駒井哲郎先生(1920年(大正9年)6月14日 - 1976年(昭和51年)11月20日)の代表作《R夫人像》をご案内します。
駒井ファンならずとも、着飾った女性の背景に施されたレース模様が印象的なこの作品を知っている方は多いのではないでしょうか。

駒井哲郎「R夫人像」駒井哲郎
R夫人像
1970年頃
アクアチント
イメージサイズ:17.5×14.4cm
シートサイズ: 37.5×28.3cm
Ed. I/XX
サインあり

本作はじつは幾つものバージョンがありいまだその全貌はわかっていません。
画廊亭主はエッセイ「駒井哲郎を追いかけて」にも書いています。
駒井哲郎を知る上で最も重要な書籍、中村稔『束の間の幻影 銅版画家駒井哲郎の生涯』には、このように書かれています。
DSC_0633中村稔『束の間の幻影 銅版画家駒井哲郎の生涯』 表紙
駒井哲郎の初期作品にはレースを用いた作品が数多いが、そのひとつに「R夫人の肖像」がある。この作品が一九五〇年の春陽会展に出品されたさい(ママ)の図版が『芸新潮』同年六月号に掲載されているが、現在「R夫人の肖像」または「R夫人像」として知られている作品と比べると、レース模様の黒白が逆になっている。現在の「R夫人像」のレース模様は、「二つのアネモネ」のものと同様で、一九七〇年(昭和四十五年)に修正した版になっている。この年駒井は美子夫人をともなってほぼ十五年ぶりでパリを訪ね、長谷川潔を訪ねた。そのおり、長谷川潔に、あのレースはこうして作るのではないでしょうか、と尋ね、まぁ、そんなもんだろうね、との答えをえた、と美子夫人は語っている。この長谷川潔の回答に元気づけられて版を修正したのが現在の「R夫人像」であるという。駒井が長谷川潔のアクワチントの技法の秘密を解きあかすのには、パリ滞在からかぞえて十五年、最初に「R夫人像」を制作してから二十年の歳月を必要としたのであった。
中村稔『束の間の幻影 銅版画家駒井哲郎の生涯』(新潮社、1991年)169頁・170頁より引用

なるほど・・・《R夫人像》の一番最初のバージョンは1950年に制作された。ということで、急ぎ「藝術新潮」のバックナンバーを購入して確認しました。

20250607152953_00001「藝術新潮」(新潮社、1950年6月号)表紙
20250607153027_0000193頁より引用

たしかに女性の背景のレース模様が1970年頃の《R夫人像》とはまったく違うことが分かります。駒井先生は長谷川潔のアクアチントによるレースの技法を1950年に試みますが、結局レースをモノタイプで表現した作品として春陽会展に出品しました。中村稔先生によるとそれから20年の歳月がかかって納得のいくアクアチントのレース表現を施した《R夫人像》に到達したというわけですね。その1970年頃のバージョンが今ときの忘れものにある《R夫人像》です。

では、タイトルの「R夫人」とは、いったい誰なのでしょうか。
駒井先生が若かりしころに交流のあった9歳年上のレイ夫人がモデルと言われたこともあったようですが、『駒井哲郎 若き日の手紙』にはこう書かれています。

「R夫人」像は時代は駒井さんの創作上の人物であって頭文字がLではじまるレイ夫人の肖像ではない。」(『駒井哲郎 若き日の手紙』美術出版社、1999年、213頁「解説・初期作品誕生の拝見を明かす」加藤和平 より引用)

レイ夫人は駒井先生よりも9歳ほど年上で華やかで自身でも油絵を描き芸術にも理解が深い方だったそうです。RではなくL夫人なのでモデルではないそうですが、モデルとは言わないまでも彼女との関係が制作の何かヒントになったのかもしれませんね。

さて、駒井哲郎といえば、資生堂名誉会長・福原義春さん(1931年~2023年)の大コレクションが有名です。これはときの忘れものも少しお手伝いさせていただきましたが、現在は世田谷美術館に寄贈されています。詳しくはこちらをお読みください。

20250607152835_00001
『没後15年 銅版画の詩人 駒井哲郎回顧展』図録
(資生堂、1991年)表紙
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35頁より引用。
1991年に資生堂ギャラリーで開催した展覧会の図録(上掲)にも《R夫人像》は掲載されています。上が1950年バージョン、下が1970年頃のバージョンです。1950年バージョンのレースはこれもまた違う絵柄になっていますね。レース部分はモノタイプで刷っているということなのでモノタイプは基本的には1枚しか作品が得られませんから、いくつかバージョンが出来たのかと思います。

20250607153058_00001
横浜美術館「駒井哲郎-煌めく紙上の宇宙」展図録(玲風書房、2018年)
20250607153122_00001
113頁。
2018年に横浜美術館で開催された展覧会でも《R夫人像》が展示されました。こちらも上が1950年バージョン、下が1971年のバージョンです。これもまた1950年バージョンは違う絵柄のレースになっていますね。

図版の上でですが、今回は1950年バージョンの《R夫人像》を3種類、確認できました。
見比べてみると、当時の駒井さんが長谷川潔にどれだけ近づけるか試行錯誤した様子が想像できます。1970年頃バージョンとは、20年の歳月を経て駒井先生が納得のいくレース表現にようやくたどり着いた悲願の作品だったわけです。
ぜひご興味のある方は実物が画廊にありますのでお問合せください。
スタッフM

◆「開廊30周年記念 塩見允枝子×フルクサス from 塩見コレクション
Part 1 2025年6月5日(木)~6月14日(土)
Part 2 2025年6月18日(水)~6月28日(土)
※6月17日(火)に展示替え、日・月・祝日休廊
塩見允枝子×フルクサス案内状 表面ときの忘れものは開廊30周年を迎えました。記念展として「塩見允枝子×フルクサス from 塩見コレクション」展を開催しています。

松本莞『父、松本竣介
2025年6月8日東京新聞に昭和初期から戦後活躍 早世の洋画家 松本竣介の生き様 新宿在住次男・莞さん 逸話まとめ出版という大きな記事が掲載されました。
また『美術手帖』2025年7月号にも中島美緒さんの書評「家庭から見た戦時の画家の姿」が掲載されています。
ときの忘れものは松本竣介の作品を多数所蔵しています。
松本莞さんのサインカード付『父、松本竣介』(みすず書房刊)を特別頒布するとともに、年間を通して竣介関連の展示、ギャラリートーク他を開催してまいります。詳細は1月18日ブログをお読みください。
今まで開催してきた「松本竣介展」のカタログ5冊も併せてご購読ください。
1200-hyoshi著者・松本莞
父、松本竣介
発行:みすず書房
判型:A5変判(200×148mm)・上製
頁数:368頁+カラー口絵16頁
定価:4,400円(税込)+梱包送料650円

●ときの忘れものの建築空間(設計:阿部勤)についてはWEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>に特集されています。
〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 E-mail:info@tokinowasuremono.com 
http://www.tokinowasuremono.com/
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。日・月・祝日は原則として休廊ですが、企画によっては開廊、営業しています。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
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三階