今村創平のエッセイ「建築家の版画」
第3回 マイケル・グレイヴス
これまでにつくられてきた歴史的な建築をいろいろ思い浮かべてみても、
マイケル・グレイブヴスの建築は、文学作品に近いという点で群を抜いている。
...グレイヴスの建築は、事実「引喩(アリュージョン)」と
「幻想(イマジネーション)」というふたつの言葉に依っている。
ヴィンセント・スカーリ「マイケル・グレイヴスの引喩的建築:マッスの問題」*1
前々回の連載では、ピラネージの版画〈牢獄〉を取り上げた。ヴェネチア生まれのピラネージは、20歳の時にローマに行き、初めてかの地に滞在した。ピラネージは、ローマの風景を版画とし成功を収めるが、それはローマがグランド・ツアーの中心地であったからに他ならない。ローマには、フランスのアカデミーがあり、そこにはパリのエコール・デ・ボザールを最優秀で卒業したものに与えられるローマ賞の作家たちが寄宿していた。そうした芸術家たちの交流も、ピラネージの作家としての形成に影響を与えたとされている。
かつては(今でもそうしたシステムの名残はあるのかもしれないが)、建築教育にて優れた評価を得た学生は、ローマに数年間滞在する習わしがあった。今回紹介するマイケル・グレイヴスもそうした選ばれし若き才能を持ったひとりであった。1960年、ローマ賞の受賞者として、イタリア、ギリシャ、トルコ、スペイン、イギリス、ドイツ、フランスを訪問し、建築や遺跡のスケッチを多く手掛け、それは一冊の本としてまとめられているほどである。グレイヴスは、さように絵心のある建築家である。こうした世界の建築を巡るグランド・ツアーは、古今を問わず建築家のならいであり、ル・コルビュジエも若い時に各地を旅し、その際のスケッチが多く残されている。
マイケル・ヴレイヴスは、ポスト・モダンの代表的な建築家と知られ、代表作である「ポートランド市庁舎」(1982年)は、ポスト・モダンの時代を画した建築として名高い。後半期はとても人気のある建築家となり、世界中で多数の建築を手掛け、日本に限っても実現された建物は20をくだらないと思われる。
グレイヴスは、多くのドローイング、スケッチ、エッチングを残している。そうした中で、《作品 7・84/2》は珍しく木版画であり、それも日本で制作されたものである。来日したグレイヴスは、日本の浮世絵版画に興味を持ち、自分のドローイングを版画にした。ここに描かれているのは、いくつかの建築のエレメントがコラージュ風に組み合わされ、カラフルな色彩が施されている。階段や窓といった建築の部分が自在に編集されることで、幻想的な効果を生み出している。
アメリカの著名な建築史家のヴィンセント・スカーリは、グレイヴスについてこう評している。
グレイヴスの問題は、それ故に、引喩から明快な建築をいかに作り出すかに、終始してきた。
きわめて長い間、彼は得意中の得意であったドローイングにおいてのみ
それを行うことは可能と思われた。
ドローイングは幻想の真の素質を得て効力を発揮する*2
そう、このグレイヴスの木版画《作品 7・84/2》は、実際の建築とはなりえない想像上の産物、イマジナリー・アーキテクチャーなのだろうか。スカーリのコメントは、ドローイングでの効果をいかに実際の空間へと転換するか、という難題に建築家が取り組んでいたことを示唆している。
実は、この木版画のもととなったドローイングは、マイケル・グレイヴスが手掛けたインテリアの一部としても使用されている。それは、作品集では「アパートメント・リノヴェーション」というタイトルで紹介されている、1979年のニューヨークの改修プロジェクトである。*3 今となっては、先にドローイングがありそれを建物に組み込んだのか、それとも設計を進める中で、その場所のためにドローイングを描いたのかは不明である。しかし、いずれにせよ、グレイヴスの構想した空間に組み込まれることで、幻視的効果がより発揮されている。
この頃グレイヴスは、建築の壁面にドローイングを描くことを繰り返し試みている。これは、ル・コルビュジエが、建築の中に自身のドローイングを描いていたことを連想させる。グレイヴスの初期の建築は、ル・コルビュジエの初期の住宅の造形や空間を、より複雑に操作することを試みていた。*4 それは、モダニズムを乗り越えるための、巨匠の行為の意識的な参照であった。こうしたドローイングの建築への採用も、ル・コルビュジエを意識していたことは間違いない。
グレイヴスの建築やドローイングでは、古典的な建築の形態が参照され、それが実際の建築や版画へと展開されることで、幾重にも重層した引喩と幻想を生み出しているのである。
*1:マイケル・グレイヴス作品集 (A.D.A.EDITA Tokyo 1982年)
*2:ヴィンセント・スカーリ「マイケル・グレイヴスの引喩的建築:マッスの問題」、同上。
*3:https://www.domusweb.it/en/biographies/michael-graves.html より
*4:「彼らにあっては、コルビュジエの用いた手法が、まったく見事なまでに追跡されている。...ただ、オリジナルよりもはるかにソフィストケートされており、はるかに豊かな空間が生み出されている。」磯崎新『建築の解体』(美術出版社、1984)、P360。ここでの「彼ら」とは、グレイヴス、ピーター・アイゼンマン、チャールズ・グワスミー、ジョン・ヘイダック、リチャード・マイヤーのこと。1960年代、70年代のグレイヴスの、インテリアにドローイングや鮮やかな色彩を用いる手法は、同時期のポップ・アートやスーパー・グラフィックの潮流と並行している。磯崎新にも、福岡相互銀行大分支店(1967年)をはじめとする作品で、そうした傾向の試みが見られる。
(いまむら そうへい)
■今村創平
千葉工業大学 建築学科教授、建築家。
・今村創平の新連載エッセイ「建築家の版画」は毎月22日の更新です。
●本日のお勧め作品は、マイケル・グレイヴスです。
《作品 7・84/2》
1984年
木版
イメージサイズ: 27.7×42.2cm
シートサイズ: 40.8×53.4cm
サインあり
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◆「没後60年 ル・コルビュジエ 建築讃歌」は本日最終日です
会期:2025年3月11日(火)~3月22日(土) 11:00-19:00 ※日・月・祝日休廊
ル・コルビュジエは 建築設計とともに油彩、彫刻、版画を精力的に制作しました。本展では版画作品を紹介するとともに、磯崎新、安藤忠雄、マイケル・グレイブス、六角鬼丈、高松伸など建築家のドローイング、版画作品も併せてご覧いただきます。
出品作品の詳細は3月1日ブログに掲載しました。

*画廊亭主敬白
今村先生の「建築家の版画」第3回はマイケル・グレイブスを取り上げていただきました。
初めて来日された折に亭主が磯崎新先生に接待を命じられ都内のあちこちを案内したことは3月12日ブログに書きましたので、お読みください。
桜の季節ですね。
本日3月22日(土)から28日(金)までの7日間、ときの忘れものから歩いて数分の六義園では「夜間特別鑑賞」として18時半~21時まで春夜の六義園が開催されます。
23日(日)、24日(月)は画廊は休廊ですが、他の日は19時まで開廊しています。ぜひ画廊にお立ち寄りいただいてから、夜桜見物を楽しんでください。
亭主と社長は年間パスを持っているので、休日には先ず江戸太神楽を楽しみ、池の周りを散歩し、藤代峠に登り、出口近くのお茶屋さんでお汁粉をいただくのがコースです。
●ときの忘れものの建築は阿部勤先生の設計です。
建築空間についてはWEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>に特集されています。
〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 E-mail:info@tokinowasuremono.com
http://www.tokinowasuremono.com/
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。



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