三上豊「今昔画廊巡り」

第22回 ガレリア・グラフィカ


 オーナーだった栗田玲子さん(1941-2023)には、著書に『画廊の扉をあけて』(2000年、講談社)がある。開廊30周年を記念して発行されたようだ。

 栗田さんは、1964年東京教育大学(現・筑波大学)文学部を卒業後、5年間の出版社勤務を経て、1970年、千代田区有楽町2丁目2番地渡辺ビル内で開廊。地下の13坪、壁面18メートルの空間だった。地上の向かいには、現在西武や阪急のデパートがあり(昔は朝日新聞社や日劇と言った)、地下に降りる階段はちょっと暗かった。中に入ると、栗田さんが「穴倉」というように暗さが続き、天井高を得るために排水管などが剥き出しになっていて、奥の方が少し狭くなっていた記憶がある。当初はパートナーが運営していた通信教育の学生たちの発表の場でもあり、後に画廊のロゴマークをデザインした山岸義明、東大駒場祭のポスターで有名だった橋本治らも出入りしていたことがある。しかし、10万円の家賃も大変になり、パートナーは海外に出向き版画の仕入れに、東京の現場は栗田さんが仕切ることになり、フジタ、ピーター・ブレイク、エルンスト・フックス、ポール・デルヴォー、ジョン・マーティン、ブリジット・ライリーら、ヨーロッパの近現代の版画を中心に営業を続けていく。展示作品は額装されていたが、古い版画は元となるのは稀覯書であり、ページをバラして販売していたら、お客さんに古書店かと言われもしたそうな。ユニークなところでは、72年に今和次郎の民家のスケッチ展があった。しばらくして最大30ページの『ガレリア通信』なる媒体を発行、筆が遅い阪本満氏への対談形式での古版画の蘊蓄や版画家へのインタビュー、海外ニュースを掲載していた。

 1983年に移転。中央区銀座7丁目8番地9(加藤ビル)3階となり、壁面は25メートル、窓からは銀座通りを見下ろせた。ホワイトキューブとなったスペースは画期的に明るくなった。70年代の「穴倉」時代から、画廊と並走してきた作家に坂倉新平と山本容子がいる。坂倉は60年代からパリで活動しており、グラフィカでの個展は2000年代も続いた。山本は栗田さんの上記の著書に、京都での出会いから、80年代の華々しい活躍まで記述されていて、この画廊の代表的作家ともいえる。3階まで階段をのぼり、画廊に入り、山本容子の版画を目にしたとき、華やかなムードを感じたことがある。10年以上、7丁目で運営していた画廊も、大家さんが土地建物を売りに出し、引越しを迫られた。バブルの時代の嵐に巻き込まれた。

 1994年、中央区銀座6丁目13番地4へ移転。2階は企画と事務室、1階は企画と貸しのスペース(壁面21メートル)とした。1階が飲食業だと匂いがあがってくるのを避けるため、栗田さんは1階も借りることにしたそうだ。通りに面したところはガラス張りにして、一般の人にも気安く作品が見られて、入れるようになった。一応業界の人である私は、ガラス越しに見て、失礼することも何回かあった。
 ガレリア・グラフィカは閉廊し、栗田さんも亡くなった。現在、その場所は、ギャルリ・シェーヌとなって、グラフィカに勤めていた樫山敦さんが運営している。

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閉廊の挨拶状 2020年10月(クリックして拡大)

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著作カヴァー 表紙画は山本容子

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『ガレリア通信』創刊号より 1974年5月 96年1月までに30号を発行(クリックして拡大) 

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坂倉新平展リーフレット 右が1998年、左が2005年の図録。いつもサインが表紙だった。

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閉廊後の1階シャッター 2020年11月

(みかみ ゆたか)

■三上 豊(みかみ ゆたか)
1951年東京都に生まれる。11年間の『美術手帖』編集部勤務をへて、スカイドア、小学館等の美術図書を手掛け、2020年まで和光大学教授。現在フリーの編集者、東京文化財研究所客員研究員。主に日本近現代美術のドキュメンテーションについて研究。『ときわ画廊 1964-1998』、『秋山画廊 1963-1970』、『紙片現代美術史』等を編集・発行。

・三上豊のエッセイ「今昔画廊巡り」は毎月28日の更新です。次回更新は3月28日です。どうぞお楽しみに。

*画廊亭主敬白
50年前の昔話、もう時効だからいいでしょう。
1974年新聞社のサラリーマンだった亭主は「版画の普及」を目指して渋谷のマンションの一室で現代版画センターを旗揚げした。業界の人は誰も知らない。何人かの画商さんが訪ねてきた。
グラフィカの栗田さんもその一人、T崎さんというスタッフを連れてきて「今度独立して新しい画廊をつくるのでよろしく」と。T崎さんの奥様は高名な画家・田淵安一先生のお嬢様だった。こちらは右も左もわからないので栗田さんのお勧めに従い創立記念展をT崎さんがつくったギャラリープラネートを借りて開催した。オープニングの挨拶は栗田さんだった。
展覧会はそれなりにうまくいったのだが、T崎さんは売上金すべてをもってあっという間に夜逃げしてしまった。当時はまだ新聞社の社員だったので、まさか「売上金を持ち逃げされました」なんて社には報告できない(したら懲戒処分でしょうね)。自腹を切って売り上げ報告書を書いた。同時期もう一軒の銀座の画商さんに一杯食わされて、亭主の銀座アレルギーは50年も続く。
栗田さんは亭主にこの世界は甘くはないぞと苦い経験をさせてくれたある意味で恩人でした。

お知らせが遅くなりましたが、「生誕130年記念 北川民次展ーメキシコから日本へ」が名古屋市美術館、世田谷美術館の巡回を経て、1月25日から郡山で開催されています。
会場・会期
【愛知】名古屋市美術館 2024年6月29日~9月8日
【東京】世田谷美術館 2024年9月21日~11月17日
【福島】郡山市立美術館 2025年1月25日~3月23日
会期も残り僅か、お近くの方、お見逃しなく。

●本日のお勧め作品は、北川民次です。
tamiji_20 (2)《眠るインディアン》
1961年
リトグラフ
イメージサイズ:30.1x38.8cm
シートサイズ :38.3x56.5cm
Ed.55
サインあり
※レゾネ No.124
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※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください

●ときの忘れものの建築は阿部勤先生の設計です。
建築空間についてはWEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>に特集されています。
〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 E-mail:info@tokinowasuremono.com 
http://www.tokinowasuremono.com/
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
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