王聖美のエッセイ「気の向くままに展覧会逍遥第39回」
安藤忠雄展「青春」を訪れて
今年度は例年以上に建築家の個展が目白押しとなっている。大阪梅田のVS.(*1)で開催されている安藤忠雄展「青春」を訪問した。
1.「水の教会」の模型に埋め込まれたアンビルト「水の劇場」の遺伝子
本展のハイライトのひとつに、実寸空間再現の「水の教会」がある。「安藤忠雄展ー挑戦ー」(国立新美術館、2017)でのガラスを取り除いた「光の教会」の原寸大再現が記憶に新しいが、「光の教会」(1989)のような壁で構成される空間とは対照的に、「水の教会」(1985-88)の場合は、建築を原寸で立ち上げても周辺環境なくしては追体験が難しい。そこで、礼拝堂までのシークエンスの表現は難しいまでも、着座の目線の高さで享受できるよう教会椅子を配置、借景の四季のループ映像(約10分)を3面でプロジェクションし、水盤と環境音を用いて空間を再現したのは、建築展では見られなかった手法(*2)で大きな魅力に繋がったのではないだろうか。「水の教会」の図面には、開口の大ガラスに「開くこと」と指示が書かれている。その意図を強調するように、実寸空間再現ではガラスを取り払い、鑑賞者にダイレクトに水面の波を感じさせ、鳥のさえずりを届けている。筆者は幸いにも混雑していない時間帯に訪れられたので、静寂の中、没入して臨場感を楽しめた。
なお、「安藤忠雄展ー挑戦ー」展については植田実先生、「水の教会」については今村創平先生がお書きになっている。

「水の教会」インスタレーション

「水の教会」展示風景 模型の下側が水の教会、上側に水の劇場
「水の教会」は、受動的に鑑賞するインスタレーションがある一方で、図面2点(断面図と平面図)、スケッチ6点、模型1点、隣接して計画された「水の劇場」を含めた模型1点が展示されている。なぜ、実現した案と計画案の2つの模型を展示したのだろうか。縮尺の違いだけだろうか。そこには、未完のプロジェクトへの強い思いがあるのではないか。
「水の劇場」は、トマム(勇払郡占冠村)の「水の教会」に隣接してアースワーク的な取り組みとして1987年に計画された。6000席規模の半円形の野外劇場(*3)で、扇型の人口湖を抱いている。冬には湖が凍り、スケートリンクになる計画であった。計画は、現在無期延期となっている(*4)。しかし、環境と一体化するコンセプトは、「近つ飛鳥博物館」(1994)、「大山崎山荘美術館」(1995、2012)、直島の一連の仕事(1988-現在)などに引き継がれ、実現している。
「大阪府近つ飛鳥博物館」展示風景
また、自然の地形を利用した半円型の野外劇場というモチーフの参照元が古代ギリシャの劇場にあることは言うまでもない。そして、このモチーフは、敷地の持つバックグラウンドやカルチャーとまるで関係なく、「淡路夢舞台」(1993-1999)の野外劇場(3000席)、「兵庫県立美術館」(2001)に隣接する神戸市水際広場「なぎさ公園」の「マリンステージ」(1500席)としてランドスケープに刻まれていることが、本展の「風景の創造」の章に展示されている模型を見ていると読み取ることができる。

「淡路夢舞台」展示風景 模型の中央右側に野外劇場

「兵庫県立美術館」展示風景 模型の左下側にマリンステージ
2.大阪のアンビルトの展開
大阪開催ということで、「安藤忠雄の現在」-「大阪から」というセクションが設けられ、「大阪プロジェクトマップ」に大阪近郊の仕事が年譜化されマッピングされていた。
VS.が位置する大阪駅前を緑化した「グラングリーン大阪」(2024)に先立つ構想は、最初期の「大阪駅前プロジェクト」(1969)に遡る。本展では詳述されていないが、「大阪駅前プロジェクト」は、大阪市の依頼に応えた2案がある。1案目は駅前に建つさまざまな高さのビルの屋上を緑化し、それぞれの最上階をエスカレーターで連結した案、2案目はビル群の屋上を人工地盤で連結し、そこを庭園広場としてパブリックスペースとする案であった(*5)。そのアイディアは後に「希望の壁」(2013)、「都市の大樹」(2013)として表れ、ついには、かつてJR貨物旧・梅田駅及びコンテナヤードであった駅前の一等地が都市公園に生まれ変わったということである。
再開発される街の緑化に対し、既存建築とその記憶の保存を訴えた構想は、「中之島プロジェクトⅡ」の「アーバンエッグ」(1988-)と「地層空間」(1988-)に代表される。前者は、中之島の地上の景観や緑を生かし、地中に新たな文化施設を計画するもの、後者は、中之島公会堂(1918年築)の改造計画である。本展では詳述されていないが、これらの提案に先立つ「中之島プロジェクトⅠ」(1980)が存在する。それは、解体を目前にした旧大阪市庁舎(1921年竣工)を保存、再生するカウンタープロポーザル(*6)で、旧庁舎を保存しそれを新庁舎で内包した、新旧が共存する建築の提案であると同時に、歴史の蓄積を顧みずスクラップアンドビルドする同時代に対して、景観の継承を訴えたものであった。シーザー・ペリが「地層空間」を知ってか知らずか、現・国立国際美術館(2004)の展示室や収蔵庫などを全て地下に計画したのはこの10年以上後のことである。
50年以上前の高度経済成長期に失われていく緑の再生を訴え、バブル期にはスクラップアンドビルドによって失われていく環境に警鐘を鳴らし続けた先見の明は疑いようがない。

「大阪から」展示風景

「中之島プロジェクトⅡ 地層空間」展示風景
3.船のデザイン
会場内「37年目の直島」の模型の側に置かれていた船「こども図書館船 ほんのもり号」(2023-)は、安藤忠雄建築研究所が小型旅客船の内装を改装し移動式図書館として香川県に寄付し、今年度から運行が始まった。香川では高松市立や丸亀市立の図書館の移動図書館車が管轄の島を巡回して町民へ図書館サービスを届けているが、ほんのもり号の場合はおそらく(展示物からの推察でしかないが)自治体の縦割りではない北前船のようなネットワークを想定している。今のところ、県下の島を中心とした保育園・幼稚園・学校連携などの行事で活躍している。
このほんのもり号の1隻の大きさは「文化船ひまわり号」と概ね同等である。ひまわり号は、1981年まで瀬戸内海の19の島を巡航し、広島県の図書館ネットワーク(ブックモビル)を支えていた移動図書館船である。ほんのもり号について知った時、ひまわり号の復活をイメージしたと同時に、建築家と船のデザインという不思議な関係を思わずにいられなかった。
船の意匠設計をした建築家(*7)に、中村順平(1887-1977)、村野藤吾(1891-1984)、松田軍平(1894-1981)、本野精吾(1882-1944)、ル・コルビュジエ(1887-1965)らがいる。ル・コルビュジエは、日本の建築家のような豪華な装飾を施す客船ではなく、戦争難民を収容する施設として、セーヌ川に停泊する船アジール・フロッタンの改修を第一次大戦後の1929年に手がけた。アジール・フロッタンについては日本建築設計学会(ADAN)の遠藤秀平先生の報告(*8)に詳しい。ル・コルビュジエは近代建築の五原則を用いて明るく衛生的な住環境を戦災難民に提供し、安藤さんは瀬戸内の子どもたちにこれまで以上に図書に触れる機会をプレゼントしている。

「こども図書館船 ほんのもり号」模型

「こども図書館船 ほんのもり号」スケッチ
*1:VS.はうめきた公園に2024年9月に新しく開館した展示スペース。日建設計が設計・監理、安藤忠雄建築研究所が設計監修。当初よりコレクションをもつ博物館ではなく、プロダクト、テクノロジー、サービス、アートなどを扱う(仮称)ネクストイノベーションミュージアムとして計画され、2023年2月に選出された株式会社トータルメディア開発研究所と株式会社野村卓也事務所によるVS.共同企業体が管理・運営している。
*2:室内3-4面にプロジェクションする技術は、近年娯楽施設だけでなく、MOA美術館が館蔵の版画作品を高精細デジタル画像で撮影、制作した「北斎『冨嶽三十六景』Digital Remix」(2024年4月)、「広重『東海道五十三次』Digital Remix」(2024年5月)等にも導入されいる。
*3:参考までに日比谷野外音楽堂は3000席弱、フジロックのフィールドオブヘヴンが5000人程度収容。
*4-*5:「SD」333号、鹿島出版会、1992年6月
*6:「大林コレクション展『安藤忠雄 描く』」(WHAT MUSEUM、2021)に、和紙にプリントされた「中之島プロジェクトⅠ」(1980)の平面ドローイング(エディション10点)を展示した。旧・大阪市庁舎(1921年築)は解体し新築することを前提に、1978年に浦辺建築事務所(現・浦部設計)と組織設計事務所の計5社が参加する現・大阪市庁舎の指名設計競技が行われ、1982年に現市庁舎が完成した。
*7:京都工芸繊維大学美術工芸資料館「海をゆく建築 -村野藤吾と本野精吾の船室デザイン」が6月2日~7月12日に開催されている。
*8:アジール・フロッタンは、2020年に10月にセーヌ河で引き上げられたことがトピックになっていた。この船は、第一次大戦中の1919年頃に製造され、フランスに石炭を運んでいた鉄筋コンクリート製の船の1隻であったが、第一次大戦の戦争難民の収容施設として改修するため、ル・コルビュジエが選ばれ、近代建築の5原則を実現した。1990年頃まで使用され、2018年にセーヌ川増水による事故で水面下に沈んでいた。
遠藤秀平「アジール・フロッタン復活プロジェクト」(2019.8.19)、「アジール・フロッタン復活プロジェクトⅡ」(2021.4.20)、日本建築設計学会(ADAN)、https://www.adan.or.jp/report
(おうせいび)
◆展示概要
安藤忠雄展「青春」
2025年3月20日(木)~2025年7月21日(月)
会場:VS.(グラングリーン大阪)
〒530-0011
大阪市北区大深町6番86号 グラングリーン大阪 うめきた公園 ノースパーク VS.
休館日:月曜(※月祝は営業)
●王 聖美のエッセイ「気の向くままに展覧会逍遥」。次回は2025年8月18日更新の予定です。
■王 聖美 Seibi OH
文化庁国立近現代建築資料館 研究補佐員。WHAT MUSEUM 学芸員を経て現職。
主な企画に「日本の万国博覧会」(2025)、「建築家・堀口捨己の探求 モダニズム 利休 庭園 和歌」(2024)、「あまねくひらかれる時代の非パブリック」(2019)、「Nomadic Rhapsody -“超移動社会がもたらす新たな変容”」(2018)など。主な論文・論考に「美術家・吉田謙吉の1920年代」、「ひらかれたアーカイブズをめざして」、「神戸市立中央図書館が伝える鬼頭梓の思想」など。
●本日のお勧め作品は安藤忠雄です。
《近つ飛鳥博物館》
1998年
シルクスクリーン
イメージサイズ:70.5×51.0cm
シートサイズ:90.0×60.0cm
A版:Ed.10
B版:Ed.35
サインあり
作品の見積り請求、在庫確認はメール(info@tokinowasuremono.com)またはお電話(03-6902-9530)で承ります。「件名」「お名前」「連絡先(住所)」とご用件を記入してご連絡ください。
◆「開廊30周年記念 塩見允枝子×フルクサス from 塩見コレクション」
Part 1 2025年6月5日(木)~6月14日(土)
Part 2 2025年6月18日(水)~6月28日(土)
※6月17日(火)に展示替え、日・月・祝日休廊
ときの忘れものは開廊30周年を迎えました。記念展として「塩見允枝子×フルクサス from 塩見コレクション」展を開催します。
●松本莞『父、松本竣介』
2025年6月8日東京新聞に<昭和初期から戦後活躍 早世の洋画家 松本竣介の生き様 新宿在住次男・莞さん 逸話まとめ出版>という大きな記事が掲載されました。
また『美術手帖』2025年7月号にも中島美緒さんの書評「家庭から見た戦時の画家の姿」が掲載されています。
ときの忘れものは松本竣介の作品を多数所蔵しています。
松本莞さんのサインカード付『父、松本竣介』(みすず書房刊)を特別頒布するとともに、年間を通して竣介関連の展示、ギャラリートーク他を開催してまいります。詳細は1月18日ブログをお読みください。
今まで開催してきた「松本竣介展」のカタログ5冊も併せてご購読ください。
著者・松本莞
『父、松本竣介』
発行:みすず書房
判型:A5変判(200×148mm)・上製
頁数:368頁+カラー口絵16頁
定価:4,400円(税込)+梱包送料650円
●ときの忘れものの建築空間(阿部勤設計)についてはWEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>に特集されています。
〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 E-mail:info@tokinowasuremono.com
http://www.tokinowasuremono.com/
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。日・月・祝日は原則として休廊ですが、企画によっては開廊、営業しています。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
二階廊下、ウォーホルと関根伸夫
安藤忠雄展「青春」を訪れて
今年度は例年以上に建築家の個展が目白押しとなっている。大阪梅田のVS.(*1)で開催されている安藤忠雄展「青春」を訪問した。
1.「水の教会」の模型に埋め込まれたアンビルト「水の劇場」の遺伝子
本展のハイライトのひとつに、実寸空間再現の「水の教会」がある。「安藤忠雄展ー挑戦ー」(国立新美術館、2017)でのガラスを取り除いた「光の教会」の原寸大再現が記憶に新しいが、「光の教会」(1989)のような壁で構成される空間とは対照的に、「水の教会」(1985-88)の場合は、建築を原寸で立ち上げても周辺環境なくしては追体験が難しい。そこで、礼拝堂までのシークエンスの表現は難しいまでも、着座の目線の高さで享受できるよう教会椅子を配置、借景の四季のループ映像(約10分)を3面でプロジェクションし、水盤と環境音を用いて空間を再現したのは、建築展では見られなかった手法(*2)で大きな魅力に繋がったのではないだろうか。「水の教会」の図面には、開口の大ガラスに「開くこと」と指示が書かれている。その意図を強調するように、実寸空間再現ではガラスを取り払い、鑑賞者にダイレクトに水面の波を感じさせ、鳥のさえずりを届けている。筆者は幸いにも混雑していない時間帯に訪れられたので、静寂の中、没入して臨場感を楽しめた。
なお、「安藤忠雄展ー挑戦ー」展については植田実先生、「水の教会」については今村創平先生がお書きになっている。

「水の教会」インスタレーション

「水の教会」展示風景 模型の下側が水の教会、上側に水の劇場
「水の教会」は、受動的に鑑賞するインスタレーションがある一方で、図面2点(断面図と平面図)、スケッチ6点、模型1点、隣接して計画された「水の劇場」を含めた模型1点が展示されている。なぜ、実現した案と計画案の2つの模型を展示したのだろうか。縮尺の違いだけだろうか。そこには、未完のプロジェクトへの強い思いがあるのではないか。
「水の劇場」は、トマム(勇払郡占冠村)の「水の教会」に隣接してアースワーク的な取り組みとして1987年に計画された。6000席規模の半円形の野外劇場(*3)で、扇型の人口湖を抱いている。冬には湖が凍り、スケートリンクになる計画であった。計画は、現在無期延期となっている(*4)。しかし、環境と一体化するコンセプトは、「近つ飛鳥博物館」(1994)、「大山崎山荘美術館」(1995、2012)、直島の一連の仕事(1988-現在)などに引き継がれ、実現している。
「大阪府近つ飛鳥博物館」展示風景また、自然の地形を利用した半円型の野外劇場というモチーフの参照元が古代ギリシャの劇場にあることは言うまでもない。そして、このモチーフは、敷地の持つバックグラウンドやカルチャーとまるで関係なく、「淡路夢舞台」(1993-1999)の野外劇場(3000席)、「兵庫県立美術館」(2001)に隣接する神戸市水際広場「なぎさ公園」の「マリンステージ」(1500席)としてランドスケープに刻まれていることが、本展の「風景の創造」の章に展示されている模型を見ていると読み取ることができる。

「淡路夢舞台」展示風景 模型の中央右側に野外劇場

「兵庫県立美術館」展示風景 模型の左下側にマリンステージ
2.大阪のアンビルトの展開
大阪開催ということで、「安藤忠雄の現在」-「大阪から」というセクションが設けられ、「大阪プロジェクトマップ」に大阪近郊の仕事が年譜化されマッピングされていた。
VS.が位置する大阪駅前を緑化した「グラングリーン大阪」(2024)に先立つ構想は、最初期の「大阪駅前プロジェクト」(1969)に遡る。本展では詳述されていないが、「大阪駅前プロジェクト」は、大阪市の依頼に応えた2案がある。1案目は駅前に建つさまざまな高さのビルの屋上を緑化し、それぞれの最上階をエスカレーターで連結した案、2案目はビル群の屋上を人工地盤で連結し、そこを庭園広場としてパブリックスペースとする案であった(*5)。そのアイディアは後に「希望の壁」(2013)、「都市の大樹」(2013)として表れ、ついには、かつてJR貨物旧・梅田駅及びコンテナヤードであった駅前の一等地が都市公園に生まれ変わったということである。
再開発される街の緑化に対し、既存建築とその記憶の保存を訴えた構想は、「中之島プロジェクトⅡ」の「アーバンエッグ」(1988-)と「地層空間」(1988-)に代表される。前者は、中之島の地上の景観や緑を生かし、地中に新たな文化施設を計画するもの、後者は、中之島公会堂(1918年築)の改造計画である。本展では詳述されていないが、これらの提案に先立つ「中之島プロジェクトⅠ」(1980)が存在する。それは、解体を目前にした旧大阪市庁舎(1921年竣工)を保存、再生するカウンタープロポーザル(*6)で、旧庁舎を保存しそれを新庁舎で内包した、新旧が共存する建築の提案であると同時に、歴史の蓄積を顧みずスクラップアンドビルドする同時代に対して、景観の継承を訴えたものであった。シーザー・ペリが「地層空間」を知ってか知らずか、現・国立国際美術館(2004)の展示室や収蔵庫などを全て地下に計画したのはこの10年以上後のことである。
50年以上前の高度経済成長期に失われていく緑の再生を訴え、バブル期にはスクラップアンドビルドによって失われていく環境に警鐘を鳴らし続けた先見の明は疑いようがない。

「大阪から」展示風景

「中之島プロジェクトⅡ 地層空間」展示風景
3.船のデザイン
会場内「37年目の直島」の模型の側に置かれていた船「こども図書館船 ほんのもり号」(2023-)は、安藤忠雄建築研究所が小型旅客船の内装を改装し移動式図書館として香川県に寄付し、今年度から運行が始まった。香川では高松市立や丸亀市立の図書館の移動図書館車が管轄の島を巡回して町民へ図書館サービスを届けているが、ほんのもり号の場合はおそらく(展示物からの推察でしかないが)自治体の縦割りではない北前船のようなネットワークを想定している。今のところ、県下の島を中心とした保育園・幼稚園・学校連携などの行事で活躍している。
このほんのもり号の1隻の大きさは「文化船ひまわり号」と概ね同等である。ひまわり号は、1981年まで瀬戸内海の19の島を巡航し、広島県の図書館ネットワーク(ブックモビル)を支えていた移動図書館船である。ほんのもり号について知った時、ひまわり号の復活をイメージしたと同時に、建築家と船のデザインという不思議な関係を思わずにいられなかった。
船の意匠設計をした建築家(*7)に、中村順平(1887-1977)、村野藤吾(1891-1984)、松田軍平(1894-1981)、本野精吾(1882-1944)、ル・コルビュジエ(1887-1965)らがいる。ル・コルビュジエは、日本の建築家のような豪華な装飾を施す客船ではなく、戦争難民を収容する施設として、セーヌ川に停泊する船アジール・フロッタンの改修を第一次大戦後の1929年に手がけた。アジール・フロッタンについては日本建築設計学会(ADAN)の遠藤秀平先生の報告(*8)に詳しい。ル・コルビュジエは近代建築の五原則を用いて明るく衛生的な住環境を戦災難民に提供し、安藤さんは瀬戸内の子どもたちにこれまで以上に図書に触れる機会をプレゼントしている。

「こども図書館船 ほんのもり号」模型

「こども図書館船 ほんのもり号」スケッチ
*1:VS.はうめきた公園に2024年9月に新しく開館した展示スペース。日建設計が設計・監理、安藤忠雄建築研究所が設計監修。当初よりコレクションをもつ博物館ではなく、プロダクト、テクノロジー、サービス、アートなどを扱う(仮称)ネクストイノベーションミュージアムとして計画され、2023年2月に選出された株式会社トータルメディア開発研究所と株式会社野村卓也事務所によるVS.共同企業体が管理・運営している。
*2:室内3-4面にプロジェクションする技術は、近年娯楽施設だけでなく、MOA美術館が館蔵の版画作品を高精細デジタル画像で撮影、制作した「北斎『冨嶽三十六景』Digital Remix」(2024年4月)、「広重『東海道五十三次』Digital Remix」(2024年5月)等にも導入されいる。
*3:参考までに日比谷野外音楽堂は3000席弱、フジロックのフィールドオブヘヴンが5000人程度収容。
*4-*5:「SD」333号、鹿島出版会、1992年6月
*6:「大林コレクション展『安藤忠雄 描く』」(WHAT MUSEUM、2021)に、和紙にプリントされた「中之島プロジェクトⅠ」(1980)の平面ドローイング(エディション10点)を展示した。旧・大阪市庁舎(1921年築)は解体し新築することを前提に、1978年に浦辺建築事務所(現・浦部設計)と組織設計事務所の計5社が参加する現・大阪市庁舎の指名設計競技が行われ、1982年に現市庁舎が完成した。
*7:京都工芸繊維大学美術工芸資料館「海をゆく建築 -村野藤吾と本野精吾の船室デザイン」が6月2日~7月12日に開催されている。
*8:アジール・フロッタンは、2020年に10月にセーヌ河で引き上げられたことがトピックになっていた。この船は、第一次大戦中の1919年頃に製造され、フランスに石炭を運んでいた鉄筋コンクリート製の船の1隻であったが、第一次大戦の戦争難民の収容施設として改修するため、ル・コルビュジエが選ばれ、近代建築の5原則を実現した。1990年頃まで使用され、2018年にセーヌ川増水による事故で水面下に沈んでいた。
遠藤秀平「アジール・フロッタン復活プロジェクト」(2019.8.19)、「アジール・フロッタン復活プロジェクトⅡ」(2021.4.20)、日本建築設計学会(ADAN)、https://www.adan.or.jp/report
(おうせいび)
◆展示概要
安藤忠雄展「青春」
2025年3月20日(木)~2025年7月21日(月)
会場:VS.(グラングリーン大阪)
〒530-0011
大阪市北区大深町6番86号 グラングリーン大阪 うめきた公園 ノースパーク VS.
休館日:月曜(※月祝は営業)
●王 聖美のエッセイ「気の向くままに展覧会逍遥」。次回は2025年8月18日更新の予定です。
■王 聖美 Seibi OH
文化庁国立近現代建築資料館 研究補佐員。WHAT MUSEUM 学芸員を経て現職。
主な企画に「日本の万国博覧会」(2025)、「建築家・堀口捨己の探求 モダニズム 利休 庭園 和歌」(2024)、「あまねくひらかれる時代の非パブリック」(2019)、「Nomadic Rhapsody -“超移動社会がもたらす新たな変容”」(2018)など。主な論文・論考に「美術家・吉田謙吉の1920年代」、「ひらかれたアーカイブズをめざして」、「神戸市立中央図書館が伝える鬼頭梓の思想」など。
●本日のお勧め作品は安藤忠雄です。
《近つ飛鳥博物館》1998年
シルクスクリーン
イメージサイズ:70.5×51.0cm
シートサイズ:90.0×60.0cm
A版:Ed.10
B版:Ed.35
サインあり
作品の見積り請求、在庫確認はメール(info@tokinowasuremono.com)またはお電話(03-6902-9530)で承ります。「件名」「お名前」「連絡先(住所)」とご用件を記入してご連絡ください。
◆「開廊30周年記念 塩見允枝子×フルクサス from 塩見コレクション」
Part 1 2025年6月5日(木)~6月14日(土)
Part 2 2025年6月18日(水)~6月28日(土)
※6月17日(火)に展示替え、日・月・祝日休廊
ときの忘れものは開廊30周年を迎えました。記念展として「塩見允枝子×フルクサス from 塩見コレクション」展を開催します。●松本莞『父、松本竣介』
2025年6月8日東京新聞に<昭和初期から戦後活躍 早世の洋画家 松本竣介の生き様 新宿在住次男・莞さん 逸話まとめ出版>という大きな記事が掲載されました。
また『美術手帖』2025年7月号にも中島美緒さんの書評「家庭から見た戦時の画家の姿」が掲載されています。
ときの忘れものは松本竣介の作品を多数所蔵しています。
松本莞さんのサインカード付『父、松本竣介』(みすず書房刊)を特別頒布するとともに、年間を通して竣介関連の展示、ギャラリートーク他を開催してまいります。詳細は1月18日ブログをお読みください。
今まで開催してきた「松本竣介展」のカタログ5冊も併せてご購読ください。
著者・松本莞『父、松本竣介』
発行:みすず書房
判型:A5変判(200×148mm)・上製
頁数:368頁+カラー口絵16頁
定価:4,400円(税込)+梱包送料650円
●ときの忘れものの建築空間(阿部勤設計)についてはWEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>に特集されています。
〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 E-mail:info@tokinowasuremono.com
http://www.tokinowasuremono.com/
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。日・月・祝日は原則として休廊ですが、企画によっては開廊、営業しています。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
二階廊下、ウォーホルと関根伸夫
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