところで蒲田駅東口近くの地下には、今でもスウェーデンから一時帰国すると旋風を巻き起こす中島由夫がかつて発表をした、伝説的なローマ画廊があった。これはまた別なお話。
(みかみ ゆたか)
■三上 豊(みかみ ゆたか)
1951年東京都に生まれる。11年間の『美術手帖』編集部勤務をへて、スカイドア、小学館等の美術図書を手掛け、2020年まで和光大学教授。現在フリーの編集者、東京文化財研究所客員研究員。主に日本近現代美術のドキュメンテーションについて研究。『ときわ画廊 1964-1998』、『秋山画廊 1963-1970』、『紙片現代美術史』等を編集・発行。
・三上豊のエッセイ「今昔画廊巡り」は毎月28日の更新です。
●本日のお勧め作品は、平嶋彰彦です。
《蒲田東口中央通り 自動販売機コーナー 2019年5月》
2023
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