佐藤圭多のエッセイ「大西洋のファサード -ポルトガルで思うこと-」第20回
月は手にあり

「掬水月在手」という禅語(漢詩)がある。「水を掬(すく)えば月、手に在り」水を両手にすくえば、遥か彼方の月もそこに映り込んで手の中にある、という意味だ。香川県高松市の栗林公園の中に掬月亭というとてつもなく繊細で美しい建築があって、何度も訪れては美しさに溜息をついているのだけれど、あるとき掬月亭の前に立つ名前の由来を説明する看板で、この禅語を知った。建築の美しさと全く遜色ない詩の美しさ。

中秋の名月に、一番美しい月を見ようと国内を旅したことがある。昔の人は月見をどのように楽しんだのだろうと調べると、一番風流な形は満月そのものを直視するのではなく、池や湖など水面に映った月を眺めながら、酒をついだ盃の中にも月を浮かべて呑む、というものだった。とても腑に落ちた。間接鑑賞がベスト、というのはいかにも日本らしい美学に思える。直接見るのは粋じゃないのである。

車を走らせ、水面に映る月を眺めながら酒が飲める旅館を探し回る。これが結構難しい。ただ湖が隣にあるだけではダメで、方位はむろん重要だし、旅館の窓と湖と月の3者の高さも影響する。そして盲点だったのは風。風があると水面がさざなみ立って、ちょっとした風でも月が線状にバラバラになって全然丸く見えない。辿り着いたのは奈良県十津川村の旅館で、当日は無風のダム湖に映る見事な名月を眺められた。が、あくせく探し回っている時点でやっぱり粋にはほど遠い。

毎年5月末にリスボンの街中のギャラリーやショップを会場にデザイナーが新作を発表するLisbon Design Weekというイベントがあり、今年僕も参加させてもらった。Bryon Studiosというギャラリーで展示した、1200年の歴史を持つ證大寺との「温守 Nukumori」プロジェクトは、自分にとって特に思い入れ深いものだ。

©Yasushi Kokufu
墓じまいという言葉も聞かれる昨今、遠かったり、忙しかったりでなかなかお墓参りに行けない。故人を想う気持ちはいつの時代も変わらないのに。そんな思いに応えるために生み出された、木製の小さなプロダクトである。中には遺灰を入れる小さな空洞がある。自宅に置くための台座があり、亡くなったあとも故人と一緒に生活を続けられる。旅や、人生の大事なイベント(手術、試験など)の時には持って行ける。それは唯一無二のお守りでもある。


©Hiroki Kobayashi
どんなプロダクトであるべきか議論を重ねて、最終案に決まったのは、すくった水の形をモチーフにしたデザインだった。そのコンセプトは冒頭の禅語から取ったものだ。遠く離れてしまったように思える故人は、実はあなたの手の中にいる。両手にぴったりと収まる形をしていて、そのまま包み込んで合掌することができる。その時手に感じる木の優しい感触と温もり。触れていく毎に、木の色は深みを増し、艶やかになっていく。見に来てくれた友人は「小鳥を手に持った時の事を思い出した」と言っていた。小さな木のプロダクトには、魂が宿っている。存在することの尊さは、人であっても物であっても変わらない。

©Hiroki Kobayashi

昨年日本に一時帰国した際、祖父が小学生の僕と一緒に写っている古い写真を見つけた。祖父が亡くなって15年近く経つ。懐かしくなってポルトガルへの荷物に入れた。リスボンの自宅に着いてトランクを開け、その写真を取り出してしばらく眺める。和室の床の間の前で、祖父とその横でウルトラマンのポーズを決めている僕。この時からずいぶんと時間も場所も離れたところに来たように思う。とその時、初めて背後の床の間にかかっている掛け軸に気がついた。当時の僕には読めるはずもなかったその掛け軸には、「掬水月在手」と書かれていた。

(さとう けいた)
■佐藤 圭多 / Keita Sato
プロダクトデザイナー。1977年千葉県生まれ。キヤノン株式会社にて一眼レフカメラ等のデザインを手掛けた後、ヨーロッパを3ヶ月旅してポルトガルに魅せられる。帰国後、東京にデザインスタジオ「SATEREO」を立ち上げる。2022年に活動拠点をリスボンに移し、日本国内外のメーカーと協業して工業製品や家具のデザインを手掛ける。跡見学園女子大学兼任講師。リスボン大学美術学部客員研究員。SATEREO(佐藤立体設計室) を主宰。
・佐藤圭多さんの連載エッセイ「大西洋のファサード -ポルトガルで思うこと-」は隔月、偶数月の20日に更新します。次回は2025年8月20日の予定です。
●本日のお勧め作品は倉俣史朗です。
《How High the Moon》
1986年デザイン(2020年製造)
素材:スチール・エキスバンド・メタル
仕様:ニッケル・サテン・メッキ
サイズ:W95.5×D82.5×H69.5(SH33.0)cm
※SEMPREによる証明プレート付
作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
◆「開廊30周年記念 塩見允枝子×フルクサス from 塩見コレクション」
Part 1 2025年6月5日(木)~6月14日(土)
Part 2 2025年6月18日(水)~6月28日(土)
※6月17日(火)に展示替え、日・月・祝日休廊
ときの忘れものは開廊30周年を迎えました。記念展として「塩見允枝子×フルクサス from 塩見コレクション」展を開催しています。
●6月11日のブログで「中村哲医師とペシャワール会支援6月頒布会」を開催しています。

今月は開廊30周年を迎えた記念として、ときの忘れものが刊行してきたカタログ、作品集を特別頒布しています。皆様のご参加とご支援をお願いします。
申し込み締め切りは6月20日19時です。
*画廊亭主敬白
先日、社長のお供で桐生の大川美術館の「エコール・ド・パリの画家たちと松本竣介」展(~6月22日)に行ってきました。もっと早く行きたかったのですが会期末ぎりぎりになってしまいました。往路は東武線の新桐生駅で降りたのですが、平日とあってバスもタクシーもなくて途方に暮れていました。すると車でご家族を見送りにきたらしいご婦人が、「どちらまでいかれるのですか」と尋ねてくださいました。
「大川美術館です」と答えると、「どうぞお乗りください」と見ず知らずの私たちを乗せて、大川美術館まで送ってくださいました。
暖かな桐生の人の人情に助けられ、「黒いコート」をはじめとする佳品揃いの松本竣介を堪能する嬉しい小さな旅でした。
●松本莞『父、松本竣介』
2025年6月8日東京新聞に<昭和初期から戦後活躍 早世の洋画家 松本竣介の生き様 新宿在住次男・莞さん 逸話まとめ出版>という大きな記事が掲載されました。
松本莞さんのサインカード付『父、松本竣介』(みすず書房刊)を特別頒布するとともに、年間を通して竣介関連の展示、ギャラリートーク他を開催してまいります。詳細は1月18日ブログをお読みください。
ときの忘れものは松本竣介の作品を多数所蔵しています。今まで開催してきた「松本竣介展」のカタログ5冊も併せてご購読ください。
著者・松本莞
『父、松本竣介』
発行:みすず書房
判型:A5変判(200×148mm)・上製
頁数:368頁+カラー口絵16頁
定価:4,400円(税込)+梱包送料650円
●ときの忘れものの建築空間(設計:阿部勤)についてはWEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>に特集されています。
倉俣史朗「鏡」と階段
〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 E-mail:info@tokinowasuremono.com
http://www.tokinowasuremono.com/
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。日・月・祝日は原則として休廊ですが、企画によっては開廊、営業しています。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
月は手にあり

「掬水月在手」という禅語(漢詩)がある。「水を掬(すく)えば月、手に在り」水を両手にすくえば、遥か彼方の月もそこに映り込んで手の中にある、という意味だ。香川県高松市の栗林公園の中に掬月亭というとてつもなく繊細で美しい建築があって、何度も訪れては美しさに溜息をついているのだけれど、あるとき掬月亭の前に立つ名前の由来を説明する看板で、この禅語を知った。建築の美しさと全く遜色ない詩の美しさ。

中秋の名月に、一番美しい月を見ようと国内を旅したことがある。昔の人は月見をどのように楽しんだのだろうと調べると、一番風流な形は満月そのものを直視するのではなく、池や湖など水面に映った月を眺めながら、酒をついだ盃の中にも月を浮かべて呑む、というものだった。とても腑に落ちた。間接鑑賞がベスト、というのはいかにも日本らしい美学に思える。直接見るのは粋じゃないのである。

車を走らせ、水面に映る月を眺めながら酒が飲める旅館を探し回る。これが結構難しい。ただ湖が隣にあるだけではダメで、方位はむろん重要だし、旅館の窓と湖と月の3者の高さも影響する。そして盲点だったのは風。風があると水面がさざなみ立って、ちょっとした風でも月が線状にバラバラになって全然丸く見えない。辿り着いたのは奈良県十津川村の旅館で、当日は無風のダム湖に映る見事な名月を眺められた。が、あくせく探し回っている時点でやっぱり粋にはほど遠い。

毎年5月末にリスボンの街中のギャラリーやショップを会場にデザイナーが新作を発表するLisbon Design Weekというイベントがあり、今年僕も参加させてもらった。Bryon Studiosというギャラリーで展示した、1200年の歴史を持つ證大寺との「温守 Nukumori」プロジェクトは、自分にとって特に思い入れ深いものだ。

©Yasushi Kokufu
墓じまいという言葉も聞かれる昨今、遠かったり、忙しかったりでなかなかお墓参りに行けない。故人を想う気持ちはいつの時代も変わらないのに。そんな思いに応えるために生み出された、木製の小さなプロダクトである。中には遺灰を入れる小さな空洞がある。自宅に置くための台座があり、亡くなったあとも故人と一緒に生活を続けられる。旅や、人生の大事なイベント(手術、試験など)の時には持って行ける。それは唯一無二のお守りでもある。


©Hiroki Kobayashi
どんなプロダクトであるべきか議論を重ねて、最終案に決まったのは、すくった水の形をモチーフにしたデザインだった。そのコンセプトは冒頭の禅語から取ったものだ。遠く離れてしまったように思える故人は、実はあなたの手の中にいる。両手にぴったりと収まる形をしていて、そのまま包み込んで合掌することができる。その時手に感じる木の優しい感触と温もり。触れていく毎に、木の色は深みを増し、艶やかになっていく。見に来てくれた友人は「小鳥を手に持った時の事を思い出した」と言っていた。小さな木のプロダクトには、魂が宿っている。存在することの尊さは、人であっても物であっても変わらない。

©Hiroki Kobayashi

昨年日本に一時帰国した際、祖父が小学生の僕と一緒に写っている古い写真を見つけた。祖父が亡くなって15年近く経つ。懐かしくなってポルトガルへの荷物に入れた。リスボンの自宅に着いてトランクを開け、その写真を取り出してしばらく眺める。和室の床の間の前で、祖父とその横でウルトラマンのポーズを決めている僕。この時からずいぶんと時間も場所も離れたところに来たように思う。とその時、初めて背後の床の間にかかっている掛け軸に気がついた。当時の僕には読めるはずもなかったその掛け軸には、「掬水月在手」と書かれていた。

(さとう けいた)
■佐藤 圭多 / Keita Sato
プロダクトデザイナー。1977年千葉県生まれ。キヤノン株式会社にて一眼レフカメラ等のデザインを手掛けた後、ヨーロッパを3ヶ月旅してポルトガルに魅せられる。帰国後、東京にデザインスタジオ「SATEREO」を立ち上げる。2022年に活動拠点をリスボンに移し、日本国内外のメーカーと協業して工業製品や家具のデザインを手掛ける。跡見学園女子大学兼任講師。リスボン大学美術学部客員研究員。SATEREO(佐藤立体設計室) を主宰。
・佐藤圭多さんの連載エッセイ「大西洋のファサード -ポルトガルで思うこと-」は隔月、偶数月の20日に更新します。次回は2025年8月20日の予定です。
●本日のお勧め作品は倉俣史朗です。
《How High the Moon》1986年デザイン(2020年製造)
素材:スチール・エキスバンド・メタル
仕様:ニッケル・サテン・メッキ
サイズ:W95.5×D82.5×H69.5(SH33.0)cm
※SEMPREによる証明プレート付
作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
◆「開廊30周年記念 塩見允枝子×フルクサス from 塩見コレクション」
Part 1 2025年6月5日(木)~6月14日(土)
Part 2 2025年6月18日(水)~6月28日(土)
※6月17日(火)に展示替え、日・月・祝日休廊
ときの忘れものは開廊30周年を迎えました。記念展として「塩見允枝子×フルクサス from 塩見コレクション」展を開催しています。●6月11日のブログで「中村哲医師とペシャワール会支援6月頒布会」を開催しています。

今月は開廊30周年を迎えた記念として、ときの忘れものが刊行してきたカタログ、作品集を特別頒布しています。皆様のご参加とご支援をお願いします。
申し込み締め切りは6月20日19時です。
*画廊亭主敬白
先日、社長のお供で桐生の大川美術館の「エコール・ド・パリの画家たちと松本竣介」展(~6月22日)に行ってきました。もっと早く行きたかったのですが会期末ぎりぎりになってしまいました。往路は東武線の新桐生駅で降りたのですが、平日とあってバスもタクシーもなくて途方に暮れていました。すると車でご家族を見送りにきたらしいご婦人が、「どちらまでいかれるのですか」と尋ねてくださいました。
「大川美術館です」と答えると、「どうぞお乗りください」と見ず知らずの私たちを乗せて、大川美術館まで送ってくださいました。
暖かな桐生の人の人情に助けられ、「黒いコート」をはじめとする佳品揃いの松本竣介を堪能する嬉しい小さな旅でした。
●松本莞『父、松本竣介』
2025年6月8日東京新聞に<昭和初期から戦後活躍 早世の洋画家 松本竣介の生き様 新宿在住次男・莞さん 逸話まとめ出版>という大きな記事が掲載されました。
松本莞さんのサインカード付『父、松本竣介』(みすず書房刊)を特別頒布するとともに、年間を通して竣介関連の展示、ギャラリートーク他を開催してまいります。詳細は1月18日ブログをお読みください。
ときの忘れものは松本竣介の作品を多数所蔵しています。今まで開催してきた「松本竣介展」のカタログ5冊も併せてご購読ください。
著者・松本莞『父、松本竣介』
発行:みすず書房
判型:A5変判(200×148mm)・上製
頁数:368頁+カラー口絵16頁
定価:4,400円(税込)+梱包送料650円
●ときの忘れものの建築空間(設計:阿部勤)についてはWEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>に特集されています。
倉俣史朗「鏡」と階段〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 E-mail:info@tokinowasuremono.com
http://www.tokinowasuremono.com/
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。日・月・祝日は原則として休廊ですが、企画によっては開廊、営業しています。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
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